156話―西への旅立ち

 ラズモンドの邪魔が入らないうちにと、アゼルたちは手早く支度を済ませ冒険者ギルド本部を後にする。目指すは、遥か西の地メイオン。


 今ここから、生命の炎を継ぐための旅が始まるのだ。帝都の外に出た後、アゼルたちはアーシアに案内され人気のない草原へと向かう。


「こんなところに来て、何をするというのだ? アーシアよ」


「無関係な者に見られると、大事になりかねないのでね。リジール、早速君の力を見せてあげたまえ」


「は、はい。では……」


 アーシアに促され、リジールは四つん這いになり精神を集中させる。すると、身体が黒いもやに包まれ形が変化していく。少しして、リジールは黒い翼竜へと姿を変えた。


 かなりの大きさがあり、最低でも六人は余裕で乗れるだろう。その勇壮な佇まいに、アゼルは思わず目を丸くして感嘆の声を漏らす。


「わあ、凄いですね……。こんな大きな翼竜、そうそういませんよ」


「さあ、乗って。一人ずつ、順番に……」


 翼をタラップ代わりにして、リジールはアゼルたちを乗せる。丁寧に、背中に生えた鱗の一部が取っ手のような形状になっているため掴む場所は苦労しなさそうだ。


「ふむ、乗り心地もなかなかだな。これなら、楽が出来そうだ」


「よし、皆乗れたね。リジール、出発だ。君もこの国の住民ならば、目的地くらいは分かっているだろう?」


「はい、アーシア様。では、出発します!」


 リジールは翼を羽ばたかせ、ゆっくりと上昇していく。ある程度の高さまで上がった後、一気に加速して青空を進む。遥か西、メイオンを目指して。



◇―――――――――――――――――――――◇



「着いたか。なるほど、ここが例の大地……。フフフ、これは壊し甲斐がありそうだ」


 その頃、大陸の北西端にある岬に、異形の存在が降り立った。異様なまでに細い銀色の手足に、ムカデのようなモノが巻き付いている。


 胴体はひび割れた岩石のような鎧に覆われており、隙間から赤い光が漏れていた。ラ・グーの送り込んできた刺客、その一番手グリネチカだ。


「さて、一足先に来たはいいが……どうするかねぇ。ウォーミングアップに一暴れするか……それとも、部下たちの到着を待つか。まあ、とりあえず……」


 グリネチカはブツブツ呟きながら、雨雲に覆われた空を見上げる。スッと右腕を斜め上に伸ばすと、ムカデのようなナニカが動き始めた。


「パワーをチャージしておかないとねぇ。あの雲……いい具合に雷雲になりそうだ。貰っておくとしようか」


 その言葉の直後、ムカデの口が開く。強烈な吸引力で、遥か遠い空に浮かぶ雲を吸い込んでしまう。一欠片も残さず雲を吸い込んだムカデは、満足そうにまた腕に巻き付く。


 雨雲が消え、快晴になった空を見ながらグリネチカは笑う。いい具合に、パワーをチャージ出来たようだ。


「クッハハハ、これはいい。これだけの力があれば、好きなだけ嵐を起こせる。よし、決めた。まずは大地の民を狩るとしよう。偽りの王どもを殺す前の準備運動だ。クフ、フハハハ!」


 部下たちの到着を待たず、グリネチカは行動を開始した。人の気配を辿り、破壊と殺戮の嵐を巻き起こすため走り出す。その様子を、崖にへばりついたスケルトンがじっと観察していた。



◇――――――――――――――――――◇



 その日の夜、アゼルたちは森で野宿をすることになった。夜通し飛べるとリジールが主張したが、無理をすると後に響くというアゼルの判断により却下されたのだ。


「野宿、か。久しぶりだなぁ、こうして焚き火を囲むのはよ。なんつーか、冒険者してるなーって気分になるな!」


「わー、のっじゅく、のっじゅく! あたし、一度やってみたかったんだよねー、テントで寝るの! 楽しみー!」


 開けた広場にて、アゼルたちはテントの設営と夕食の準備を行う。パチパチと音を立てながら燃える火を見つめながら、シャスティはしみじみと呟く。


 一方、メレェーナにとっては初めての野宿だったようで、期待に胸を膨らませ楽しそうにはしゃいでいた。……あまりにはしゃぎ過ぎて、リリンに怒られたが。


「全く……シャスティ、準備も手伝わないで酒を飲むな! せめて終わってからにしろ! メレェーナも、いい加減静かにせんか!

獣がよって来たらどうする!」


「ちぇ、いいじゃねーかよ、久々の野宿なんだ……アッ、ハイ分かりました。分かったから鞭をひゅんひゅんするなおっかねぇ!」


 ぶーぶー文句を垂れるシャスティに、夕飯を作っていたリリンは鬼のような顔を見せて黙らせる。一方、アゼルとアーシアは焚き火から少し離れた場所にテントを設営していた。


「わ、手慣れてますねアーシアさん。おかげで早く終われました」


「なぁに、貴族たる者あらゆる雑務もこなせないといけないからね。昔、父にミッチリと教え込まれたのさ。……ところで、テントは一つでいいのかい?」


「いいみたいです。いつも、皆ぼくをかわりばんこに抱き枕にして寝てるので……」


「ふぅん、モテモテだね、君は」


 やれやれとかぶりを振るアゼルに、アーシアはからかうように笑いながらそう声をかける。つんつんほっぺをつついていると、背後から近付く影が……。


「貴様! 何をアゼルといちゃついている! 新参のクセに生意気な……成敗してくれるわ!」


「おっと、危ない危ない。これはいけないね、可愛い少年にも当たってしまうよ」


「ええい、アゼルを返せと言うに!」


 アーシアは振り向くことなく、リリンの振るう鞭を華麗に避けてみせた。ついでに、アゼルをお姫様抱っこして自身に密着させている。


「さあ、愛しの少年を取り返したかったらここまで来てごらん。ほらほら、早くしないとちゅーしてしまうよ?」


「……ふっ、面白い。シャスティ、メレェーナ、作業を止めろ。あの女をるぞ」


「任せな」


「はーい!」


 夜営の準備をほったらかし、三対一のアゼル争奪戦が幕を開けた。森に焚き火の燃料を採りに行っていたアンジェリカとリジールが戻ってくるまで、追いかけっこは続いたのだった。



◇――――――――――――――――――◇



「……はあ。なんだか眠れませんね。久しぶりの野宿だからかな……」


 その後、アゼルのお説教によって混乱も鎮まり、夕食を済ませ寝る時間になった。が、環境が変わったからかアゼルはなかなか寝付けず、テントの中でゴロゴロしていた。


「うーん、ちょっと夜風に当たってこよう。そしたら、眠くなるかも」


 自分に抱きついているアンジェリカの腕をそっと外し、アゼルはテントの外に出る。すると、一人で火の番をしているリジールと目が合った。


 互いに気まずさを抱き、場に静寂が訪れる。しばらくして、リジールが口を開く。


「あ、あの……た、立ってても疲れるだろうし……す、座ったら……どう、かな」


「え、あ……じゃあ、そうします」


 リジールに勧められ、アゼルは腰を下ろす。流石に隣に座る気にはなれなかったため、とりあえず対面に座った。が、互いに話題がなく、気まずい沈黙が続く。


 何とかして場の空気を和らげなければ……とアゼルは思案するも、これといった話題が浮かんでこない。その時、リジールがポツリと声を漏らした。


「……風の噂で、聞いたよ。ダルタスのこと。アゼルに……倒されたって」


「あ……ええ。そうですね、ぼくが……彼を、殺しました」


 かつて仲間であり、敵となった者を思い出しアゼルは複雑な表情を浮かべる。ガルファランの牙の手先となったダルタスを倒したことに、悔いはない。


 だがら改めてそれをリジールの口から言われると、何とも言えない感情を抱いてしまう。しばらくして、リジールはアゼルにとある問いを投げかけた。


「……ねぇ、アゼル。あなたは……ダルタスみたいに、あたしのことも殺したい? あの時の……恨みを、晴らしたい?」


 その言葉に、アゼルは……。

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