152話―二つの闇が動く時

 翌日の朝、目を覚ましたアゼルは開口一番にリリンたちへジェリドとのやり取りを伝える。炎の欠片を集めるための、旅をしなければならないと。


「……そうか。ついに、この時が来たのか」


「……リリンお姉ちゃん?」


「いや、気にしないでくれ。こっちの話だ。とりあえずは、凍骨の炎片を手に入れねばならないのだろう? まずはそっちに集中せねばな」


 アゼルの話を聞いたリリンは、意味ありげな言葉を呟く。首を捻り、不思議そうにしているアゼルの頭を撫で、なんでもないと微笑む。


「にしても、帰ってきやがるってのか……あのラ・グーが。ケッ、懲りねぇ野郎だなぁ」


「そうですわね。まあ、千年ぶりのリベンジなど、わたくしたちの手で叩き潰してやればよろしいのですわ! おーっほっほっほっ!」


「よく分かんないけど、大魔公なんだよね? じゃあ、倒さないといけないね! あたしも頑張るよー!」


 ギール=セレンドラクに住む全ての者たちにとっての宿敵、ラ・グーが戻ってくると聞き皆返り討ちにしてやろうとやる気を見せる。


 そんなアゼルたちは、早速行動に移ろうとして……ふと気付く。凍骨の迷宮の入り口がどこに現れるのか、肝心なことを聴きそびれていたと。


「……そういえば、凍骨の迷宮への行き方を聞いてませんでした。どうしましょう」


「まあ、迷宮への入り口が現れたのならいずれギルドに情報が入るだろう。それまで、ラ・グーとの戦いに備えて出来ることをしておけばいいだろうさ」


 大事なところでポカをしてしまい、しょんぼりするアゼルをリリンが慰める。幸い、アゼルたちがいるのは冒険者ギルド本部。情報の集まりは世界一速い。


 そのうち、迷宮の入り口を見つけた冒険者から情報がもたらされるだろうと、アゼルたちはとりあえずそう思うことにしたのであった。



◇――――――――――――――――――◇



「おめでとうございます、ラ・グー様。これで貴方様も、ついに王となられましたね」


「ククク、そうだな。数多の権謀術数を用い……をした甲斐があったわ」


 暗域の下層、第十三世界『オギオ』。魔戒王の末席に加わったラ・グーは、新たな領地と居城を授かり日夜記念パーティーを行っていた。


 収賄や暗殺、冤罪による陥れ等の汚い手を躊躇なく使い、王の座を手に入れた蛇竜はすっかり上機嫌のようだ。


「さて、そろそろ宴にも飽きた。いよいよ……ギール=セレンドラク奪還に向けて動くとしようか」


「……その事なのですが、どうやら序列三位の魔戒王、フェルメアの配下である魔の貴族たちが我らの妨害をするため動いているようです。その中に、かの旧王グランザームの娘もいるとか」


 だらしなく玉座に腰掛け、細い腕で杯を揺らしていたラ・グーは、部下からの報告にギョロリと目を動かす。不気味な単眼に見据えられ、部下は身がすくむ。


「……なんだと? あの小娘が動き出したというのか?」


「は、はい。旧王の娘……アーシア公はかねてよりラ・グー様を疎んじておられましたので……今回、本格的に妨害に動くつもりなのかと」


「フン、気に入らぬな。実に気に入らぬ。奴もそうだが、主たるフェルメアもそうだ。神々との融和などという、くだらぬ思想を掲げる不届き者よ」


 杯に注がれた酒を一息で飲み干した後、ラ・グーは動き出す。畳まれた巨大な翼を広げ、ゆっくりと羽ばたかせる。出撃の合図だ。


「軍団を呼び寄せよ。小娘が動く前に、かの大地へ乗り込む。今の時代であれば、忌まわしい王どもは……いや、一人いたな。あの忌々しい小僧が」


 千年前、自身を打ち破り屈辱を味わわされた四人の王たちはもういない。故に、今回は楽勝――そう思いかけたところで、単眼の蛇竜は思い出す。


 己の分身、ガルファランとその配下たちを滅ぼし、ギール=セレンドラク侵略の野望を潰した少年の存在を。忌まわしき王の血を継ぐ、ネクロマンサーを。


「……グリネチカを呼べ。第一陣の総大将として、奴を送り込む。奴ならば、あの小僧の振るう魔術を封じられるからな。小娘共々始末させられる」


「かしこまりました。ただちに、グリネチカ将軍に連絡を」


「我は今しばらく、この城で力を蓄える。それまでは、部下どもに任せよう。かの大地にて我らを阻む愚か者どもを狩り尽くし……生命の炎を、我が手に。ククク、クフハハハハハ!!」


 嫌味ったらしいほどに豪華な装飾が施された玉座の間に、ラ・グーの笑い声が響いた。



◇――――――――――――――――――◇



「……ねぇ、そこのあんた。頼むよ、少しでいいんだ。金でも食べ物でもいいから、恵んでおくれよ……」


「ん? なんだ、きたねぇ乞食だな。ほらよ、これをくれてやるからこっちくんな、しっしっ」


 帝都リクトセイルの裏路地で、一人の女が冒険者相手に物乞いをしていた。フードですっぽりと頭を覆い、うつむいているため顔を見ることは出来ない。


 ボロボロの衣服と弱々しい声に哀れみを抱き、冒険者はやれやれとかぶりを振る。差し出した皿の中に銅貨が投げ込まれると、女は平身低頭し感謝する。


「ああ……ありがとうございます、ありがとうございます」


「わぁーったから、こっちくんなっつうの。蹴り飛ばすぞ?」


「ヒッ……す、すいません」


 物乞いの女は裏路地の奥にある粗末な小屋に引っ込み、フードを脱ぐ。顔は二目と見られないほど醜く歪んでおり、かつて存在したのだろう美しさは欠片もなくなっていた。


「ううう……ちくしょう、ちくしょう。なんであたしが、こんな目に。こんな、物乞いにまで落ちぶれて……これも、アゼルをいじめた罰なんだろうな……」


 ボロ布と木切れで出来た粗末な小屋の中で、女――リジールはすすり泣く。彼女は、かつていっぱしの冒険者であった。実力ある冒険者として、仲間と共に活躍していたのだ、が。


 仲間と共に向かった凍骨の迷宮にて、彼女は当時仲間だったネクロマンサーの少年……アゼルを裏切った。その報いとして、ジェリドに拉致され仲間ともども激しい拷問を受けた。


「……こんな顔じゃ、娼婦としてもやってけなかったしねぇ。でも、かけられた魔法のせいで自殺も出来やしない。……はぁ、本当にバカなことしたよ」


 かつては高飛車で傲慢だったリジールも、凋落の果てにすっかり性格が変わっていた。冒険者の資格を剥奪され、犯罪奴隷として娼館に売られ……顔の醜さを理由に、すぐ捨てられ。


 どこにも居場所などなく、己の犯した罪を後悔し、物乞いをするだけの毎日を送っていた。昔の仲間であるダルタスのようにアゼルを逆恨みした時もあったが、今はもう違うようだ。


「……今さら謝ったって、意味ないよねぇ。そもそも、こんな顔じゃ会いに行ってもあたしだって分かってもらえないだろうし……。何のために、生きてるんだろう」


「今の話、聞かせてもらった。貴殿は、己の罪を悔いているのだな?」


「!? だ、誰だい! そこにいるのは!」


 さめざめと泣いていたその時、ボロ小屋の外から女の声が聞こえてきた。驚いたリジールが外に出ると、そこには……アーシアが立っていた。


「その肌の色……あんた、まさか……。闇の、眷属……」


「左様。余はアーシア。訳あってこの大地を訪れた。……ま、余のことは今はどうでもいい。それよりも、貴殿の話を聞かせてくれないか?」


「え? あ、ああ……」


 どこかカリスマを感じさせるアーシアの言葉に、リジールはすっかり魅力されてしまい、自身の過去を話す。一通り聞き終えたアーシアは、ふむと呟く。


「……なるほど。話は理解した。貴殿は、そのアゼルという少年に謝罪したいのだな?」


「そうさ。でも、無理さね。あたしは物乞い、あっちは大地で知らない者のない英雄。会いに行ったって、突っぱねられるだけさ」


「ふふ、問題はない。余の頼みを聞いてくれるなら、手助けをしてやろう。その少年との和解、叶えてやる」


 その言葉に、アーシアは目を丸くする。普通なら、とても信じられない話だ。しかし……今の彼女は、アーシアのカリスマに当てられ正常な判断が出来ずにいた。


「何をすればいいんだい? どうしたら、あたしの願いを叶えてくれるんだい?」


「簡単なことだ。余は、この大地を救いに来た。例の少年の手助けをしたいが、生憎余一人では出来ることに限りがある。だから……余のしもべとなれ。罪を贖うために、共に来るのだ」


「……分かったよ。なら、あたしは今日からあんたの部下だ。アゼルへの罪滅ぼしが出来るなら、なんだってするよ」


「頼もしい。では、まず……貴殿には、余のしもべとして相応しい姿にもらおうか」


 そう言うと、アーシアはリジールに手を伸ばす。この時、リジールはまだ知らなかった。この出会いが、彼女とアゼルの道を再び交わらせ……贖罪の第一歩となることを。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る