150話―神殺しの勇者たち

「おのれ……! 貴様……ドゥノン、我に何をした!」


 荒い息を吐きながら、カルーゾは一人叫ぶ。闇の奔流をより強め、レオ・パラディオンを遠ざけつつ己の脳裏に響くドゥノンの声を聞く。


――簡単なこと。あの時、私は自身の生命力の全てを魔力に変換し放った。お前の中に吸収された私は、少しずつ染み渡り……乗っ取ったのだ。お前の持つ、光の魔力を――


「乗っ取った、だと? バカな、我の光の魔力を……」


 ドゥノンの声に、カルーゾは狼狽する。そして、気が付いた。先ほどまで振るえていた、光の魔力が全くコントロール出来なくなっていることに。


――先ほどの大規模な光の魔法の発動で、一気に侵食することが出来た。カルーゾ、お前は言ったな。光と闇、二つの力を均等にぶつけ合わせれば……相殺することが可能だと――


「それがなん……まさか、貴様!?」


――そうだ。光の魔力の支配権を手に入れた今! もはやお前に、十分な闇の力を発揮する機会は与えない! 希望を潰えさせぬためにも……ここで滅べ、カルーゾ!――


 光と闇。相反する二つの力を宿したカルーゾにとって、ドゥノンの採った作戦は致命的な破綻をもたらす。どれだけ強い闇の魔力を使おうとも、即座に光の魔力で相殺されるのだ。


 すでに侵食は完了しており、もうカルーゾに打てる手は一つも残っていない。チェックメイト。完全な『詰み』の状況に追い込まれていた。


「なんでしょう、カルーゾが苦しみだして……」


「なんでかは分からないけど、チャンスだよアゼルくん! 闇の力も弱まってきたし、今のうちにトドメを刺しちゃおう!」


「はい!」


 一方、アゼルたちは今が好機と反撃に出た。少しずつ弱まっている闇の奔流の中を走り、凍てつく斧を煌めかせる。カルーゾはよろめきながら立ち上がり、迎撃しようとするが……。


「まだ、だ……まだ、終わらぬ。こんなところで……我の、野望が潰えるなどあってはならぬ! ダークネス・フェノメノ……ぐっ、がはっ!」


――言ったはずだ、カルーゾ! もう、お前に力は振るわせないと!――


「おのれ、反逆者めが!」


 無理矢理闇の魔法を用いようとするも、ドゥノンによって阻止される。仕方なく、トライデントを振りレオ・パラディオンを迎え撃つ。


 しかし、力強さが失われたカルーゾの攻撃など、アゼルにとってはどうということはない。盾で攻撃を弾き、ヘイルブリンガーを振るう。


「せやああっ!」


「ぐお、あっ……」


 先ほどとは逆に、レオ・パラディオンの一撃がカルーゾの持つトライデントを真っ二つに両断した。その勢いのままに踏み込み、トドメを刺そうとしたその時。


 アゼルとリオの脳裏にも、ドゥノンの声が響いてきた。


――少年よ。今こそ、全てを終わらせるのだ。かつての我が主を討ち……永遠とわの死を与えてくれ――


「この声……。分かったよ、ドゥノン。この一撃で……終わらせてやる! 戦技……ソウル・ジ・エンド!」


「ぐ……がああああ!!」


 ヘイルブリンガーが一閃し、カルーゾの胴体を真っ二つに切り裂いた。上半身と下半身に別たれたカルーゾは、断末魔の叫びを残し崩れ落ちていく。


「あり、得ぬ……。我、は……審判魔勝、なるぞ。それが……たかが、虫ケラなどに……」


『ぼくたちは虫ケラじゃない。どんなに小さくても、みんなが集まればむげんに強くなれる。カルーゾ、ひとりぼっちのお前に……最初から、勝利はないんだ』


 無念の表情を浮かべ、カルーゾはただ黙ってアゼルの言葉を聞く。そして……ついに、事切れた。悪へと落ちたかつての神は、偉大なる勇者たちにより……滅びたのだ。


「やったね、アゼルくん! 僕たちの完全勝利だ!」


「ええ。これで、きっと……ドゥノンも、安らかに眠れると思います」


 勝利を喜ぶリオに、アゼルは微笑みながらそう答える。己の命を犠牲に、勝利への道を切り開いてくれた者へ……心の中で、感謝の言葉をささやく。


(ありがとう、ドゥノン。あなたのおかげで……ぼくたちは、カルーゾを倒せました)


 もう、ドゥノンの声は聞こえない。カルーゾの死と共に、彼もまた永遠の眠りに着いた。しかし、アゼルには……ドゥノンが、安らかに眠れるだろうという確信があった。


「……あっ、そうだ! リリンお姉ちゃんたち、大丈夫でしょうか。安否を確認しに行かないと!」


「そうだね。先に降りていいよ、後は僕がやっておくから」


 勝利の余韻に浸る間もなく、アゼルは先に避難させたリリンたちの安否を確認するためレオ・パラディオンを降りる。


 しばらく探した後、無事合流することが出来た。幸い、彼女らは闇の奔流の射程外まで逃れていたようだ。


「やったな、アゼル。ここから見ていたが……無事、カルーゾを倒したのだな」


「はい。これでもう……ぼくたちの大地を脅かす者は、いません。ようやく、長い戦いが終わりました」


 リリンたちと顔を見合わせ、アゼルは笑う。神と人、両者の平和を揺るがした長い長い戦いが……ついに、終結したのだった。



◇――――――――――――――――――◇



 戦いが終わってから、七日が経過した。アゼルたちとリオたちの、別れの時がやって来た。これからは、それぞれの大地で、それぞれの生活に戻るのだ。


 グランゼレイド城のテラスにて、アゼルとリオは二人きりで語り合う。他の者たちは、空気をよんで席を外していた。


「ありがとうございます、リオさん。あなたたち魔神の皆さんがいてくれたからこそ、こうしてカルーゾを倒れました。本当に、感謝しかありません」


「ううん、気にしないで。僕たちも、役に立ててよかったよ。うん、本当にね」


 アゼルとリオは、硬い握手を交わす。戦いの中で築かれた彼らの友情は、決して消えることはない。例え遠く離れていても、永遠に続くのだ。


「あ、そうだ。君のその鎧……覇骸装だっけ? 僕からちょっとした贈り物をしておいたよ。後で確かめてみてね」


「贈り物、ですか。ありがとうございます、リオさん。ずっと大切にしますね」


「ふふふ、どんな贈り物かは見てからのお楽しみってね。さ、君の仲間も待ってるし……そろそろ、お別れだよ。大丈夫、またいつでも会えるさ」


「ええ。二つの大地は繋がりましたからね。また今度、遊びにきます。それじゃあ……さようなら……いえ、『また会いましょう』。リオさん」


 別れの言葉を残し、アゼルはボーンバードを呼び出す。ひらりと背中に飛び乗り、城の正門で待っている仲間たちの元へと向かう。


 友との思い出を胸に、アゼルたちは故郷へと帰っていく。その様子を、リオはずっと……優しい眼差しで見つめていた。



◇――――――――――――――――――◇



「……それでは、これより開票を行う。賛成七、反対四、棄権一。投票の結果……大魔公『単眼の蛇竜』ラ・グーの、魔戒王昇格を認めるものとする」


 その頃、暗域の最深部……第十九世界『アビス』の奥地に聳える城の中で、とある会議が行われていた。宙に浮かぶ円卓に集いしは、闇の眷属の頂点に立つ十二人の魔戒王たち。


 千年前、リオを筆頭としたベルドールの七魔神によって倒された魔戒王、グランザームの後釜を決めるための会議が……ついに、決着を見せたのだ。


「あん? 棄権だとぉ? フン、煮え切らねぇヤツもいたモンだな。まったく、どいつなんだかなぁ」


「グラキシオス、誰がどう投票したかは明かさないのがボクたちのルールさ。ようやく決まったんだもの、別にいいだろう?」


 文句を垂れる王の一人に、別の王がそう声をかけたしなめる。年端もいかぬ少年の姿をした王は円卓を離れ、ふよふよと床に降りていく。


 王たちの眼下では、一体の蛇竜が深くこうべを垂れている。遥か昔、アゼルたちの住む大地を支配していた、魔の貴族。単眼の蛇竜、ラ・グーだ。


「ラ・グーよ。お前はかつて、大地の支配を磐石のものとしていながら、四人の王たちが率いる軍勢に敗れ去った。魔の貴族の称号を剥奪され、底に落ちたが……よく這い上がったものだ」


「……ありがたきお言葉に御座います、魔戒王フォルネウス様」


 ラ・グーはこうべを垂れたまま、少年……序列第一位たる魔戒王フォルネウスへそう述べる。ニッと笑いながら、フォルネウスは手元に闇を呼び寄せる。


 そして、王の印である漆黒に輝く王冠を作り出し、ラ・グーの頭に被せた。千年に渡り空席だった、王の玉座がついに埋まったのだ。


「これより、汝は序列第十三位の王となる。同時に、旧十三位から四位までの者たちは、序列が一つ上がる。ラ・グーよ、汝のさらなる躍進……このフォルネウス、期待しておるぞよ」


「ありがたき幸せ。このラ・グー、必ずや……先王たちの、そして……混沌たる闇の意思ダークネス・マインドの期待に応えてみせましょう」


 そう恭しく口にし、ラ・グーはさらに頭を下げる。そんな彼に、フォルネウスは告げた。


「ではラ・グーよ。汝に王としての最初の仕事を与える。かつて、汝が奪われし大地……ギール=セレンドラクを奪還せよ」


「ハッ。それこそ、以前より抱きし我が大願。必ずや取り持ちしてみせます。我が大地を」


 天よりの脅威は、消えた。そして……今度は、深き地の底からやって来る。復讐に燃える、単眼の蛇竜の軍勢が。

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