120話―闇を払う希望

「グ、ぬおおあァ……! まだダ、まだこんなところデ……敗れ去るわけにいかヌ!」


「まだ、息が……」


 ジルヴェイドの心臓を狙い放たれた一撃は、確かに当たった。だが、分厚い土の身体を完全に貫くには至らず、ギリギリのところで耐えられてしまう。


「このまマ、貴様を取り込んでやル! 我が体内デ、ゆっくりと圧殺してくれるワ!」


「そうはいきません! その前に……このまま、お前の心臓を破壊する!」


「そうはさせるカ! その鬱陶しい斧を握れぬように、全身の骨を砕いてやル!」


 土を吸収して身体を修復しつつ、ジルヴェイドはアゼルを閉じ込めて潰してしまおうとする。対して、アゼルはヘイルブリンガーをさらに押し込み、先に心臓を破壊せんと狙う。


 攻撃を中断させるべく、ジルヴェイドは両腕を伸ばしアゼルを掴もうとする。が、それを黙って見過ごすほど、少年の仲間たちは愚かではない。


「やらせないよ! ラッピングリボン・シャワー!」


「無論、我輩も見過ごすつもりはない! 奥義……断罪フラム・ドゥ・火炎ンデネーション!」


 メレェーナが掲げたペロキャンハンマーから色とりどりのラッピング用リボンが現れ、ジルヴェイドの右腕を拘束する。畳み掛けるように、ヴェルダンディーの一撃が左腕を切り落とす。


「ぐうぉあア! おのレ……邪魔をするなああア! アンホーリー・ブレス!」


「くっ、ぬおっ!」


「あっつ! この息あっつーい! でも、そう簡単にこのリボンは切れないよ!」


 妨害を受けて怒り狂ったジルヴェイドは、大きく息を吸い込み灼熱の吐息を吐き出す。が、元より炎への耐性を持つヴェルダンディーはよろめく程度にしか効かないようだ。


 メレェーナの方も、距離を離していたおかげで驚異的な耐久性を持つラッピングリボンの表面をちょっと焦がしたくらいで済んでいた。


「チィッ、鬱陶しイ! だがムダなこト。いくら私を妨害しようとモ、小僧の息の根が止まるのが先ダ!」


「本当にそうかな、ジルヴェイド。ようやく追い付いたぞ、この痴れ者め!」


 その時。ジルヴェイドのすぐ側、空の一角に空間の亀裂が生まれる。亀裂はどんどん広がっていき、その中から背中に鷹の翼を生やしたダーネシアが姿を現した。


「ダーネシアさん!? どうしてここに!?」


「ジルヴェイドを追跡していたのだ、ずっとな。大量の部下を送り込まれて足止めを食らっていたが、それももう終わりだ。ようやく、裁きを下せる」


「裁き、ですか?」


「そうだ。死の眠りに着いていたオレを目覚めさせ、道具として使おうとしていたことへの裁きを!」


 後ろへ振り向き声をかけてくるアゼルに、ダーネシアはそう答える。一方、ジルヴェイドはさらなる敵の参戦についに焦りを隠せなくなったようだ。


「バカな……あり得ン! 我が部下が総出で貴様を足止めしていたはずダ! よしんば全滅させたとて、この地は隠蔽の魔法で隠してあル。たどり着けるわけガ……」


「ジルヴェイド、貴様は思い違いをしている。かつて、偉大なる魔王の側近を務めたオレが……ちゃちな隠蔽魔法に欺かれるとでも……思うか!?」


「ごあっ……」


 怒りに任せ、ダーネシアはジルヴェイドに接近し力任せに頬を殴り付けた。あまりの威力に、ジルヴェイドの顔面が半分ほど吹っ飛び、アゼルを包む土の速度が落ちる。


 今がチャンスとばかりに、アゼルはさらに相手の身体の奥へと潜り込んでいく。斧刃に宿る熱はすでに消えはじめており、あまり時間は残されていない。


「このまま……一気に終わらせる! 戦技、ツインエレメント・スラッシャー!」


「そウ、ハ……さセぬぅうゥ……!」


 心臓のすぐ近くまでアゼルに潜り込まれていることを察知したジルヴェイドは、顔の再生をやめ無数の土の触手を作り出す。触手を使い、アゼルを引きずり出そうとするが……。


「悪あがきなどさせぬ! オールフェザーシールド!」


 ダーネシアの翼から抜け落ちた羽根が一斉に触手へ襲いかかり、バラバラに切り刻み土くれへ変える。そんななか、ジルヴェイドが口を開く。


「ダー、ネシア……貴様、分かっているのカ? お前を蘇生させたのは私ダ。その私を滅ぼせバ、貴様もまた死ぬのだゾ!」


「当たり前だ。そもそもオレは、とうの昔に死んだ身なのだ。それが今も生きている……そんな歪みはあってはならない。死者は土に還る。それが、世界のあるべき姿なのだ」


 自分が死ねば、お前も死ぬ。そう揺さぶりをかけ、最後まで足掻くジルヴェイドだったが、ダーネシアは首を横に振った。自分は死へ還るべきだと、迷いなく答えた。


「……お前、ハ」


「これで、終わりだ! やあぁぁ!!」


 最後まで言い切る前に、アゼルの放った一撃がジルヴェイドの心臓を両断した。直後、土で出来た巨体がヒビ割れていき、少しずつ崩れ落ちていく。


 魔の公爵が、滅びる時が来たのだ。


「う、あ……嫌ダ、私はまだ死にたくなイ……まダ、やり残した研究ガ、山ほどあるのニ……」


「どれだけ悔いが残っていようと、関係ありません。あなたはカルーゾの企みに協力し、罪なき人々を苦しめた。その報い……今、ここで受けなさい!」


 土くれと共に地面に落下したアゼルは、死にゆくジルヴェイドへ向かって断罪の言葉を口にする。深い絶望に沈み、朽ち果てていく魔の公爵は……笑みを浮かべた。


「くはっ、報いカ。この私ガ、カルーゾより先に受けることになるとはナ。覚えておケ、小僧。今の奴ハ……我ら闇の眷属以上ニ、邪悪ダ。お前ニ、止められるかナ?」


「止めてみせますよ。どんなに邪悪な野望だろうと、ぼくが……いや、ぼくたちが必ず」


「そう、カ。その自信……どこまデ、持つか……な……」


 そう言い残し、ジルヴェイドは完全に崩れ去った。かつて魔の公爵の身体を構成していた土は、今やもう何の力も宿してはいない。死へと、還ったのだ。


 戦いが決着したのを見届けメレェーナは、リボンを消し地上へと降りてくる。体力を使い果たし、今にも倒れそうなアゼルを支え労いの言葉をかけた。


「やったね、アゼルくん! あの土男をやっつけたよ! よく頑張ったね、お疲れ様」


「ありがとう、ございます。メレェーナさん。ちょっと……疲れちゃいました」


 優しく頭を撫でてくるメレェーナを見上げ、アゼルは力なく微笑む。すると、ダーネシアが地に降り立ち、アゼルの元に歩み寄ってくる。


「よくやったな、偉大なる屍術師よ。君のおかげで、オレも本懐を遂げられた。最後に……礼を、受け取ってくれ。……ハァッ!」


「これは……。力が、溢れてくる……」


オレの中に残っていた生命エネルギーを、全て君に渡した。すぐに疲れも取れるだろうよ……ぐうっ!」


 そう言うと、ダーネシアは片膝を着く。自身を生かしていたジルヴェイドは滅び、残る生命力も全て明け渡した。それが意味することは一つ。


 ダーネシアもまた、死へと還るのだ。彼の望んだ通り、安らかな眠りの中へと。


「ダーネシアさん! 大丈夫ですか!?」


「ああ、平気だ。オレも、ジルヴェイドのように死ぬだけだ。だが、奴とは違う。オレは、何の心残りもなく……安らかに、死ねる」


 心配そうな表情を浮かべるアゼルに、ダーネシアはそう答える。そこに、ヴェルダンディーがやって来た。再び眠りに着こうとしているかつての友に、別れの言葉を送りに。


「……また、寂しくなりますな。ですが、これがあるべき理。我が友よ、今度は……誰にも邪魔されることなく、ゆっくりお休みくだされ」


「ありがとう、ヴェルダンディー。僅かな間だったが、またお前と共に居られてよかった。……かつての宿敵たちとも、再会出来たしな」


 微笑みを浮かべるダーネシアの身体が、少しずつ砂に変わっていく。別れの時が、すぐそこまで迫っている。静かに見守っているアゼルに、ダーネシアは再び声をかけた。


「勇気ある者よ。天上に座せし神々に代わりて、最後に……汝に祝福を与えよう。汝に、偉大なる常闇の加護が……あらん、こと……を……」


 最後まで言い切った後、ダーネシアの身体が完全に砂と化し崩れ落ちた。最後まで微笑みを浮かべたまま、かの獣の王は眠りに着いたのだ。


 アゼルは目の前にある砂の塊に向かってひざまずき、そっと黙祷を捧げる。もう二度と、何者にも邪魔されずに眠れますようにと。


「……さようなら、ダーネシアさん。あなたのこと……ぼくは、ずっと忘れませんから」


 アゼルにならい、ヴェルダンディーとメレェーナも黙祷を捧げる。そんな彼らの頬を、一陣の風が優しく撫でていった。

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