83話―進撃! アンジェリカ!

「そうはいきません、返り討ちに……」


「お待ちくださいませ、アゼルさま。ここは一つ、わたくしにお任せくださいまし」


 ゼルガトーレの分身となった枢機卿を倒そうと、アゼルは前に出る。そんなアゼルに、さらに一歩進み出たアンジェリカがそう口にした。


「アゼルさまには、スケルトンを操りこの街を制圧するという大切な任務がありますわ。万が一ここで深手を負うようなことがあれば、作戦に悪影響が出ます。なので、ここはわたくしが」


「でも……」


 枢機卿との一騎討ちを買って出るアンジェリカに、アゼルは心配そうに呟く。それを見たアンジェリカは、フッと不敵な笑みを浮かべる。


「問題ありませんわ。わたくし一人でも、この程度の相手は仕留められますもの。シャスティ先輩、アゼルさまのサポート、頼みますわよ」


「……へっ、お前がそこまで言うんなら任せてやろうかね。その代わり、ヘマして無様晒すようなことすんなよ?」


「ええ、分かっておりますわ」


「何を勝手に話を進めている? 一人として先へ進ませるわけなかろうが!」


 そこへ、枢機卿ことゼルガトーレもどきが襲いかかる。アンジェリカは素早く身体強化の魔法を己にかけ、相手の突進を受け止めロックアップの体勢に持ち込む。


「さあ、行ってくださいませ! すでに街のあちこちで、別動隊が動いていますわ。彼らと共に、街を落としてください!」


「……分かりました。ここは任せます、アンジェリカさん。ご武運を!」


「待て! そうはさせぬぞ!」


 ゼルガトーレもどきの相手をアンジェリカに任せ、アゼルとシャスティはデイルシュルナの中央にある宮城へ向かうため通路から飛び降りる。


 それを追おうとするゼルガトーレもどきだったが、ガッチリと組み合うアンジェリカを振りほどくことが出来ない。万力のような力が、働いているのだ。


「小娘……この手を離せ!」


「そうはいきませんわよ。例え手足がもげようとも、あなたを倒しますわ」


「面白い。ならば、愚かな背教者どもへの見せしめも兼ねて……貴様への、大々的な処刑を執り行うとしよう!」


 ニヤリと笑いながら、ゼルガトーレもどきはそう叫ぶ。すると、街の上空に、巨大な魔法陣が浮かび上がる。さらに、魔法陣の上空、四方に大きな光の球が現れた。


 曇天の夜空に光が灯り、デイルシュルナにいた全ての人間が魔法陣に目が釘付けになる。それと同時に、アンジェリカたちの身体が光に包まれ、魔法陣の上に転送される。


「あらあら、随分とサービスしてくださいますのね。こんな派手なステージを用意していただけるとは」


「今宵、貴様は死ぬのだ。この決闘場デュエルリングの上で、我が手により……無残にな!」


「そうはいきませんわ。なら、わたくしも宣言しますわ。……あなたのドタマ、カチ割って差し上げましてよ!」


 アンジェリカはそう叫ぶと、ロックアップを解いて身体を屈めタックルを放つ。相手を倒し、そのまま馬乗りになってタコ殴りにしようとするが……。


「バカめ! そう簡単にいくものか!」


「うぐっ……」


 ゼルガトーレもどきはその場に踏みとどまり、膝蹴りを放ってアンジェリカを迎撃する。顔面に膝の直撃を受けたアンジェリカはよろめくものの、即座に立ち直り反撃を行う。


「よくもレディの顔に傷を付けましたわね! 許しませんわよ! 戦技、エルボーストーム!」


 追撃の膝蹴りをかわし、相手の背後に回り込んだアンジェリカは素早くゼルガトーレもどきの身体をよじ登る。そのまま肩の上に座り、両足で首を締め上げた。


 さらに、ダメ押しとばかりに敵の脳天に向かって肘打ちの連打を浴びせかける。


「ぐっ、このっ……!」


「おーっほっほっほっ! さぞかし痛いでしょう、強化魔法のかかった肘打ちは! さあ、このまま頭蓋骨を叩き割って差し上げましてよ!」


「調子に乗るなよ、小娘! 投げ飛ばしてくれるわ!」


 ゼルガトーレもどきはアンジェリカの足を掴み、ロックを解くとそのまま肩から引き剥がす。そして、勢いよく身体を回転させた後、魔法陣の外へぶん投げた。


「この魔法陣は、フチに沿って壁を作ってある。そこにぶつかって、肉塊になるがいい!」


「おっと、そうはいきませんわ!」


 投げ飛ばされたアンジェリカは、体勢を整え壁に着地する。前転しつつ魔法陣に降り、立ち上がって走り出す。


「フン、器用なことを。だがムダだ、消し炭にしてくれよう。フレアストーム!」


「おっと! 当たりませんわ!」


 ゼルガトーレもどきは鞭のように長く伸びた炎の渦を作り出し、アンジェリカを呑み込むべく横薙ぎに振るう。アンジェリカは渦と魔法陣の間とスライディングで滑り抜け、敵に近付く。


「さあ、今度はこちらのば……」


「バカめ、まんまと引っかかったな!」


 炎の渦を突破したアンジェリカは、立ち上がってアッパーを放とうとする。が、それよりも早く、ゼルガトーレもどきは掬い上げるようにアンジェリカの首を鷲掴みにしてしまう。


 最初に放った炎の渦はアンジェリカの動きを誘導するための罠であり、ゼルガトーレもどきはわざと渦と魔法陣の間に隙間を作ることで、スライディングを誘発したのだ。


「ぐ、くっ……! 離しなさい! このっ!」


「よくもやってくれたものだ。だが、こうして捕まえた以上、もう貴様に逃げ場はない。さあ、処刑の時間だ! 邪戦技……魔女の煮釜刑!」


「!? 腕が、赤熱して……」


 高らかに処刑の開始を告げると、ゼルガトーレもどきの腕に赤い輝きと熱が宿る。アンジェリカはどうにか腕を振りほどこうと蹴りを放ったり、爪を突き立てる。


 しかし、首を絞められているせいで力が入らず、脱出することは叶わなかった。少しずつ、アンジェリカの身体が内側より熱されていく。


「ぐ、あぐ……!」


「ククク、苦しいか? 苦しいだろう。この技を受けた者は皆、身体じゅうの水分が煮え立ち……地獄の苦しみの中で死んでゆくのだ!」


「うぐ……あああ……!」


「クハハハ、先ほどまでの威勢が形無しだな、ええ? 無様に許しを乞え。嘆願の涙を流せ! 我らに歯向かった愚かさを、その命をもって償うがよいわ!」


 嗜虐敵な笑みを浮かべながら、ゼルガトーレもどきはアンジェリカを魔法陣に叩き付ける。空いている左手も赤熱させ、大きく手を広げる。


 狙うのは、熱を帯び真っ赤に染まったアンジェリカの顔だ。


「ただ殺すのはつまらん。三百年前ののように……貴様の顔も、醜く爛れさせてやろう。そして、深い絶望の中で死ぬがいい!」


「あい、にく……わたくしには、そのような趣味はございません……ことよ。それに、言いましたわよ。あなたの、ドタマ……カチ割ってやると!」


「なにを……ぐおあっ!?」


 全身全霊の力を込め、アンジェリカは足を振り上げゼルガトーレもどきに金的を見舞う。男にとって、絶対に克服出来ない最大の急所を攻撃され、首を締める手が離れた。


「が……か……」


「おーっほっほっほっ! 残念でしたわね。あのままわたくしを宙ぶらりんにしておけば、急所に蹴りが届かなかったものを!」


「こ、む、す、めぇぇぇぇ!!!」


 数回バク転を繰り返し、距離を取りつつ体勢の立て直しを図るアンジェリカに、ゼルガトーレもどきは怒りの形相を浮かべ、激痛に耐えながら突進する。


「もう食らいませんわよ、あなたの攻撃は!」


「ごあっ……」


 アンジェリカはハイキックを相手のこめかみに炸裂させ、突進を止める。再び己の身体に身体強化の魔法をかけ、ゼルガトーレもどきの身体を掴む。


 そして、全力を込めてジャンプし、空高く飛び上がる。二重の強化を受けたアンジェリカは、軽く二十メートルほど上昇していた。


「さあ、フィニッシュですわ! あなたに相応しい奥義で、トドメを刺してあげましょう!」


「貴様、何を……」


 落下していくなか、アンジェリカはゼルガトーレもどきと背中合わせになりつつ、相手の上下を反転させる。そして、相手の足を掴み、両足で首をロックする。


「こんなもの、すぐに外して……」


「ムダですわ。一度この体勢に入ったが最後、脱出は不可能! さあ、これで終わりですわ! 奥義……夜空流星落としーッ!」


 煌めきながら空を駆け落ちていく流れ星のように、ゼルガトーレもどきは頭から魔法陣に叩き付けられた。全ての衝撃が頭に集中し、頭蓋骨の砕ける音が響く。


「バカ、な……こんな、小娘などに……分身とはいえ、私が、敗れる、など……がはっ!」


 アンジェリカがクラッチを解いて着地するのと同時に、ゼルガトーレもどきはうつ伏せに崩れ落ち息絶えた。立ち上がったアンジェリカは、遥か地上を見下ろす。


 彼女が戦っている間にアゼルたちはもう宮城の制圧を完了させていたようで、城の各所から黒煙が立ち昇っていた。


「終わりましたわね。久しぶりに本気を出したせいか、酷く疲れましたわ。ま、勝利したのでよしとしておきましょう」


 街のあちこちであがる勝利を喜ぶ声を聞きながら、アンジェリカは微笑みを浮かべるのだった。

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