74話―聖女の痕跡を求めて

「ふいー、さっぱりした。久しぶりの風呂は格別だな!」


「そうですね。服もお洗濯してもらえましたし。さあ、早速手がかりを探しましょう!」


 カイルやディアナが合流を目指して独自に動いていることなど露知らず、ひとっ風呂浴びて綺麗さっぱりリフレッシュしたアゼルたち。


 アストレアの居場所のヒントを探すため、早速行動に移ることとなった。唯一、そのための鍵を握るシャスティはまず……。


「んじゃ、とりあえず心当たりその一に向かうか。こっちだ、着いてきな」


「はい!」


 そんなわけで、一行はシャスティ曰く心当たりがあるという場所へ向かう。小一時間後、彼らがたどり着いたのは地下にある墓地だった。


「ここは……お墓、ですか? ひんやりしていて居心地がいいですね」


「ああ。地上だと風で砂が飛んできて墓石が埋もれちまうから、この国じゃ墓場は全部地下にあるんだよ」


「なるほど。ですが、本当にここに手がかりがありますの?」


「ある可能性は高いな。この街の墓地の一画に、唯一教会の聖女一派が管理してるとこがある。何かを隠すなら……」


 アンジェリカの問いかけにそう答えつつ、シャスティは墓地の奥へと歩いていく。奥には、『創命教会管理区域につき関係者以外立ち入り禁止』と書かれた看板が立っているエリアがあった。


 二重の柵で厳重に囲まれており、なにやら物々しい雰囲気を漂わせている。シャスティは遠慮も何もなくそこへ入り、キョロキョロと周囲を見渡す。


「この墓石の下のどっかだ。次のヒントが書かれた手紙か何かを隠すにゃ、うってつけだ」


「でも、お墓をいじるのはなんだか気が進みませんね……」


「いんだよ、墓ってのは建前だからな。ここだけの話、この区画は万一の時に備えて資金やら物資やらを隠しとくための倉庫を偽装するための場所なんだよ」


 そう言いつつ、シャスティは何の躊躇もなく一番近くにあった墓石を押してずらす。実際、墓石の下にあったのは棺ではなく、宝石が詰め込まれた袋だった。


「あら、本当ですわ。教会の方々も、抜かりないのですわね」


「ここの隠し財産について、法王一派は何も知らねえ。アストレア様が、大飢饉や疫病の流行なんかが起きた時に、下々の民を救うための資金源にするために内緒で貯めてたのさ」


「ふええ……アストレアさんって、凄いんですねぇ」


 シャスティにならい、アゼルも試しに墓石をずらしてみると、今度は様々な薬品が入った箱が見つかった。曰く、これらは全てアストレアが私財をなげうって用意したのだという。


「あの人はなあ……昔っから自分のことより他人のことばっかり気にかけてる人でさ。アタシが引き取られた時もそうだったよ。孤児院のガキにはたらふく飯食わせて、自分は豆のスープだけ……とにかく、弱者を救うことに命を賭ける人だった」


「素晴らしいですわ。アストレアさんは、高貴なる者の責務ノブレスオブリージュを理解し実践している方なのですわね」


「ああ。それに引き換え、法王一派ときたら……あ、アゼル、今度はそっちの墓石を調べてみてくれ」


「はい、分かりました」


 三人は手分けして墓石をずらしていき、何か手がかりはないか探す。とはいえ、墓石は百個近くもあり、そう簡単に作業は進まない。


 作業の最中、シャスティは法王一派に対する愚痴を延々アゼルたちに漏らす。よっぽど、うっぷんが溜まっていたのだろう。


「今の法王になってからひでえもんでな。信仰税と称して貴族平民問わず金をせびるわ、教会での傷や病の治療にえらい大金ふっかけるわ、異教徒への弾圧を始めるわ……見てらんねえよ、ったく」


「酷いですわね……信仰者たる者常に清貧であれ、とは言いませんが……あまりにもがめついのはいただけませんわ」


「だろ? アストレア様は何度も諌めたんだが、聞く耳を持たねえ。それどころか、中央の政務からアタシら聖女の派閥を閉め出しやがったんだぜ! 信じらんねえだろ!?」


 どうやら、アゼルやアンジェリカが思っていた以上に創命教会の腐敗っぷりは酷いものであるようだった。そんな話を聞き、ふとアゼルはあることを思い出す。


「もしかして、この国に創命教会の信者さんがほとんどいないのもそれが関係しているんですか?」


「いや、それは大昔からさ。エルプトラじゃ、創命神より光明神への信仰が強いんだよ。不毛な砂漠だらけだから、どの国より大地の恵みを重視してるんだ」


「ほえー、そうなんですね……あ、シャスティお姉ちゃん! 見つけました、手紙みたいなのがあります!」


 そんな話をしながら墓石をずらしていると、アゼルは薬品入りの箱と土の隙間に挟まっている手紙を見つけた。その報告を聞き、シャスティはすぐに吹っ飛んでくる。


「おお、でかしたアゼル! やっぱり、アタシの読みが当たったな!」


「よかったですわ~……わたくし、もうへとへとですもの……」


「はい、どうぞ。何が書いてあるのか、早速読んでみましょう」


 アゼルから手紙を受け取り、シャスティは封を破り中身を取り出す。そして、記された内容を読み始める。


『シャスティへ。バラザットの地下墓地に隠したこの手紙が、無事貴女の手に渡っているといいのですが。もし渡っているのならば、私の居場所を伝えましょう』


「おお、ようやく……あの人の居場所が分かるな!」


 期待に胸を膨らませ、シャスティは手紙の続きを読む。


『私は今、護衛の聖女たちと共にエルプトラの元首、バルジャット・マフドラジムの元に身を寄せています。彼の庇護下にあれば法王も容易に手は出せませんから』


「バルジャット・マフドラジム……このエルプトラを纏める王ですわね。確か、とても腕が立つアサシンの集団を配下に収めているとお父様から聞いたことがありますわ」


 シャスティの背後から手紙を読んでいたアンジェリカは、うんうんと頷きながらそう呟く。どうやら、アストレアたちは王に身柄を保護してもらっていたようだ。


『バラザットの地下墓地、教会の管理区画の四隅にある墓石を特定の順番で押しなさい。そうすれば、私たちのいる場所へ繋がる魔法陣が現れます。事態は一刻を争う状況……無事私たちのところへ来てくれることを、祈っていますよ』


 手紙を読み終えた後、シャスティは丁寧に便箋を折り畳み懐にしまう。これで、アストレアの居場所は掴んだ。後は、彼女と合流し、法王の変心の真実を暴くのみ。


「……だとさ。んじゃ、早速取りかかるとしますかね」


「はい!」


 アゼルたちは手紙の記されていた手順で、管理区画の四隅にある墓石を動かす。北東の墓石を南に、続いて南西の墓石を東に。


 そこから南東の墓石に映り、西へ動かした後、最後に北西の墓石を北へ動かす。すると、区画の中央に大きな銀色の魔法陣が出現した。


「出たな、魔法陣が。これに乗れば、アストレア様のところに行けるはず。アゼル、準備はいいか?」


「はい、ぼくはいつでもだいじょ……!? 誰です、そこにいるのは!」


 アストレアの元へ向かおうとするアゼルは、地下墓地の入り口の方に人の気配を感じ叫ぶ。シャスティとアンジェリカが身構えるなか、現れたのは……。


「お待ちを。私たちは敵ではありません。お久しぶりですね、アゼル様。ずいぶんと、立派になられましたね」


「え……!? で、ディアナさん!? どうして、なんでここに……」


「あら、お知り合いでしたの? アゼルさま」


 地下墓地に足を踏み入れたのは、漆黒の鎧を着込み、半分に割れた道化の仮面を顔の左側に着けた女騎士……ディアナだった。予想もしていなかった者の出現に、アゼルは目を見開く。


「あんたか? リリンから聞いたぜ。アゼルを助けて、死者蘇生の力を得られるようにしたんだってな」


「はい。ディアナと申します、以後お見知りおきを。創命教会の聖女、シャスティさん?」


「……お前、なんでアタシの名を知ってる?」


「それについては、後ほどお話しましょう。それより、今は……ほら、さっさと来なさい。ここまで来てしっぽを巻いて帰るおつもりですか? カイル」


「いや、もう少し待ってくれ。その、なんというか……心の準備がだな……」


 シャスティの問いにやんわりと答えつつ、ディアナは後ろを振り返りもう一人の仲間に声をかける。カイルはアゼルとの再会を前に、尻込みしているようだ。


 ため息をついた後、ディアナは入り口の方に戻りカイルの腕を掴む。そして……。


「全く、何を今さら。仕方ありませんね、私がブン投げてあげましょう。それっ!」


「ちょ、ま!? おわあああ!?」


 アゼルの方へ向かって、勢いよくブン投げた。べちゃっ、という音と共に、カイルは地面に叩き付けられる。


「あ、あの……どちら様でしょうか?」


「クソッ、ここまできたらもう腹くくるしかねえか……。ああ、オレの名は……カイル。アゼル、オレはお前の……生き別れの兄、だ」


 凍骨の帝の血を継ぐ兄弟が、邂逅を果たした瞬間だった。

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