71話―光の紳士ヴェルダンディー

「ふん、まあいい。お前には大勢の同胞が世話になった。その礼をしてやろう。かかれ!」


「おおー!!」


「ヴェルダンディーさん、ぼくも加勢します!」


 マンドランの号令に合わせ、霊体派のネクロマンサーたちは護衛役を除いて一斉にヴェルダンディーへ襲撃を仕掛ける。アゼルは加勢しようとするが……。


「あいや、その必要はありませぬ。我輩は大魔公、この程度の者らなど……分もかからず滅せますのでな」


「調子に乗るな!」


 余裕たっぷりのヴェルダンディーに、まず四人の敵が大鎌を振り下ろす。そちらに目を向けることなく、ランタン頭の紳士は舞い踊るように攻撃を避ける。


 そして、レイピアによる正確無比な一撃をもって、敵対者たちの心臓を貫いて即死させていく。


「ぐっ……」


「がはっ!」


「こいつ、はや……ぎゃあっ!」


「なんとまあ、手応えのない。して、次の者らは来ませぬのかな?なれば、我輩から……」


 あっという間に四人の仲間を倒され、たじろぐネクロマンサーたちにヴェルダンディーはそう声をかける。直後、足元の砂が形を変え巨大な刃になった。


「どこまでも人をイラつかせやがって……! そのランタン、叩き割ってくれるわ! 邪戦技、サンドブレイド!」


「危ない! スケルトンナイト、ガード!」


 マンドランの攻撃からヴェルダンディーを守るため、アゼルはスケルトンナイトを割り込ませる。砂の刃と盾がぶつかり合い、砂煙が周囲に漂う。


「しめた、これならこっちが奴らの不意を突ける。アンジェリカ、行くぞ!」


「かしこまりましたわ!」


「よし、俺もやろう」


 砂煙で視界が塞がれたのを利用し、シャスティたちはこっそりとマンドラン一味に攻撃を仕掛けることに決めたようだ。ヒソヒソと小声で話をした後、即座に動く。


「まずは……お前だ!」


「なっ!? 貴様ら、いつの間に……ぐふっ」


 同士討ちを避けるため、シャスティたちは固まって行動し一人ずつ敵を仕留めていく。一方、ヴェルダンディーは砂煙などものともせず、軽やかに相手を屠っていた。


 闇の眷属にとって、この程度の砂煙などでは視界を狭められることはないらしい。


「ハハッ、愉快愉快! 夜の砂漠で、砂塵舞う舞踏会とはなんと洒落たものであろうか! まさに、紳士にうってつけの大舞台だ!」


「ぐああっ!」


「チィッ、どいつもこいつも役に立ちゃしねえ。こうなったら、さっさと霊体に……」


「そうはさせませんよ!」


 戦況の悪化を前に、マンドランは懐から霊魂を分離するための薬品を取り出して飲もうとする。そこへ、紫色の炎を纏ったアゼルが体当たりをかます。


 砂煙に紛れ、霊体化するのを阻止するためこっそり接近していたのだ。


「このガキ、いつの間に!」


「その薬、飲ませはしません! それっ!」


「このガキ、よくも薬を!」


「あぐっ!」


 不意を突いたアゼルは左手で薬品を奪い、そのまま握り砕いてみせた。試験管が割れ、薬品が砂に落ちて染み込んでいく。これでもう、マンドランは霊体にはなれない。


 しかし、その代償にアゼルはマンドランたちに捕まってしまう。


「よくもやってくれたな! お前には死よりも辛い目を味わわせてやる!」


 捕らえたアゼルを見下ろしつつ、マンドランは指を鳴らす。すると、砂煙が晴れ、戦場全体の様子が明らかになる。


「チッ、こっちはもう四人しか残ってねえか。あのランタン野郎め……本当にうざってぇ奴だ」


「全く、手応えのない者たちだ。少し前に別の大地で大きな収穫があったが……今回は望めそうにないな」


 十七人のネクロマンサーたちと戦ったというのに、ヴェルダンディーの身体には傷どころか返り血すらついていなかった。さらに恐るべきことに、敵は全員心臓を貫かれ殺されている。


 正確に狙いをつけている暇などないはずの乱戦の中ですら、決して狙いを外さないヴェルダンディーの力量を見たシャスティたちは戦慄を覚える。


「おい、マジかよあいつ。全員を一撃かよ……」


「二メートル前も見えず、魔力と気配で相手の居場所を探るしかなかった濃い砂煙の中にいたというのに……あの者が敵でなくて、本当によかった」


「おいおい、そんなことを呑気に言ってる暇があるのか? こっちを見な、お前らのお仲間さんは捕らえてあるぜ」


 余裕たっぷりに笑みを浮かべ、マンドランはシャスティたちに声をかける。護衛たちはアゼルをうつ伏せに地面に倒し、背中を踏みつけながら喉元に鎌の刃を押し当てていた。


 その気になれば、いつでもアゼルを殺せる。そうアピールしているのだ。


「人質を取るなど、卑怯ですわよ!」


「ハッ、くだらねぇ。ここは戦場だぜ? 卑怯もクソもねえんだよ。さあ、降伏しろ。さもねえと、大事な仲間の首が落ちるぜ」


 憤るアンジェリカに、マンドランは蔑みの意を込めそう言葉を返す。そんななか、アゼルはシャスティたちに向かって叫ぶ。


「ぼくのことは気にしないでください! この人はもう、霊体にはなれません! このままトドメを……」


「黙れ! 目玉を抉り取られたいのか!」


「かはっ!」


 そんなアゼルに苛立ち、マンドランはおもいっきり背中を踏みつける。それを見たヴェルダンディーに、変化が起きた。ランタンの中で輝いている炎が、黒く染まったのだ。


「……なんという外道。幼き少年を捕らえ人質とするだけならず、勇気ある行動を踏みにじるとは。よかろう。貴様らに裁きを下してやる」


「やってみろ。邪戦技、サンド……ん、なんだ、腕が……う、うわあああああ!!」


 ヴェルダンディーに攻撃を仕掛けようとしたマンドランは、己の右腕に違和感を覚える。腕を見下ろした彼は、悲鳴をあげる。いつの間にか、肘から先が炭になっていたのだ。


「我輩は大魔公ヴェルダンディー。暗域の覇者、混沌たる闇の意志ダークネス・マインドにより火を灯されし光の紳士。汝の行い、決して許されることはないと知れ」


「だ、黙れ! 黙れぇぇっ! それ以上近付くな! 近付けばガキを殺すぞ!」


「そうはいきませんよ。ぼくが枷になるのなら……自分から死んでやります!」


「待て、早まるな少年!」


 脅しをかけるマンドランに対し、アゼルはそう言い放つ。ヴェルダンディーが制止する間もなく、アゼルは自らの首を大鎌の刃ではねた。


「坊や!」


「少年! ああ、なんということだ……」


「クッソがあああぁぁ! お前らかかれ! 皆殺しにしろぉぉぉぉ!!」


 ツィンブルとヴェルダンディーが叫ぶなか、人質を失い相手の攻撃を抑止する手段が消えたマンドランは、残った部下に命じて一斉攻撃を行う。


「ムダなことを。少年、せめてこやつらの死を君への手向けとしよう。滅びるがいい、悪逆の徒よ!」


「ぐあっ!」


「うっ、があっ!」


「げはっ!」


 みすみすアゼルを死なせてしまったことを悔やみ、ヴェルダンディーはせめてもの罪滅ぼしにとネクロマンサーたちを葬っていく。


「後はお前だけだ。地獄に落ちる用意は出来たかな?」


「クソが……てめぇさえいなけりゃ、楽に片付いたのに……。てめぇさえ、てめぇさえいなけりゃああああ!!」


「さらばだ。奥義……炎の舞いダンス・ドゥ・フラム


 狂乱状態に陥りつつも、砂の鎧を纏いながら突撃してきたマンドランを、ヴェルダンディーはレイピアで切り刻む。ランタンに灯る炎を揺らし、優雅な、それでいて力強いステップで。


「ぐあ……がは……」


「終わったな。これで、少年が安らかに眠れればよいのだが……」


「あの、すみません……ぼく、生きてます……」


 勇気ある死を選んだアゼルへ黙祷を捧げているヴェルダンディーに、当のアゼル本人が申し訳なさそうに声をかける。アゼルは事前に、蘇生の炎を自身に施してから攻撃を仕掛けたのだ。


 危機的な状況に陥っていたのにも関わらずシャスティたちが妙に静かだったのは、最初からそうするだろうということを予測していたからであった。


「おおっ! なんと、これは驚いた! 大地の民が、闇寧神の力の一旦を宿しているとは!」


「ん? え? な、何がどうなってんだ? 坊やは、さっき自分で首を……へ?」


「あー……そっか、まだツィンブルさんには話してなかったな。こりゃ、説明すんのに骨が折れそうだ……」


 すんなり事情を理解したヴェルダンディーとは対照的に、ツィンブルは何が起きているのか理解出来ず、唖然としていた。まあ、仕方のないことだろう。


「もしかして、ヴェルダンディーさんは神様のついて詳しいのですか?」


「勿論だとも。よければ、色々教えてしんぜよう。我輩は、君を気に入った。聞きたいことがあれば、何でも聞いてくれたまえ」


「本当ですか? じゃあ、何から聞こうかな……」


 マンドラン一味を退け、夜の砂漠に静寂が戻る。共に危機を退けた紳士との、語らいの時間が訪れた。

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