42話―戦いの後の彼ら
マクスウェル一味を退け、ヴェールハイム魔法学院に平和が戻った。厳戒態勢が解除され、生徒たちのほとんどが教師付き添いの元宿舎へ帰る。
……が、一部例外があった。軽率な行動を起こした生徒会の面々は、アゼルに蘇生してもらった後生徒指導室へ呼ばれる。七年生担当主任より、キツーイお説教が行われる。
「お前たちは何をやっているんだ! 学院の代表たる生徒会が、身勝手な行動をするとは! アゼル先生がいなければ、お前たちはあのまま死んでいたんだぞ!」
「……はい。返す言葉もありません。私たちがバカでした……本当に、ごめんなさい……」
「ごめんなさい……」
「しかも理由を聞けば、貴族と平民の違いを見せつけてやろうなどとふざけたことを……」
学年主任の教師に怒鳴られ、デューラをはじめとした生徒会の面々は深く
事実、アゼルが単身彼女らの救出に向かわずに他の教師たちが出向いていたら、
「お前たちの処断は、理事長先生がお戻りになり次第教員会議で決める。それまでは、各自部屋で反省文を最低十枚書いておけ。いいな?」
「分かりました……」
「ああ、それとだ。アゼル先生からも、お前たちへの罰があると言っていたな。明日の放課後、資料棟に来いとのことだ。忘れるなよ」
長い長いお説教が終わり、デューラたちも宿舎へ返された。てっきり、その場で退学処分を言い渡されると思っていた生徒会の面々は、ホッと胸を撫で下ろす。
「よかった、退学にならなくて。自業自得とはいえ、退学になんてなったら父上に叱られるし……」
「ええ、そうね……。うう、まだ気分が悪いわ……。あの男のことを思い出すと、寒気が……」
ビルギットに捕まり、殺されてしまった女子生徒は蒼い顔をしながら己の身体を抱き締める。おぞましい所業を思い出し、目尻に涙が浮かぶ。
「大丈夫よ、ベラ。あなたも私も、みんな生きてる。もう怖いことは何もないわ。アゼルさん……いえ、アゼル先生が助けてくれたから」
「……そうだよな。俺たちのことを見捨ててもよかったのに、あの人は危険を省みずに助けに来てくれたんだよな……」
女子生徒……ベラを慰めるデューラの言葉に、コリンズがボソッと呟く。ビルギットとの戦いでアゼルが重傷を負ったということは、すでに彼らも知っていた。
だからこそ、申し訳なさで胸がいっぱいであった。自分たちの思い上がりのせいで、負わなくていい怪我をしてしまったのだから。
「……皆。明日、反省文の提出が終わったらゼド先生に掛け合ってアゼル先生のお見舞いに行きましょう。顔を合わせて、ちゃんと謝らないといけないわ」
「そうね、デューラ。アゼル先生がいなかったら、私たちはもうこの世にいないんだもの。お礼しなくちゃいけないわね」
デューラの提案に、いの一番にアリスが賛成し、他の者たちも同意を示す。アゼルに謝罪し、その後は心を入れ換えて真っ当な人間になろう……デューラはそう決意する。
(お見舞いの品も、何か見繕っておかないと。学食のデザートでも持っていこうかしら。それとも……)
親友たちと別れ、デューラはそんなことを考えながら自分の部屋に戻る。心の片隅で、アゼルへの特別な感情が芽生えはじめていたことに、この時の彼女は気付いていなかった。
◇――――――――――――――――――◇
「……まったく。敵を倒せたからいいものの、下手をすれば死んでいたのだぞ? もう二度と、そんな無茶はやらかすでないぞ、分かったなアゼル?」
「ふぁい、ふぁはひましは。ひほんおねへはん、ほめんなはい」
一方その頃、アゼルは保健室にてグリゴリ先生の治療を受けていた。その最中、校内に戻ってきたリリンとシャスティが一部始終を知り、アゼルに説教をする。
もう二度と、危ない戦いはしないでほしい。アゼルの身を案じるからこそ、リリンは真剣だった。真剣に説教し、ついでにもちもちのほっぺをつねる。
「で、おめーは結局アゼル一人に任せて生徒の警備かアンジェリカよぉ! アゼルの補助しろっつったよなぁ、ええ?」
「エァァァァ!! も、申し訳ありませんシャスティせんぱ……ああああ、腕が、腕の骨が折れますわああぁぁぁ!!」
その傍らで、シャスティはアンジェリカに制裁を加えていた。務めを果たせなかった罰として、アームロックをかけつつ向こうずねを蹴りつける。
「うるっせぇぞおめえらあ! 怪我人がいるんだ、ちったぁ静かにしろい!」
「む、すまんすまん。少し夢中になりすぎたわ」
「ま、これくらいで許してやらぁ。これ以上はこっちがげんこつ食らいそうだし」
「た、助かりましたわ……」
奥の部屋で治療用の包帯に魔力を込めていたグリゴリは、一向に静かにならないシャスティたちにキレて怒鳴り声をあげる。ようやく静かになった後、包帯を持ってアゼルの元へ向かう。
「ほれ、こいつを巻いてやろう。明日になれば血は止まる。後は美味い飯食って体力つければ、包帯の魔力で肩も元に戻るさ」
「ありがとうございます、グリゴリ先生。……なんだか、少し眠くなってきちゃいました……」
「遠慮するな、寝ろ寝ろ。傷の治りを良くするのには睡眠が一番だからな。私は職員室に行ってくるから、ゆっくり休んでおくといい」
血が滲んでいる包帯を新しいものに交換した後、グリゴリは退室する。疲労が溜まったアゼルは、そのまま眠りに着く……はずだった。
「あの、なんでリリンお姉ちゃんとシャスティお姉ちゃんまでベッドに入ってきてるんです?」
「決まっているだろう? 姉代わりとして添い寝するためだ」
「そうそう。それくらい問題ないだろ?」
「それなら特に……」
「そんなわけありませんわ! 問題大有りですわ! 男女が寝所を同じにするなど……は、破廉恥ですわよ!」
いつの間にかベッドの中に潜り込み、両側からアゼルをサンドするリリンとシャスティ。ごく自然に振る舞う二人に、アゼルはあっさり流されるも、アンジェリカが異を唱える。
「なんだよ、別に何もおかしくねえだろ。アゼルは可愛いんだから、別に添い寝しても問題にならねえって」
「そういう問題ではありませんわよ! いくらなんでもこれは……」
「アンジェリカさんは……添い寝、してくれないんですか?」
「えっ」
どうにかしてリリンたちを引きずり出そうとするアンジェリカに、アゼルがそう問いかける。穢れのない、清らかな瞳を向けながら。
「たくさん血を流しちゃったからか、ジオフリーズを使いすぎたのか……すごく、寒いんです。一人だと、寒くて寒くて凍えちゃうくらい……」
「だ、そうだ。ならば、我々が温もりを与えてあげねばなるまいて。なぁ?」
「そ、それは……まあ、そういうことでしたら、わたくしもやぶさかではありませんわ。こ、こうなればわたくしもアゼルさまと寝床を同じく……」
「わいりな、アンジェリカ。このベッド、三人が限界なんだわ。つーことで、おめーは隣のベッドに寝てくれ」
「えっ」
なんだかんだ言って、アンジェリカも結局はアゼルと添い寝したかったらしく、わざとらしい流し目を送りながらベッドに入ろうとし……無情な言葉を突き付けられる。
アゼルの寝ているベッドにはもう、彼女が入り込むスペースがなかったのだ。唖然としているアンジェリカを横目に、シャスティはさっさとカーテンを引く。
「む、無慈悲ですわ……」
がっくりと項垂れるアンジェリカに、声をかける者はいなかった。
◇――――――――――――――――――◇
月が昇る夜、星空の下を一頭の馬が駆けていく。その背に跨がるのは、一人の騎士。激しく自己主張するドギツいオレンジ色の鎧と、これまたオレンジ色のバケツ型の兜をかぶっている。
「ふう! ここまで来れば後少しだな! もうちょっとでヴェールハイム魔法学院……我が母校にたどり着く。いやはや、ここまで長かったものだ」
馬を操りながら、騎士はそう独り言を呟く。淡い月明かりを頼りに、ひたすらに草原を突き進む。
「さてさて、明日の朝一番に会いに行かなくてはなるまいな。確か……そうそう、アゼルという名だったか。彼に会えば、きっと俺もなれるだろう。偉大なる王のような太陽に!」
そう口にし、騎士はニヤリと笑みを浮かべる。一難去ったその後に、新たな出会いが訪れようとしていた。
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