第2章 不審な死?

 朝になると俺は準備を済ませ加熱式タバコをふかしていた。


 しかし、昨日の霊はなぜ彼女の前に現れたのか、だ。


 以前彼女が浮気現場に出くわした後、彼氏と浮気相手が何らかの理由で命を落とすことになったのなら、女の霊の行き先は彼女ではないはずだ。


 しかもあの時、俺達はもちろん彼女にも敵意は向けられてはいなかった。


 …何かを伝えにきたのだろうか?


 そもそも浮気相手と彼女には面識はあったのだろうか。

 今日、会ったときにでも確認してみることにしよう。


 俺は時間を確認して玄関を出た。


 待ち合わせは昨日と同じカフェにした。

 俺は一足早くコーヒーを注文して待っていると、先に店に入ってきたのは依頼人である楠本さんだった。


 「おっはようございます!」


 「?!」


 アイスティー片手に元気一杯声をかけられ口に含んだコーヒーを吹き出すとろだった。


 「どっ、どうも。おはようございます。」


 「あ、すみません。ビックリしました?」


 俺はコーヒーを置いてから平然を装って


 「う、うん。ちょっとね」

 

 「ごめんなさい、私普段はこんな感じで…。昨日は久しぶりに変な夢を見なかったので何か体が軽くて。」


 彼女は照れ臭そうに笑った。


 徹が口説こうと言う相手だけあって、確かにかわいい。


 「それはよかった。ちょっと聞きたいことがあるんですけど、彼氏さんと、浮気相手の女性の住所はわかります?」

 

 「もちろん彼の住所はわかりますけど、

 彼女は学芸大学駅の近くだってことしかわからないです。」


 「なら…」


 俺がこの後の予定を話そうとした瞬間、


 「おはよう!楠本さん、今日も美しいですね!」


 徹はわざとらしくウィンクなど見せながら俺の隣にドカッと座った。


 …せめて何か注文してから座れよ。


 「は、はあ。ありがとうございます。」


 恐らく彼女は徹のようなタイプの男が苦手なんだろう。


 あからさまに目を逸らしてたし。


 俺は咳払いした後、彼女を見た。


 「それで、お聞きしたかったのは、浮気現場を見られるより前から、彼の浮気相手と面識がありました?」


 「ええ、元々は彼の友人の中の一人でしたし、知ってる人です。でも、二人で話したりとかそんな仲ではありませんでしたけど。」


 「なるほど。」


 そうだとすると仲が良いとは言い難いな。


 俺の経験上、霊は生前の自分と強く結び付く場所に行くものだと認識している。

 その結び付きが当人にとって良い思い出か、そうでないかは関係ない。

 あくまでその場所や人物に強い思いがあるかどうかだ。


 その視点から考えると、浮気相手の霊が彼女の前に現れるのはあまりにも不自然だ。しかも敵意が全くないときてる。

 

 うーん、何か複雑な事情がありそうだな…


 「楠本さん、ここから少し距離がありますけど、図書館に行きましょう。」


 「と、図書館ですか?」


 「はい、過去の新聞記事を調べることができるので。彼氏さんの死亡記事の前後で何らかの事件が起きてるかもしれませんから。」


 楠本さんは少し考えると、


 「…わかりました。仕方ないですよね、行きましょう。」


 まぁ、気乗りはしないよな。


 徹に目配せをすると、すぐにあるところへ電話をかけた。


 しばらくすると、一人のガタイのいい男が店に入ってきた。

 徹が電話をした相手である。


 コイツは渡辺篤といって、同じく幼馴染みではあるが仕事仲間ではなくあくまで興味本意で手伝ってくれている程度である。

 本業は親父さんのラーメン屋を手伝っている。


 車を出すときは大概篤に頼んでるんだが、普段から忙しいため今日は偶然空いていたようで助かった。


 篤は楠本さんを見るなりニカッと笑い、


 「うわっ!すげー美人!」


 彼女は軽く会釈するに留まった。

多分、好奇な目で見られることに慣れているんだろう。


 「ガキじゃあるまいし、ちゃんとあいさつしろよ。」


 俺が苦笑いしながら釘を刺すと、


 「あ、すいません!あんまり綺麗だったから!」


 「そう言ってもらえて嬉しいです。あなたも会社の人ですか?」


 「いえいえ!俺は渡辺といいます!ただのバイトです!!」


 声がでかいんだよ、お前は。


 「じゃあ早速行きますか!」


 俺の号令で全員が席を立った。


 篤のセダンには助手席に楠本さん、後部座席には俺と徹という配置になった。


 …車を出すんだから、隣は楠本さんにしてくれという話になって、俺が戸惑う彼女に頼み込む羽目になってしまった。


 車の中で徹と篤が張り合うように彼女へ話しかけているのを聞かされ続けて20分くらいだろうか?


 やれやれ、なんて迷惑な奴らだ…


 ようやくついたようだ。

 

 篤が図書館の駐車場に車を停めた。


 「ありがとうございましたっ」


 楠本さんは篤にペコッとお礼を言っていた。

 若いのにそういうところホントしっかりしてるよな。


 「篤、お前も来るか?」


 「図書館は苦手だから俺は待ってるわ。」


 「わかった、すぐ戻る。」


 俺たち三人は図書館に入った。


 中を進むと新聞紙のコーナーがあったので彼が自殺したとされる前後の新聞を探していると、


「晃、これじゃね?」


 徹が持ってきた記事を読むと確かに自殺の記事が書いてあり、二つ目に渡された記事を読むと、


 「…放火か。」


 彼が自殺した日の次の日に放火で20代の女性(柳田 梨花)が亡くなったとされている。

 犯人はまだ捕まっていないらしい。


 うん、間違いないこの顔だ。


「ありましたね。」


 楠本さんが俺と徹の隙間からヒョイッと顔を出した。


 「火元は家の壁面か。本人以外の家族は全員が助かってるみたいだな。」


 放火魔のベタな手口だな。


 家族全員助かってるのに彼女だけが逃げ遅れたってことか。


 うーん…


 「ここからが本番ですからね。この前後でおかしなことがなかったか彼の家の近くと駅前で聞き込みするぞ。」


 俺は徹に声をかけると、


 「心霊便利屋さんって警察や探偵みたいなこともするんですねっ」


 「というか、便利屋とはいっても心霊専門の探偵ですよ。」


 実は仕事がないときは迷い猫探しや、浮気調査まで普通の探偵業もやったりもするがそれは内緒だ。


 「そうなんですね。もっとハァァァ!とかやって霊の場所を見つけたりとかするんだと思ってましたっ」


 ハァァァって…


 「確かに霊に対して対抗手段はいくつか持ってますけど、超能力者ではないんでそういうのは無理です。」


 俺が彼女に軽く微笑むと、恥ずかしくなったのか赤面して両手で顔を覆った。


 「で、ですよねっ」


 やっぱりかわいいな。


 俺は今まで遊び程度ならともかく、真剣に女と付き合ったこともないし、この後かけるべき言葉が見つからない。


 「聞き込みするんでしたら、私も行ってもいいですか?」


 「構いませんけど、聞き込みって大変ですよ?」


 「そうそう、俺たちに任せてください!日焼けしちゃったら大変なんで」

徹はまたウィンクしてるし。


 「うー、わかりました…」


 なぜか残念がる彼女。


 俺達は図書館を出た。


 車に戻ると作戦会議を始めた。

 決まったのはまず、楠本さんを家に帰してから、俺は高橋氏の周辺を洗って、徹と篤は駅前を調べることになった。


 柳田氏の家はわからなくても駅前で火事のあった家を調べるのはさほど難しいことはないだろう。


 「じゃあやっぱり一人で家にいたくないし、少しでもお手伝いしたいから黒衣さんとご一緒してもいいですか?」


 …なんですと?


 「危険かもしれないからやめたほ…」


 「その時は黒衣さんが助けてくれますよね?」


 うっ、、、


 ニコッと笑顔を向けられた。


 この笑顔はズルい…


 「わかりました。でも俺が危険を感じたときは無理せずに逃げてくださいね?」


 「ちょっと待て!」


 徹か、、、


 「それはズルくないか?」


 「そうだ、俺の方が彼女を守れるぞ!」


 篤まで、、、


 「依頼人の私が黒衣さんと行くって言ってるんだから、それでいいんですっ」


 『ぐっ…』


 二人分の唸り声が重なった。


 「そういうわけだ、じゃあ動くぞ。」


 {ヨ…カッ…}


 …ん?また思念か?


 俺は思わず楠本さんを見た。


 …普通に笑顔を浮かべてる。なんなんだこれ…


 ともあれ俺達はそれぞれの目的の場所に向かった。


 俺と楠本さんは高橋氏の自宅近くでタクシーを降りた。


 どこにでもあるような住宅街だ。駅から近いのもあってか単身者用のマンションが目立つ。


 「事情がどうあれ、死んだ彼氏のマンションの近くで聞き込みなんて嫌じゃないですか?」


 彼女はクルッと振り向いて


 「平気ですよ、黒衣さんが一緒なんで安心してます。」


 いや、そういう意味で聞いた訳じゃないんだが…


 「黒衣さんって、彼女とかはいるんですか?」


 「そんなのいないですよ。」


 「えー、そうなんだぁ。」


 「はい、もう2年はいないかな。」


 「そんなに?でも、黒衣さんモテますよね?」


 「こんな無愛想な男、モテませんよ。」


 俺が苦笑いすると、彼女は俺の顔を覗き込んだ。


 「へぇ、イケメンなのに。」


 イケメン?俺が??はじめて言われた気がする。


 「じゃあ、聞き込み始めましょうか。」


早速仕事に取りかからないと。


 話題を変えたかったのもあるけど…


「はーい!私、あのコンビニで聞いてきまーす!」


 言うと、彼女は走っていった。


 …元気な子だな。


 そう思っていると、彼が住んでいたマンションから住人が出てきた。

 俺は住人であろう中年女性に声をかけた。


 「すみません、このマンションで自殺した高橋さんのことなんですけど、亡くなる直前に何かいつもと違うようなことがありませんでした?」


「…半年前の事件でしょ?警察の方?」


 疑いの眼差しで俺の顔を見てる。

 俺は慌てて、


 「違います!私、記者なんですがちょっとこの事件に気になるところがあって調べてるんです。」


 経験上、こういう場合は探偵だと名乗るよりは記者だということにしておいた方が怪しまれないことが多い。


 「あら、そうなの。」


 中年女性は安堵の表情を浮かべた。


 「元々そんなにしゃべる人じゃなかったけど、あいさつもしっかりされてたし、まさか自殺するなんてね。」


 「なるほど。因みに最近見慣れない人間とかが出入りしたりはしませんでした?」


 「ちょっとわらないわねぇ。」


 「わかりました。ありがとうございます。では。」


 俺は一礼をして、その場を離れた。


 その後も何人かに話を聞いたがこれと言った収穫はなかった。


 「黒衣さーん!」


 2件目のコンビニから楠本さんが出てきた。


 「どうでした?」


 彼女は息を整えてから


 「私の事覚えてくれてる人もいて、同情されたりしたんですけど、肝心なことは誰も知りませんでした。」


 「そうですか…」


 「でも!彼が亡くなる日の夜に彼がこのコンビニの前で誰かと大声でケンカしてるところは店員さんが見ていたそうです。」


 ケンカか、関係ないかもな…


 「ですよね、この後どうします?」


 「あの二人に連絡取ってみます。」


 俺はスマホを取り出して、徹に電話をかけた。


 トゥルルルル…


 「晃か、ちょうど良かった。」


 「どうした?」


 「いや、家もわかってその近くで聞き込みしてたんだけど、なんか変なんだよ。」


 「変って何が?」


 「火事があった後、何度も近所の人が彼女に良く似た人間を目撃してるんだよ。しかも一人や二人じゃなくて何人も。」


 「なに?近所の人が何人も見てるならなら人違いってことないよな?」


 「だろ?しかも病院に運ばれた家族三人も今は連絡がつかなくて警察も探してたってよ。」


 「どうなってんだ、この事件は。」


 「わかんねぇ。もう少し聞き込みしたら今日はそのまま帰って良いか?」


 「いいけど、用事か?」


 「あぁ、聞き込みしてるときに女の子と仲良くなったから、篤と女の子二人で飲みに行く!」


 おいおい。


 「羽伸ばしすぎるなよ。また明日の朝な。」


 「お前こそクレアちゃんに手ぇ出すなよ!」


 「あほか。」


 俺は電話を切った。


 「どうでした?」


 俺は電話の内容を楠本さんに全部話した。


 「なんかおかしいですね。もしかして柳田さん実は生きてるとかないですよね?」


 「身元確認と検死されてるからね。それはないかな。」


 「あ!この後どうします?お腹すきません?」


 確かにもう、18時回ってるな。


 「楠本さん、良かったら一緒にメシでも行きません?」


 彼女はニコッと笑って


 「え!行きます、喜んで!私、ラーメン食べに行きたい!」


 「ラーメン?いいですけど、なんか意外だな。」


 「彼と付き合ってるときはイタリアン、フレンチとかオムライスとかそんなのばっかりで。私ラーメンとか中華料理の方が好きなんですっ」


 「へぇ、じゃあラーメン行きますか。この近くに美味いとこありますよ。」


 「わーぃ!じゃあそこで!」


 無邪気でかわいくて素直だし、こんな子を裏切るなんてなんて男なんだろう。

 それともまだ俺に見せてない顔があるんだろうか?


 俺達はラーメン屋に向かった。


 「あー、美味しかった!」


 「気に入ってもらえたなら良かった。」


 「黒衣さん、今から家に来ませんか?」

 ……ん?今なんと?


 「家?」


 「無理にとは言いませんけど。」


 「いやいや、さすがにクライアントの家に仕事関係なく行くのは…」


 「私を守るのも仕事でしょ?」


 うっ、、、


 「確かに。いやでも…」


 「お茶を出すだけですよ♪」


 またウィンクされた。 

 徹の下心しかないウィンクとは違って心臓に突き刺さる破壊力だ。



 「それに、やっぱりまだ家に一人は怖いし、ホテルはお金かかるから…」


 楠本さんが伏し目がちになってきた。


 これじゃいけないな。


 「わかりました、お邪魔することにします。」


 「ホント?よかったぁ!」


 タクシーを拾ってその場を後にした。


 すると知らない間に彼女に腕を組まれていてドキッとはしたが、彼女と談笑しながら不思議にも心地よさを感じていた。

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