モンテカルロの逆鱗
ぬまざわ
Prologue -Survive-
201X.11.27.13:45 p.m.
イタリア・リグーリア州インペリア県
サンレーモ・A10-E80を東へ移動中…
───後方から迫る追っ手と銃弾の嵐をかわすには最低限の速度だ。
その時速200キロの世界は時間を早送りしているかのようで、全ての物が一瞬にして現れては後方へ消えてゆく。
そんな世界でヒューガが視界にとらえたのは、10メートル級の巨大な丸太が山積みにされたトレーラーだった。
積荷部分のサイドスカートは取り払われていて、小さな車一台くらいなら積荷の下に潜り込むこともできるかもしれない。
小さな車一台なら。
しかも、超低速で慎重に入ったなら。
「レオさん、良い考えが浮かびました。危険なので離れてください」
《はぁ? テメェみてぇなバカがどんな良い考えを出したのか、是非とも近くで見物させてもらいてぇがな》
「私のことが好きすぎて離れたくないなら話は別ですけどね」
《おう、全力で離れさせてもらうぜ》
ヘッドセットから流れてくるのは、前方を走るゾンダ車内のレオの声。
彼のその言葉を最後にゾンダは加速し、丸太トレーラーを通り越して行く。
ムルシエラゴのドアミラーに映るのは、深緑色のイギリス車が五台。
全員、ミラーから消す。
ヒューガがムルシエラゴのドアミラーを畳んだのには、きっとそんな意味合いも含まれていたのだろう。
ヒューガは愛用のレボルバー拳銃を助手席から拾い上げ、パワーウィンドウを開け左手で構えた。
照準は、タイヤ。
サイドウォールに当てれば、あのバカでかいタイヤを撃ち抜ける。
車全体から湧き上がる、赤いオーラ。
いいや、違う。
それはオーラなどではなく、光だ。
ムルシエラゴのボディーに張り巡らされた赤いエッジモールが、開眼するかのように光り始めたのだ。
「ガコンッ」という鈍い音を立て、シフトレバーが一つ下がる。
赤と黒のムルシエラゴは、咆哮を上げながらトレーラーに迫った。
スピードメーターは振り切る。
210キロを、240キロを。
ムルシエラゴはトレーラーの右後ろから這い上がってくる。
ヒューガは拳銃の引き金に指をかけた。
狙いはタイヤのサイドウォール。
撃つ。
右リアタイヤを。
撃つ。
右フロントタイヤを。
トレーラーの挙動が乱れた。
ムルシエラゴのステアリングを左に切る。
ヒールアンドトゥー。
爪先でブレーキを目一杯踏み込んでフロントを沈ませ、タイミングを見計らいヒールでアクセルを一瞬、一気に踏み込む。
荷重を失ったリアタイヤが空回りし、ドォッと白煙が巻き上がる。
ドリフトの体制に入った。
コントロールを失ったトレーラーとムルシエラゴのスキール音が不協和音を奏でる。
反時計回りに車体を180度回転させながら積荷の下へ。
クラッチを切り、ギアはバックへ。
空間の余裕など前後15センチもない。
畳んでいなければ確実にドアミラーが吹き飛んでいただろう。
抜ける。
積荷の下から。
そして銃を構え、撃つ。
左リアタイヤ、左フロントタイヤ。
二度目のヒールアンドトゥー。
小さな径でさらに180度回転し、ムルシエラゴの向きは前方へ戻る。
再びクラッチを切り、ギアが前進へと戻る。
タイヤがアスファルトに食いつき、安定。
まるで流れるようなトリックだった。
マフラーからアフターフレイムが上がり、ムルシエラゴはまた加速してゆく。
赤い光を消しながら再びサイドミラーを開く様は、居合士が鞘に刀を納める仕草によく似ていた。
その瞬間、トレーラーは金切音を上げながら横転し、大量の丸太を路面一杯にぶち撒けた。
音と白煙がやんだ時、すでにゾンダとムルシエラゴは地平線の向こうへと消えていた───。
「レオさん、追っ手はしばらく来れなそうですし、マックとか行きません? クーポンがあるので」
《それ期限いつまでだ?》
「……あっ、半年前です」
〜モンテカルロの逆鱗 Re:vival〜
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