「拳銃」「さんま」「ココアシガレット」 作・紫水街

 うわっ、でっかい箱だなあ! その箱の陰のあなた。あなたです。あなたが今回のお客様ですよね。ようこそ『お試し部屋』へ。今回のテーマはご存知で? よろしい。一応もう一度説明しておきましょうかね。刀と拳銃はどっちが強いのか、ってよく聞きますよね。聞いたことがない? そういうこともあるかもしれませんね。ただまあ、やっぱりマンガやアニメなんかで大衆に親しみのある武器の二大巨頭ですから。聞いたことがある人も多いと思いますよ。刀を持った侍と銃を持ったガンマンの対決なんて、一度は空想するものじゃないでしょうかね。どうです? 考えたことがないなら、今この場で考えてみてくださいよ。あ、ダメダメ。ここは禁煙です。え、頭使うには煙草がないと無理? いやいやこの部屋は禁煙なんですってば。どうしてもって言うならこれでも咥えててくださいよ。ああ、これ? ココアシガレットです。懐かしいでしょう。僕も禁煙中の身でしてね。持ち歩いてるんです。……どうです、考えつきました? もちろん近距離なら侍が強いし離れてればガンマンが強い、なんてありきたりな結論じゃ面白くないですよ。侍は刀で銃弾を逸らしたりできるかもしれないじゃないですか。ふふ、図星って顔してますね。まあなんにせよ、空想してるだけじゃつまんないですよ。試してみなきゃ。というわけで用意したんです、刀と拳銃。いやー、本当は実力伯仲の侍とガンマンを用意できればよかったですけどね。それでせーので川中島みたいに戦ってもらえればいいんですけど。そんなことしたらどっちか死ぬじゃないですか。死なないにしても大怪我するし。だいたい実力の測り方もわかんないし。そうでしょう。テニスの王者とアーチェリーの王者はどっちが強いかとかわからないじゃないですか。だから仕方なく武器でやってみることにしたんです。刀をこう、台に固定するでしょう? そこにね、銃をこう、正面から撃つわけです。バン、と。弾はちょうど刀の刃筋にぶつかるようにします。あとは見るだけ。弾が割れるか、刃が欠けるか。ね、気になるでしょう? 使い手のウデで比べるのが難しいなら、純粋に武器の強度で比べてしまおうという話なんです。対照実験って言いますからね。何かを比較するときには条件をひとつずつしか変えてはいけないんです。理科でやったでしょう。そういうわけで、ここはそういう実験用の部屋なんですよ。ほら、あそこに刀。ここに拳銃。内側からは開かない密室、頑丈な壁に空調機能、消火設備もばっちり。安全面は完璧です。あとは狙って撃つだけ。やってみましょうか。さあ撃って撃って。おお、いい音。もう一回。惜しい! もう一回。……うーん、当たんないですね。そりゃそうか。素人ですもの。スナイパーも手配しとくんだった。今から呼びます? えっ、もっといい方法がある? 武器じゃなくて実際の戦いで拳銃と刀の強さを比べる方法が? なーんだ、そんなこと思いついたんなら早く言ってくださいよ。教えてください。どんなです? えっ? まず用意するのは……さんま? サンマ? サンマってあの秋刀魚? 魚の? いや、確かに刀って漢字は入ってますけど。ええ、嫌な予感がしてきたな。じゃあ拳銃は? エビ? なんでエビなんです。テッポウエビ? 鋏から衝撃波? へええ、そういうエビがいるんですね。つまりこういうことですか? テッポウエビとサンマを戦わせれば間接的に拳銃と刀の強さを比べられるんじゃないかと。馬鹿ですか。馬鹿なんですか。今度からバカは馬と鹿じゃなくてサンマとテッポウエビで表記しましょうか。秋刀魚鉄砲蝦でバカって読むことにしましょう。長いな。やめよう。えっ、嫌な予感が高まってきたな。さっきから訊きたかったんですけどその箱には何が入ってるんですか? あなたが車輪付きのそれを押して部屋に入ってきたときから気になってましたよ。だって人間が何人も入りそうじゃないですか。ずっと訊きたかったけどあなたが黙ってるものだから言い出せなくて。……あーあーあーやっぱり。用意周到で何より! まさかサンマとテッポウエビを持参するとは思ってませんでしたよ。なんて人だ。じゃあその箱は……布を外すと……ああ、やっぱり。巨大な水槽なんですね。巨大サイズのサンマとテッポウエビを一対一でバトルさせるための。とんでもないな。まあいいや。このお試し部屋はまさしくそういうしょうもないことを大真面目に検証するための場所ですから。ある意味とても存在意義に即しています。それにしてもとんでもないなあ。じゃあその箱開けてみてくださいよ。おお、これはまた綺麗な流線型。強そうよりおいしそうが勝っちゃうな。こっちがサンマですね。いいサイズだ。それで、こっちがテッポウエビだと。うーわ、強そうな見た目ですねえ。エビだけど片側の鋏だけ異様に大きい。なるほどこの鋏から衝撃波を出すんですね。どうやって? えっ、カチカチ鳴らす? それだけ? 人間で言う指パッチンがすごい威力になるってことですか? ほう。真空。キャビテーション。わかりましたもう結構。僕は文系ですから。要は鋏パッチンが強いと、それだけわかればよろしい。それで、この二体を戦わせるんですね。大怪獣バトルみたいだな。どっちも人間の子供ぐらいのサイズはあるじゃないですか。突然変異? なるほど、通常はこんなに大きくならないんですね。こりゃあ迫力のある絵面になりそうだ。それで、試合開始はどうやって判断するんです? 二匹とも動かないですけど。眠ってるんでしょうか。薬剤で? 眠ってる。なるほど。じゃあ起こしてあげれば勝手に争い出すわけですね。どうやって起こすんです? ああ、それも薬剤。薬って便利ですね。へえ……それにしても大きいな……サンマは確かに刀だ。細長くて鋭くて銀色で。強そうに見えてきたぞ。テッポウエビはやっぱりモンスターだな。見た目がもう完全に。……んん? なんだか煙草のにおいが……あ! あー! 禁煙だって言ったじゃないですか! 我慢できなかった? そんな言い訳が通ると思ってるんですか? この部屋には消火設備があるって言ったでしょ! あああ起動し始めた……ほら天井からスプリンクラーが……この部屋のスプリンクラーは超強力でしてね……こんなふうにわぶっ。げほっ。息ができない。スコールなんて比べものにならないぞ。バケツの水を永遠にひっくり返し続けてるみたいだ。無事ですか。聞こえないな。水音がすごいんだもの。止まるまで待つしかないか。あーあ、水位が胸まで。お、止まったかな。無事ですか? 無事。よかった。私が禁煙って言った意味がおわかりでしょう。ほら、部屋が水浸しだ。実験中は部屋の中で何が起こってもいいように密室にしてあるもので、排水もひどくゆっくりなんだ。この水しばらくこのままですよ。まあいいや、水は胸までありますけど息はできるし、さっきの続きをやりましょうか。薬剤で二匹を起こして戦わせるんですよね。やりましょう。それが薬ですか。水槽は上が開いてるから投げこめばいいのかな。いけっ。おお、溶けていく。どれどれ……あっ、身じろぎしましたね。起きたかな? 起きたぞ。 お互いの様子を観察しているみたいだ。睨み合ってますね。あとは戦闘のきっかけを……水槽を外側から叩いてやればいいのかな? せーの、それっ。おお、動いた! 速い速い! さすがサンマはとんでもない速度ですね。あんな狭い水槽の中なのに。それに対してテッポウエビは……動かない。動かないけど鋏を高々と掲げている。なるほどカウンタータイプ! 年甲斐もなく興奮してきました。ウルトラマンを見てたあの頃の気持ちです。そこだ。いけっ。うわあ! なんです今の音は。あれがテッポウエビの鋏……とんでもない音量だ。衝撃波もここまで伝わってきましたよ。ああそうか、水槽を隔ててるとはいえ僕たちも水に浸かってるからここまで届くんですね。……あれ、何です? ヒビに見えますが。ヒビですよね。水槽にヒビ入ってませんか? えっ、あんな威力だとは思ってなかった? 馬鹿ですか。秋刀魚鉄砲蝦ですかあなたは。あれが割れたらどうするんですか。今この部屋は水浸しなんですよ。ああ、あ、鋏を掲げた。二発目に耐えられるんですか。ちょっと。うわあ。なんて音だ。耳が痛い。ヒビが……ヒビが広がってる。もしあそこにサンマが体当たりでもしたら……した! 体当たりしてる! 嘘だ! 水槽割れそうですよ! この部屋水浸しなのに! 内側からは開かないのに! ヒビが……あああ水槽が! 砕け散った! これひょっとして最初に水槽を叩いたから僕らが敵だと思われてませんか? なんで二匹ともこっちに向かってこようとしてるんですか?  なんとか言ってくださいよ! あなたが持ってきたんでしょうが! ねえ! 聞いてますか! 聞いて……うわあ! あ! あ。あ。あああ。

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