入るときよりも出るときの方が問題だった

入るときよりも出るときの方が問題だった

 この世界では時間ギリギリまでゆっくり入るのが一般的らしい。

 時間に追われた日本の現代人とは違って労働も短く、一日がゆっくりしているので時間が空けばそうやってのんびり過ごすらしい。


 お風呂の温度は結構低め、温くてゆっくり入っていられる。

 色は透明とは決して言えないが変な臭いなどはしない。


 湯船にゆっくり入って、温まったらいったん出て身体を冷まして、また湯船に入るとそれを繰り返す。

 一応少しは配慮してか、手ぬぐいみたいな薄い布で隠してくれているが透けているのでほとんど意味を成していない。というかむしろ見方次第ではこの方がよりエッチに見えるし。


 最初なんてセレーネがべったりだったし、その後はアティウラが体中触りまくるしで大変だった。

 二人とも柔らかすぎるんだよ! 特にアティウラ、毎度思うけどあんだけの重たい武器を振り回しているのにどうしてそんなに柔らかい身体してんだ。


 見方によっては素晴らしく羨ましいことなのに何故か俺には苦行に。


 こういうときは絶好調に身体が反応するが、でもいざとなったらまた怖くなって萎むんだろうな。

 あのときのことが未だトラウマとして抜け出せずにいるせいで、どうにもうだつの上がらない状態が続いている。

 だからって無責任に彼女達を抱くのも違う気はするけどさ。


 俺は湯船からなかなか出る頃合いが掴めずにいるからか余計なことばかり考えてしまう。

 うーん、かれこれ結構な時間入っているがそろそろ上がらないだろうか。


 ぬるめのお風呂とはいえこれだけ入っているとさすがに茹だってきている。


「隣、失礼。よっと……」


 いきなりアティウラが身体がくっつくほどの距離で湯船に入ってきた。


「湯船は広いんだから、そんな近くに座らなくても」


 目の行き場に困るため、変な挙動になってしまう。


「冒険者になったけど主様は今後はどうする?」


「今後?」


「魔王の討伐とか」


「え、あー……」


 そういえば勇者にはそういう目的がありましたね……だが世界をネタバレしてしまった俺にはそれが茶番にしか思えないので全く興味がなかった。


 今のところ玉さんを図書館の街に連れて行くという目的はあるけど、それ以外は具体的なことは何も決まっていない。

 うーん、やっぱり魔王討伐? でも俺は地球には帰れないし、帰っても辛い日々が続くか死ぬだけだし。だったらこっちで暮らす方が楽だし楽しいし。


「よいしょっと……わたくしも失礼致しますね」


 少し考えていたら、今度はセレーネがアティウラの逆側に入ってきた。

 っと思ったら、デルもいつの間にか俺の後ろに座っていた。


「なんだか、面白そうなお話のようでしたのでわたくしも参加させてください」


 みんな今後のことは気になるところなんだろう。


「魔王ってどれくらい悪者なの?」


「うーん、僕ら“亜人”にとってそこまで悪い存在じゃないんだけど“人間”から見てみれば、多分悪夢のような存在じゃないかな」


 “亜人”と“人間”では魔王の見方が違うのか。

 つまり“人間”にとって魔王は魔王たり得る存在である……。


 思わずセレーネの方を見てしまうと視線に気付いた彼女は困ったような笑顔で返してきた。


「魔王はここからずっと西方の彼方から東に侵攻しているのですけども……」


 少しだけ困ったような笑顔を見せ、デルやアティウラの顔を見てから説明を始めるセレーネだったが、やはり話しづらいらしい。


「魔王が侵攻している場所は元々人間が住んでいた場所じゃなくて亜人や獣人が多く暮らす未開の土地だったんだよ」


 説明しづらそうにしているセレーネの代わりにデルが話し始める。


「もちろん今は人間達の国になっているから、人間達から見れば略奪者以外の何ものでも無いけどね」


 うんうんと頷くアティウラ、どうやら本当のことらしい。

 なんだ魔王っていうのは、どこからともなく現れて悪の軍団を造り上げて世の中を転覆させる、もしくは破壊するのが目的とかじゃないのか?


「でも古い書物とかを読むと、あの土地自体は人間の領地だったとも書かれているのも結構多いんだ」


「まじで?」


「わたくし共はその様に教えられております。だからあの地の正統な継承者は人間だと」


 歴史なんてのは書いた著者の主観で都合よく書き換えられたりするものであるし、それぞれの言い分や正当性は存在して当たり前。

 事実だけを見れば長らく人間と魔王はその土地を奪い合っているわけだ。


 少し驚かされたのは魔王軍にちゃんとした開戦事由が存在していることだった。

 もっと適当で残忍なだけの話だと思っていたのだが、少しだけ彼らの見方を変えた方が良いかもしれない。


 もちろんそれにより沢山の人が死んでいる事実は変わらないし、俺や俺の周に何かがあるのなら全力で降りかかる火の粉は払うつもりだ。

 あまりどうでもよかった魔王だったが、別の意味で興味を憶え始めるのだった。


「ま、まあ、主義主張が入れ違ったりするのは仕方がないよ。今から真実なんて探すのは難しいし」


 もし一つの真実が分かったとしても、それが全ての真実になるとは限らない。

 最初はボタンの掛け違え程度のずれが、その後大きくなっていくこともある。


 って考えごとをしている間に、三人が微妙な空気になっていた。こういう歴史問題ってデリケートだったんだっけ……。

 あまり外国人と接しない典型的な日本人の俺はそれに気付かずにいた。


「とりあえず今は冒険者となってセレーネやアティウラの期待を裏切らないように、財宝探しでもしていようと……思う……」


「はい。是非っ!」


「うん、生きるのにお金は必要」


 まあ、大きな話の前に自分達の生活の……。


「図書館の街にはまだ多くの財宝が眠っていると言われていますから、そこをアタックするのもいいかもしれませんね」


「このメンバーなら竜の巣を攻めるのもあり」


 とりあえず即物的な話しの流れにしていたが思った以上に彼女達は話に乗ってくれた。

 今日明日も分からない身なので、今は歴史よりもお金だよね……。


 しかし……なんかさっきから視界が妙にぼやけているような……。


「あんた、大丈夫?」


「ん、あー……、うん、だめかも……ブクブクブクブク……」


「ちょー!?」

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