第54話 不機嫌な神
僕らの目の前に現れたのはルシファーだった。
しかし、その表情はいつにも増して険しい物であり、なぜか僕らと目が合うとこれ見よがしに舌打ちをしていた。
「なんで俺がお前たちのもとに呼び出されなきゃならないんだよ。せっかく楽しく過ごしていたっていうのに、何の要件があるのか言ってみろ。返答次第じゃただじゃ置かないぞ」
「いや、ルシファーさんを呼んだのは僕たちじゃないよ。ここの集落の人達なんだけど、何の用かも知らないんだよね」
「お前たち以外に俺に用があるやつかいるとは思えないんだが、そうなのか?」
ルシファーは観衆の中にいる青年に問いかけると、尋ねられた青年は少し緊張した面持ちでルシファーの質問に答えた。
「はい、私達があなた様をこの世界に召喚しました」
「なんで俺を召喚したんだ?」
「はい、あなた様の力によってこの世界を救済していただくためです」
「俺が世界を救済するってどういうことだ?」
「この世界に巣食う勇者の残党を根絶やしに出来るのはあなた様以外にいないと思うからです」
「勇者ってのは世界を救う存在なんじゃないのか?」
「いいえ、そんなことはありません。勇者は魔王を倒し世界を救ってくれたこともありますが、今や魔王を超えた絶対的な力を持つ勇者たちに逆らうことが出来ないのです。それも、一人二人ではなく何千人という勇者がこの世界に存在し、それぞれが殺しあって力を高めあっているのです。何よりも厄介なのは、勇者の中には死んだ勇者を生き返らせるものがいることなのです。そいつがいるせいで、一時期は数十名まで減った勇者が再び数千の勇者として蘇ることがありました。私達はそんな勇者たちの戦いによって日々の暮らしもままならないものとなっております、そんな私達を救ってくださいませんでしょうか」
「ちょっと興味のある話だけど、俺には関係ない事だな。大体、勇者だっていうなら話せばわかる間柄なんじゃないのか?」
「初めのうちは平和そのものでした。しかし、ある日突然、数名の勇者が強力な力を手に入れてしまい、その力を行使したことによって勇者同士の戦いが始まってしまったのです。何故かはわかりませんが、勇者たちは勇者同士で戦うことによってその力を高め、ありえない程に強く成長しているのです。そんな彼らにはもう私達の声など届くことも無く、気付いた時には勇者たちはこの世界に生き残った魔王群の残党や魔物にも興味を示すことなく、勇者同士で戦いあっているようになっています。どうか、どうか、あなた様のお力でこの世界を元の平和な世界に戻していただけないでしょうか?」
「俺がそんなことに協力して何の得があるんだよ。大体、その勇者ってのはどこから出てきたんだ?」
ルシファーの言葉に返す言葉がないのか、青年はうつむいて黙ってしまった。僕も何か言おうと思っていたのだけれど、何を言えばいいのか言葉が出てこなかった。
「いや、ルシフェル様にメリットはあるっスよ」
ここまで目立った行動をとっていなかったミカエルが急に僕らの前に出てルシファーに答えた。
「おそらくなんっスけど、勇者たちをこの世界に呼んだのは我が主っス。きっと、いろんな世界に勇者を送り込んで成長させて、そこで生き残った勇者を使ってルシフェル様を殺そうとしているみたいっス。確信はないけれど、そう思えるだけの根拠はあるっス」
「その根拠ってなんだよ」
「まず、第一に、あそこに見える屋敷なんっスけど、自分でも中に入れないような結界が張られていたっス。自分が入れないような程の結界だったら自分とは逆の魔力を持っているそこのマヤさんも入れないってのはおかしい話っス。あれくらい強力な結界だったら光か闇のどちらかしか防げないもんっスよ。両方を同時に防ぐなんて普通に考えてバランスを保つことが出来ないもんなんっス。それを高いレベルで保てるのは、光と闇の力を持っているルシフェル様くらいしかいないと思うんっスけど、ルシフェル様にそれをやる理由も無いっスし、ルシフェル様がこの世界にいるという話も聞いてなかったっス。となると、そんな強力な結界を張って勇者を守るものが他にいるってことになるっス。まだ弱い勇者を守る必要がある存在とはいったい誰なのか自分にはわからなかったっス。でも、ここの人達の話を聞いてある疑問が浮かんだんっス」
「あいつが俺を殺すために自分の手を汚さずにこいつらみたいな人間を召喚して育ててるってことなのか?」
「そうとしか思えないっス。今までは一人の勇者に対して一つの世界を創っていたと思うんっスけど、ルシフェル様との戦いでその力の一部を失った主は、手っ取り早く勇者を育てるために勇者同士で戦わせて力をつけさせているんじゃないかと思うっスよ。自分の予想でしかないっスけど、死んだ勇者を蘇らせることのできる勇者は、自分と同じ天使が勇者に成りすましているんじゃないかと思うんっスよね。それによって死んだ勇者に新しい世界を与えることも無く、再び何度もやり直させることが出来るし、それによって勇者同士の戦いを恒久的に行わせることも出来ると思うんっスよ。勇者たちがどれくらいまで強くなるかはわからないっスけど、ミサキの様子を見る限りでは、自分たちよりも強くなる可能性があると思うんっスよね」
「確かにな、その可能性は大きいかもしれないな。実際に、この女が成長しているのも事実だし、わずか数日離れただけでこの成長は目を見張るものがあるな。ただ、俺はミカエルと違って成長するんだよ。お前たち天使は強い力を持っているのは事実だが、その力を育てることは出来ない。でも、俺は自分の力を使って育てることも出来るんだぜ」
「確かにそれはそうっスけど、勇者が戦いあっているのはこの世界だけとは限らないんじゃないっスかね。その中にはルシフェル様を超える勇者が生まれている可能性もあると思うんっスけど」
「その可能性はあると思うけど、今はそんな事よりもこの世界があいつの創った世界かもしれないってことの方が重要だ。俺を呼び出したお前たちの願いは俺が叶えてやるよ。この世界に巣食う勇者たちを根絶やしにしてこの世界を救えばいいって話なんだろ。でもな、いちいちこっちから出向くのは面倒だし、向こうから出向いてもらうことにしよう。そのためにも拠点は必要だよな。よし、この世界で一番目立つ場所にある建物はどこだ?」
ルシファーが何をやろうとしているのか大体は想像できるのだけれど、それはあまりいいことではないように思えた。僕の想像していることとルシファーが考えていることが一緒とは限らないけれど、他に思い当たることも無かった。
集落の一人がこの世界にある一番大きい建物は西の大陸にある聖堂だと教えてくれた。
その聖堂は一つの建物の中に数万人が住んでいるほどの大きさらしく、その高さは天に届くのではないかと言われているそうだ。天気さえよければこの大陸の端からもその建物の一部を見ることが出来るそうなので、それだけでも建物が異常に大きいことがうかがえる。
「そうか、聖堂ならちょうどいいかもな。その聖堂をいただいて魔王城にでも作り替えようか。その方が勇者も襲いやすいだろうし、こっちから出向く手間も省けるだろう。それと、俺を呼び出すのに使った死体はまだあるのか?」
「はい、そこにございますが」
ルシファーは勇者一行の死体に近づくと、それぞれの死体を調べているようだった。
「その者たちは我々よりは強いのですが、勇者の中ではそれほど強い部類には入らないのですが、それらを調べてどうするのですか?」
「向こうが死んだ勇者を生き返らせて戦わせるっていうなら、俺も死んだ勇者に命を与えて戦わせようかと思ってな。こいつらはまだ強くなりそうだし、俺の兵隊として戦ってもらうことにするよ。そうだな、こいつらみたいに勇者の死体があれば俺の兵隊として使うことにするか。向こうが生き返らせるのならそれを奪っちまえばいいしな」
ルシファーによって新しい命を与えられた勇者一行は生き返ったことに戸惑っていたようだが、もともと持っていた力にルシファーの力が加わったことで単純な戦闘力が相当あがっているようで、僕にも明らかに強くなっていることが理解できた。
生き返った少女が僕と目が合ったのだが、みさきがその間に割り込んでそれを邪魔していた。
「お兄さんに出会えてよかったと思うよ。私も隠れるだけの存在から戦うことのできる存在になれたみたいだしね。お兄さんにもう少し遊んでもらいたかったけど、今はルシファー様のもとで戦う方が楽しそうだって思えるかも。私が思っていたのとは違う形になっているけど、私を救ってくれてありがとうね」
少女はウインクと投げキスを僕にくれたのだが、みさきがそれらを全て防いでいるような気がした。
結局のところ、僕は彼女に対して何も出来なかったのだが、彼女が救われたと言ってくれたのはいい事だろう。
「よし、お前たちの力を借りて聖堂を魔王城へと変えに行くとするか。ミカエルたちはもう元の世界に戻っていいぞ」
「いや、自分らは戻る方法がわからないっス」
「俺を呼び出したときに出来た通路を使えばいいじゃないか」
「それはそうなんっスけど、ルシフェル様が出てきたすぐ後に塞がったっスよ」
「じゃあ、魔王城が出来たらそこに通路を作ってくれ」
マヤさんはルシファーのその言葉に黙ってうなずいていたのだけれど、その表情は少し暗く感じた。
「大丈夫、俺があの世界の座標を探してやるから安心してくれ」
「そんなことも出来るんですか。それなら、ウチも全力で頑張るよ。あ、すいません。私も頑張らせていただきます」
「あはは、普段通りで気を使わなくていいんだぞ。それと、マサキは神官なんだし結界があったりして聖堂の中に入ることが出来ないときは力を貸してくれよ」
「ええ、それはもちろん手を貸しますが、僕にそんなことが出来ますかね」
「大丈夫だろ。天使を連れている神官なんて無条件で信頼されるに決まっているさ」
僕たちがやってきた世界は勇者同士の戦いによって疲弊した世界になっているようだった。
世界を救った勇者の手によって世界が騒乱に包まれているのは皮肉な話ではある。
そんな騒乱のもととなった神はルシファーの倒すべき相手だということだし、僕らに出来ることは何でもしようと思った。
「よし、お前たちは鉄の中に入っていいぞ。俺が聖堂の近くまで運ぶからな」
僕たちは屋敷と集落を後にして聖堂へと向かうのだが、ルシファーとミカエルが鉄の箱を持っている光景はなかなかにシュールなものだった。
「そういえば、ルシファーさん一人ってのもおかしな話よね。まー君はどう思う?」
「ルシファーさんの姿を見た時にはサクラさんたちもいるのかと思ったけど、元の世界に戻れば会えるんじゃないかな?」
「あ、それなんだけどさ、どうにかして向こうと繋がったらママに行ってこっちに来てもらうことも出来るよ」
「へえ、じゃあ、聖堂に着いたら検討してみましょ」
僕たちが聖堂の近くに着いたのはそんな話をしている時だった。
「なんだか強力な結界でもあるみたいでこれ以上は進めないな。悪いけど、ミカエルとマサキの二人で行って結界をといてきてくれないか?」
「自分は大丈夫っスけど、マサキは大丈夫っスか?」
「僕も問題ないよ。それじゃあ、みさきたちの事はルシファーさんにお願いしますね」
「あの、私達も一緒に聖堂について行っていいですか?」
「それは構わないけど、何か目的でもあるのかな?」
「いえ、目的と言えばそうなるかもしれませんが、私達は勇者としてこの世界に呼ばれていますし、何度か聖堂の中にも入ったことがあります。神官であるお兄さんが天使と勇者を連れている方が聖堂を初めて訪れる理由にもなると思うのですが」
「そうだな、その方がいいかもしれないな。お前たちに最初の仕事を命ずる、無事にマサキを聖堂の中に案内してこの結界を解除せよ」
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