第52話 みさきと少女

 僕らが玄関ホールに入ると金髪の女性が出迎えてくれた。何となくあの少女に似ているような気はしているのだけれど、微妙に違うような感じも受けるので、この女性はあの少女の親戚なのかもしれない。そう思っていたのだけれど、この女性はあの少女と同一人物だという話だった。子供の成長は早いとは言うけれど、ここまで短期間の間に成長するというのは信じられない話だった。しかし、絵の中に人を封印することが出来るというのも信じられない話ではあったので、僕はこの女性の言っていることを信じてみようかという気になっていた。


「ところで、お兄さんと一緒にいる人たちって誰なのかな?」

「ああ、この子は僕の彼女のみさきで、こっちは天使のミカエルで、こちらは扉の番人のマヤさんです」

「へえ、天使とか番人とか面白い紹介だけど、一番面白いのってこの人が彼女って事よね。彼女さんからお兄さんをとっちゃおうかなって思ったりして。なんて、冗談よ」

「ねえ、まー君。この女の人ってちょっとなれなれしい感じするんだけど、あたしの気のせいだったりするのかな?」

「気のせいじゃないんだけど、私とお兄さんは朝まで一緒に過ごしてるような関係だし、お姉さんが思っているような関係ではないかもね」


 なんだか不穏な空気が漂っているのだけれど、僕が望んでいることではないのは確かなことだった。なぜかこの女性はみさきと張り合っているのだが、みさきに張り合う意味が僕には理解することが出来ないままでいた。もしかしたら、僕を取り合って血で血を洗う戦いが繰り広げられるのかとも思っていたのだけれど、金髪の女性がみさきに謝罪すると事態は急速に収束へと向かっていった。


「ねえ、まー君ってあたし以外の女にも手を出そうとしてたりしないよね?」

「そんなことするわけないじゃないか。僕はみさきだけが好きなんだからね」

「あたしはまー君の事は信じているんだけどさ、この女もそうだけどまー君の事を狙っている人ってたくさんいると思うんだよね。そんな人達ってまー君をモノにするためだったらどんな手でも使ってくると思うんだ。だからね、まー君にはそんな奴らに負けないでほしいなって思ってるんだよ」

「負けるも何も、みさき以外の女には興味も無いからね」

「本当かな。本当だったら嬉しいんだけど、まー君から女の匂いが感じられたこともあったし、その匂いはこの女から感じるのと同じような気がしているんだよね。それってどういうことなんだろうね?」

「女の子に抱き着かれたことはあるけれど、その時はこの女性じゃなくて小学校低学年くらいの女の子だったんだよ。この人があの少女の成長した姿っていうのは僕も信じられないんだけど、そうらしいから信じるしかなよね」

「ふーん、そういう方面には結構早く頭が回るんだね」


 少し小ばかにされているような気もしているけれど、僕はあまりみさきを刺激しない方がいいと思ってそこはスルーしてみた。

 僕は何とか刺激しないようにしてたのだけれど、目の前にいる金髪の女性はそうではなかったらしい。僕が小ばかにされているのを快く思っていないのか、金髪の女性はやたらとみさきに絡んでいた。


「私はお兄さんに抱き着いたんじゃなくて、お兄さんに抱かれてたんだよ。それも、一晩中ね」

「そうなんだ、でも、それがどうしたっていうのかな?」

「お姉さんには関係ない話だったりするし、あんまり気にしなくてもいいからね」

「あたしに関係ない話ならあたしがいないところで勝手にしてればいいんじゃないかな」

「それもそうなんだけど、お兄さんの事をよく知っている人に見てもらいたいなって気持ちはあったんだよね。気持ちだけなんだけどさ」


 なぜか金髪の女性は僕にやさしく抱き着くと、みさきを挑発するような行為を繰り返していた。なぜ挑発してしまうのか僕には理解できないのだ。


「何の目的があってまー君を誘惑しようとしているのか知らないけど、あんまりそういうことをしているようだったらあたしも黙ってないんだけど」

「黙っていないって何をするのかな?」

「あんたを拘束して動けないようにしてあげるよ」

「あはは、そんなこと出来るわけないじゃない。それが出来るなら最初からやってると思うんだけど」

「そうね、あなたの言う通り最初から拘束しておけばこんな気持ちにならなかったのかもしれないね。それがあたしの失敗かも」


 僕も気付かなかったのだけれど、金髪の女性は何か見えない力で僕から引き離されていったのだ。一体何が起こったのだろうと思ってみてみると、女性の足に鉄の人が強く絡みついているようで、そのまま僕から金髪の女性を引き離していた。僕は女性に向かって駆けだそうとしていたのだけれど、僕を見ているみさきの視線を感じて動く前に気持ちだけでとどめてみた。


「ちょっと、これって何、どういうこと?」

「フフフ、まー君からお前を引き離しただけだよ。魔女にも通用するって事実はあたしにとっていいニュースになるかもね」

「ちょっと待って、私の事を魔女だと思っているようだけど、私は魔女じゃないんですけど」

「はいはい、そうですね。じゃあ、このままみんなの前に引きずり出しても問題ないですよね?」

「みんなって誰よ?」

「すぐ近くに見える集落のみんなよ。ほかに誰がいるっていうのよ?」

「他にって、まだ魔女が見つかってないでしょ。

「何言ってるのよ。自分が助かりたいからって自分の事を偽るのって良くないと思うんだけどね。そんなに集落の人達が怖いのかな?」

「怖いかどうかと言われたら、怖いと思うんだけど、それとは違った怖さがあるのよ。だからね、見逃してほしいな」

「そんなのは無理に決まっているでしょ。いいからみんなの前に行くわよ」


 みさきは嫌がる女性を外で待っているみんなの前に連れて行こうとしているのだが、思っているよりも女性の抵抗は激しくてみさきも苦労しているようだった。みさきはそれでも嫌がる女性を連れていくためだけに鉄の男を使っていた。

 みさきは女性の首から下を鉄の塊で包み込んでいた。この女性がどうにかして抵抗しようとも思わないくらい強固な塊であった。


「変な人に絡まれて大変だったね。まー君が困っているときはあたしが助けるからちゃんと言うのよ」

「そうだね。これは別に困っていたわけじゃないんだけど、気を付けることにするよ」

「でもさ、この女を差し出したところであたし達ってどうなるんだろうね?」

「それはわからないけど、元の世界に戻れるんじゃないかな?」

「元の世界って、あたしたちが本来する世界の事かな?」

「さすがにそれは無いと思うけど、よくて扉の前じゃないかな?」

「それはそれでいいと思うんだけど、次の世界に行くときもあたしと一緒に行こうね」


 僕はみさきの言葉にうなずいて肯定を示すと、心なしかみさきは嬉しそうにほほ笑んでいた。金髪の女性は顔色一つ変えずにみさきに話しかけていた。


「ねえ、あなたの彼氏を使ってからかったのは悪いと思うんだけど、お願いだから私をこの屋敷から出さないでください。本当にそれだけはお願いします。私がこの屋敷からいなくなると魔女の封印が解けてしまうのよ」

「魔女ってあなたの事でしょ。そんな戯言はいいから、ちゃんと反省してみんなの前で謝るのよ」

「謝るって、何を謝ればいいのよ?」

「あなたはいろんな人に迷惑をかけているんだから、それについて謝るといいんじゃないかな?」

「そんなこと言われても、私はこの世界のためにここで魔女の力を抑えているんだし、あなたたちもそれに協力してほしいんですけど」

「協力なんかするわけないじゃない。自分が魔女じゃないなんて言ってるけど、そんなの信用できるわけないじゃない。違うっていうなら証拠でも出してもらえたらいいんだけどね」


 金髪の女性は唇を震わせて何かを言おうとしているようだったけれど、結局何も言わずに玄関の近くまでゆっくりと移動させられていた。

 僕がこの女性に対して何かしたことも無かったし、この女性から僕に何かしようとするそぶりも感じてはいなかった。実際はどうなのかわからないけれど、僕がこの金髪の女性に対して特別な感情は抱いていないということだけは事実であった。

 そのまま女性が扉に近づくと、大きな玄関扉が音を立ててゆっくりと開いていった。


「ああ、このまま私はみんなの前に引きずり出されていしまうのね」


 その女性の言葉がなぜか僕の耳にこびりついてしまったようで、いつまでたっても頭の中から消えることは無かった。

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