第50話 再会の時
私達の前にマサキが現れたのは突然の事だった。
一晩中屋敷の探索をしていた私達は何の手がかりも掴めないまま帰路に着いたのだった。いつもお世話になっている集落の人達のためにも何か少しでも屋敷の中に入る手立てがないかと探してはいるのだけれど、塀をくまなく調べてみてもミカエルが空から探索してみても何も見つからないのだった。
「どうやったらあの屋敷に入れるんだろうね?」
「オートロックってわけでもなさそうだし、何か仕掛けがあるのかもしれないよね」
「ねえ、あなたは天使なんだからその辺をうまくどうにかできないの?」
「自分は天使っスけどそんなことできないっスよ。そんなことが出来たならなんでもやりたい放題じゃないっスか」
「それもそうね、でも、君は天使なのにあんまり役に立っていないよね。何か出来ることとかあったりするのかな?」
「それを言われると耳が痛いっス。でもでも、自分本来の力を取り戻したらルシフェル様よりも強く……は言い過ぎっスけど、それなりに強くなると思うっスよ」
「それなりって、どれくらいよ?」
「天使の序列で言うと、たぶん一番っス」
「天使がどれくらい強いのかわからないのよ」
私達はいつものように集落に戻ると、時々挨拶をかわす程度の人が血相を変えてこちらへ向かってきた。何事があったのだろうと身構えてしまったけれど、その人の言うことでは見知らぬ神官がこの集落にやってきたというのだ。神官がやってきたということで私達はマサキがこの集落に来たのだと思って顔を見合わせると、ミサキはそのままマサキがいると思われる集会所へと走って行ってしまった。
私達もミサキの後を追って玄関から中に入っていったのだけれど、私達が見た時にはミサキが靴も脱がずにマサキに抱き着いていた。
「まー君だ、まー君だよ。こっちに来た時にどこにもいなかったから別の世界に行っちゃったのかと思ってたよ。ここにいるならもっと早く来てくれても良かったのに、心配したんだからね」
「ごめんごめん、僕もみさきの事を探していたんだけど、ちょっと色々あって大変だったんだよ。みんなも元気そうでよかったよ」
「あの時、自然と別の方に入って行ってしまったけど、今度からは男女関係なく一緒の方に行こうね。マヤちゃんもこっちの世界の事は何も知らなかったみたいだし、ちょっと不安だったけどまたまー君と一緒になれて嬉しいよ。今日は何して過ごす?」
「みさき達って丘の上の屋敷の事について調べてるんだよね?」
「そうよ。って言っても、私達がこっちに来てから何をしたらいいかもわからなかったし、この集落の人達が困っているみたいだから協力することにしたのよ。調べてる途中でもみさきは君の話題しか出さないんで困っていたけど、本人が来たならそれももう心配いらないよね。君はこっちに来て何してたのかな?」
「ねえ、まー君。屋敷の事なんか今はいいから、もっとこっちに来てよ」
マサキもミサキも久々の再会で嬉しそうにしているのだけれど、一瞬の静寂の後にミサキから出ている空気が変化したような気がした。
「ねえ、まー君、ちょっと聞いてもいいかな?」
「どうしたの?」
「まー君から他の女の匂いがするんだけど、これってどういうことか説明してもらえるかな?」
「みさきは凄いな。これからそれを話そうと思ってたんだよ」
「え、そんなことないけど、褒めてくれるなんて嬉しいかも。もっとギューッとしていいんだよ」
他の女の匂いって何だろうと思っていたけれど、私は正直に言ってミサキとミカエルの匂いの違いも判らなかったりする。お風呂上りに何か特別なものをつけているわけでもないのだし、そんなに違いがあるものなのだろうか?
「ここの人達が調べている屋敷なんだけど、僕は今朝までその中にいたんだよ。昨日僕はあの屋敷の門の外に飛ばされてたみたいなんだけど、調べている間になんだかんだあってあの中に入ることになったんだよね。それで、君たちが調べている魔女かどうかわからないけど、地下牢にとらわれていた少女を助け出してからここに来たってことなんだけど」
「ちょっと待ってほしいっス。昨日なら自分たちもあの屋敷の周りを調べてたっスよ。飛んで中に入ろうとしても見えない壁があって入れなかったし、不思議なことに壁も破壊することが出来なかったっス。まるで、強力な結界で守られているみたいだったっスけど、自分にはそれが結界なのかどうかすらわからなかったっス」
「外に結界があるのかは知らなかったけれど、あの屋敷の中の部屋はほとんどロックされていて入ることが出来なかったんだよね。出入りできたのは食堂とその前の暖炉の部屋と三階のテラスだね。あと、僕が見つけた階段脇の地下室かな」
「ねえ、テラスってそんなのあったかしら?」
「玄関前の門から見えるでしょ?」
「いや、そんなものはなかったと思うわよ。天使は見たことある?」
「自分も見たことないっス。マサキは何かと勘違いしてるんじゃないっスかね?」
「そんなことは無いと思うんだけど、みさきもテラスを見てないのかな?」
「ごめんね。あたしもそのテラスは見たことないかな」
「そうなのか、もしかしたら屋敷の裏側だったのかもしれないな。でもさ、そこで満月を見たんだよ。その満月で」
「ちょっと良いかな。満月って昨晩のことだったりする?」
「うん、昨日の綺麗な月をみさきと一緒に見たかったな」
「まー君、昨日は満月じゃなかったと思うよ。三日月だったんじゃないかな?」
「昨日は満月じゃなかったのは確かだよ」
「そうっス、昨日は三日月だったっス。自分は月を毎晩見ているから満月じゃないことは確かっス」
「いや、確かに月の光を浴びて少女が絵から抜け出してきたんだけど」
「ねえ、その話はまたあとでしましょう。私達が聞いている話と君が体験してきたことに齟齬があるんだけど、ここの集落の人達がいないときにゆっくり話しましょう」
「そうっスね。自分も月の話は気になるけど、マサキの体験してきたことはここの住人にはまだ言わない方がいいと思うっスよ」
「どうしてさ?」
「私たちが聞いている話だと、あの屋敷に住んでいる魔女は人間を襲って命の糧にしているって話なのよ。悪い魔女があの屋敷に住んでいて、近付いたものを襲っているとか何とか言っていたわね。でも、君はあの屋敷に招かれて出てきたってことでしょ?」
「うん、そうなるけど。それがどうかしたのかな?」
「私たちは君の事を知っているし、魔女の仲間ではないと言えるんだけど、そんなことを知らない住人の人達が聞いたら、君の事を魔女の仲間だと思うんじゃないかしらね?」
「確かに、そうかもしれないっスね。もう少し調べるまでマサキが屋敷にいたことは黙っていることにするっスよ」
「ねえ、マヤちゃんってまー君と知り合ったのってあの時が初めてだよね?」
「え、そうだけど、それがどうかしたのかな?」
「出会って間もないのにまー君の事をそんなに信じているのって何か深いつながりでもあるのかな?」
「そんなことは無いけど、ちょっと、みさき、近いよ」
「確かに、まー君は魅力的だと思うけどさ。もしかして、マヤちゃんってまー君の事を狙ってたりしないよね?」
「ないない、絶対にないよ。君たち二人の仲を裂こうだなんて一度も思ったことがないよ。マサキ君とちゃんと会話した事はそんなにないけど、二人は本当にお似合いだと思うからさ」
「本当にそう思っているの?」
「本当に思っているよ。心から思っているよ。二人は本当にお似合いだって」
「そうね。よく言われるわ」
ミサキはマサキの事になると少し怖くなるのだと思ったのだけれど、私にはマサキをどうにかしようと思う気持ちがないので正直困ってしまう。それに、昨日は三日月じゃなくて半月だったような気がしていた。そう思っていたのだけれど、地上から見ている月と空から見ている月が違うことも知っていたし、何度かミカエルに連れて行ってもらっていたので空から見える景色が地上で感じているものと大きく異なっていることも、あの屋敷が謎に包まれている理由の一つであることは間違いがなかった。
私達はマサキに聞きたいことがたくさんあったのだけれど、それはマサキも同じだったようで運ばれてきた食事をとりながら久しぶりに四人で食卓を囲むことになった。その間は気を使ってくれたのか、集落の人達も席を外して私達だけの時間を設けてくれてはいた。しかし、私達がこれからどうするかは集落の人達にも話さないといけないとは思うので、私達の話がまとまったらみんなに伝えようとは思う。
マサキが私達にしてくれた屋敷の話はまるで昔話を聞いているような話で、絵の中に封じられていた少女を助けるのはまるで王子様のようだと思ってしまった。ミサキも同じようなことを思っていたようで、若干ではあるけれど頬を膨らませているのが可愛らしかった。時折ミカエルが何かを確認するように質問をしていたのだけれど、私には何が不思議な点なのかわからないくらい不思議なことだらけのように思えて仕方がなかった。
「僕が体験した話は以上になるんだけど、次は皆の聞いている話を聞かせてもらってもいいかな?」
「大体はわかったっス。じゃあ、自分が説明するっス」
「ちょっと待って、まー君にはあたしから説明するの。あんたは黙ってなさい」
ミカエルは少しだけ大人しくしているのだけれど、表情を見ている限りではまだ何か言い足りない様子ではあった。
昨夜から朝にかけてマサキが何かをしてあの屋敷から出てきたという話ではあるのだけれど、私達は一晩中あの屋敷の周りにいたのにその変化に気付くことは無かったのだ。門が開いて人が出てきたとしたら気付くと思うし、それがマサキだとしたらミサキが気付かないわけもないと思うのだけれど、それでも誰一人としてマサキがこの集落にやってきたことに気付かないのは不思議な話だった。
私達以外に屋敷へと続く一本道を歩いていた人なんていなかったのだ。
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