世界を救う巫女になったのだけれど、仲間が堕天使と神官と踊り子ってどうなんでしょうか?

釧路太郎

出会い

第1話 巫女になっちゃった

 自慢ではないけれど、私はとても朝が弱い。起きてから行動するまでなんだかんだ三十分くらいかかってしまうのだけれど、今日は目が覚めてから一瞬で頭が冴えわたっていたのだ。自分の部屋で確かに寝ていたはずなのに、今は大部屋の病室らしき場所で目が覚めたのだ。いつものお気に入りのパジャマを着ていたのだけれど、それ以外にはスマホも何も見当たらなかった。ここは一体どこなのだろうか、私は何かしてしまったのだろうか、頭は冴えているのに何も理解出来ないでいた。キョロキョロしている私に気付いて看護師の方が近付いてきたのだけれど、その容姿は今まで私が見た事のある誰よりも美しかった。私は普通に男性の方が好きだけれど、この女性には一目惚れしてしまっても仕方ないと思えるほどだった。


「おはようございます。心配しなくても大丈夫ですよ。これから簡単に説明しますけど、まずはお顔を洗ってお食事にしましょうか」

「あ、はい。お願いします」


 思えば家族以外の人と対面で話すのはいつ以来だろう。家族とも会話らしい会話をした記憶はここ数年ないし、会話をしていた相手もパソコン越しで顔も名前も知らない人たちばかりだった。家族以外で最後に会話をした相手は仕事を教えてくれた先輩だったけれど、私は最後までその職場に馴染むことが出来ずに退職して、それからは自分の部屋に引き籠る生活をしていた。退職した後はふさぎ込むことが多かったけれど、たまたま始めたネット配信がそこそこ好調で家族に文句を言われない程度には稼げていたのだ。今思えばそこで稼げずに無理やりにでも社会に出てしまえばよかったと思うのだけれど、気付いた時には三十歳の誕生日を迎えていたんだった。引き籠っていて誰に会うわけでもないのだけど、何となく体型は維持したいと思ってコツコツと運動はしていたので見た目ではそんなに老けていないと思う。むしろ、同世代の人達と比べても私の方が若く見えると思うんだよね。鏡を見て改めて思うんだけど、今の私だったら高校の時の制服だって着ても違和感ないんじゃないかな?


「って、若返ってる!?」


 引き籠りだとは言え鏡は毎日見てるし、自分の顔を見間違えるはずはないんだけど、どう見たって今鏡に映っているのは高校生の時の私だ。もしかして、気付かないうちに若返りの秘術でも実行していたのだろうか。いや、そんなものはないだろう。

 今の状況に全く頭の中が整理できていないんだけど、とにかく私の今の状況は、知らない場所で目が覚めて若返っている。意味が全く分からない。


 私は用意されていた朝食を頂くと、そのまま用意されていた服に着替えて会議室のような場所に案内された。あんまりオシャレじゃない服だったし体のラインが強調されているので嫌だったけれど、鏡に映っていた私の姿は自分で見てもスタイルが良く惚れ惚れするようなものだった。日頃のトレーニングが今頃になって効果が出てきたのかもしれないと思って少しだけ嬉しくなった。トレーニングの効果が出たのが嬉しかったので、見た目が若々しくなったことが嬉しかったわけではない。目尻も口周りも若々しくなっているのは、それほど嬉しくないんだもん。

 誰もいない会議室は退職の時を思い出すので緊張してしまうけれど、今は誰が出てくるのかもわからないので別の緊張感があった。もしかしたら、私は家族にドッキリでも仕掛けられているのかと思ったけれど、部屋に入ってきた人たちを見て驚いて変な声が出てしまった。


「こんな見た目で申し訳ない。ですが、私はここの責任者なのであなたに説明させていただきますね」


 どう見ても人間じゃない人が私に優しく語りかけてきた。口調も声色も優しいのだけれど、その見た目はマンガやゲームで見てきた悪魔とか怪物のようだった。作り物にしては良くて来ているし、ちょっと離れているからちゃんとは見れないけれど、やけにリアルな作りだった。


「えっと、あなたは岬咲良さんでお間違いないですよね?」

「あ、はい。岬咲良です」

「色々と確認したいことがあるので質問を続けさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「え、あ、はい。私も聞きたいことがあるのでその後に聞いてもいいでしょうか?」

「ええ、私もそうしたいと思っていますので宜しくお願いします」


 私に対する質問は主に私の生い立ちや経歴についての物が多かった。職歴を答えた時には無性に恥ずかしくなってしまったけれど、目の前にいる方は私の話に涙を流してくれていた。見た目とは違って感情豊かな人だと思ったのだけれど、私が会社に馴染めなかったのはそんなに悲しい話ではないだろうと自分でも思ってしまった。その後は自分の部屋に引き籠っていたくらいしか話すことが無かった。


「ありがとうございます。岬さんはお辛い経験を乗り越えていらっしゃったのですね。そのような方だからこそこの世界に相応しいのかと見受けられます。端的に申し上げますと、ここは岬さんが暮らしておられていた世界とは違う世界でございます。ですが、ご安心頂きたいのは、この世界には岬さんと同じ世界から来ている方も多数いらっしゃいますし、他の世界から来ている方も多くいらっしゃいますよ」

「あ、え、あ、異世界転生ってやつですか?」

「そうですね。岬さんと同じ世界からやって来た方もそのようにおっしゃっていましたので、その言葉が正しいのだと思います。私は以前の岬さんを存じ上げないのですが、何かご自身に変化したところはおありでしょうか?」

「そうですね。何となくですが、少し若返ったような気がします。引き籠っていた割には体も軽やかな気がしますし、何となく社会に出る前の希望に満ち溢れていた時の様な気分になっています」

「それは良かった。では、簡単にこの世界の事をご案内いたしますね」


 この世界は力だけが全ての暴力が支配する弱肉強食の世界だった。力の無いものは強いものに蹂躙され搾取されるためだけに存在していた。その現状を打破しようとした弱い者たちが伝説の勇者を召喚しようとしていたのだけれど、なかなか上手くいかずに強い者と弱い者の力の差はどこまでも大きく開いていった。

 やがて、強者同士の争いが拡大して世界は三つの勢力が大半を支配することになったのだけれど、突然現れた大魔王によって勢力図は塗り替えられてしまった。

 大魔王は圧倒的な力の差を見せつけたうえでこの世界を支配すると、その力で抑圧するのではなく規制とルールを細かく決めて弱者にも過ごしやすい世界を作り出したのだった。

 力だけが全てのこの世界において、一番強い者が決めたことは誰もが順守していた。中には弱肉強食の世界に戻そうと挑む者がいたようなのだが、その全てが圧倒的力の前に屈していた。

 ちなみに、この世界には多くの神がいるようでそれぞれが自分の信徒を増やそうと切磋琢磨しているのだけれど、その増やす方法というのが殺された者を蘇らせて魂を縛るという方法らしい。神様の中ではいかに自分の信徒以外を殺して蘇らせることが出来るかという事が一番の目的になっているらしい。私の思っていた神様と何か違っていてがっかりしてしまった。


「あの、この世界の事は何となくわかったんですけど、私は一体何をすればいいんですか?」

「それなんですが、特に無いのですよ。先ほどお伝えした通りこの世界では絶対的な悪も存在せず、勇者と呼ばれる人達も大魔王にはかなわなかったみたいですし、勇者の多くは神と契約して信徒を増やすために魔物を狩ったりしていますね。他にもご自身の適性をいかして商売を始めたり教育をしたりしている方もいらっしゃいますよ」

「あ、私は戦うとか働くとか無理だと思うんですけど、そんな私にも出来る事ってあるんでしょうか?」

「岬さんは素晴らしい方ですし、岬さんにしか出来ないような素晴らしい事があるはずですよ。この建物の一階が職業訓練所になっていますので、そこで適性を確認して何をするか決めましょう」


 職業訓練所という言葉にも嫌な思い出があるのだけれど、この世界の職業訓練所には嫌味な事を言う人がいないといいな。

 階段を下りて一階に向かうと、私と同じような服装の人が何人かいた。順番に呼ばれて部屋の中に入って行っているのだけれど、部屋から出てくるときには一目で見てその人の適性がわかるような服装だったり鎧だったりを身につけていた。


「あの部屋で適性を調べていただくのですが、適性が判明すると自動的に適した服装になるのです。それほど時間はかからないと思いますので、今日の状況ですとそれほど待ち時間も無く岬さんの番になると思いますよ。もう間もなくですね」


 私の名前が受付の人に呼ばれて何もわからないまま部屋の中に入ったのだけれど、部屋の中は何もなく多目的トイレくらいの広さしかなかった。何をしていいのかわからないのでそのまま黙って待ってたのだけれど、何もない空間で何だか落ち着かなかった。ソワソワしていると私の着ていた服が突然光り出していった。その光が落ち着くと私はどこかで見た事のあるような巫女装束に身を包んでいた。何だか神聖な気持ちになっていたのだけれど、服装が変わるだけでこれほど気持ちが変わるのかと不思議に思ってしまった。これ以上は何もなさそうだったので部屋を出る事にしたのだけれど、私が部屋を出ると急に人垣が出来てしまった。


「おい、見ろよ。巫女だぞ、巫女が出てきた」

「巫女が出てくるなんて何年ぶりだ。これはとんでもない事だ」

「さっき出てきた女の子が巫女になるかと期待してたんだけど、こっちが本命だったのか」

「ちょっと待て、アレはただの巫女じゃないぞ」

「本当か?」

「ああ、あの首飾りを見てみろ、アレは純潔の巫女様だ」

「純潔の巫女様が出てきたのは初めてじゃないか?」

「ワシも長い事この町に暮らして居るが、純潔の巫女様の話を聞いたことは噂でしかなかったのう」


 周りの人達が喜んでくれているのはとても嬉しくなってしまった。これほど人に必要とされて喜ばれているのは生まれて初めてだと思う。これだけでもこの世界に来れてよかったと思うな。


「あの、純潔の巫女って凄いんですか?」

「ええ、最近では巫女や魔法使いになれる人も減っていますから貴重ですよ。その中でも純潔の巫女になれるなんて奇跡的な事です」

「ええええ、そんなに凄い事なんですね」

「はい、普通に暮らしていましたら魔法使いや巫女になれる資格が無くなりますからね」

「なれる資格?」

「はい、魔法使いや巫女になる条件は一つだけなんですよ」

「一つだけ?」

「一度も異性と肉体関係を結んだことが無い事です」


 え。


「それも、純潔の巫女になるには三十歳を超える必要があるのです」


 もうやめて。

 物珍しそうに見ていた人達も次の人が出てきたときには興味が私からそっちにうつっていた。その後もしばらくは見ていたのだけれど、巫女や魔法使いになる人は誰もいなかった。世の中ってそんなに進んでいたのかな、私が取り残されていただけなのかな。


「あの、巫女って何をしたらいいんですか?」

「お好きな事をなさって構いませんよ。誰かと一緒に冒険に出てみたり、何かを手に入れて商売を初めてみたり、大魔王を討伐してこの世界を支配してみたり、何でもしてくれて大丈夫ですよ」

「うーん、何でも出来るって状況だと何にも決められないんですよね。誰かに助けてもらわないと私は何も出来ない。自分が何も出来ないってわかっている私は誰か強そうな人に頼ります。誰か、強い人を紹介してください!!」

「申し訳ございません。私がご案内出来るのは職業訓練所までなのです。あとは岬さんご自身でお進みください」


 住む場所も無い食べる者も無いこんな世界でどうやって私みたいな何も出来ない人が生きていけるというのだろうか。確実に死んでしまうだろう。とにかく、ここで強そうな人を探しておく必要がある。強そうな人はたくさんいるんだけど、私が話しかける前にどこかに行ってしまうな。誰か強そうな人がいないかな。さっきから強烈な視線を感じているんだけど、その人とは違う強い人がいないかな。私を見ている人が近付いてきている気がするけれど、なんでこの人は職業訓練所に入らないのかな。話しかけられたら怖いな。私じゃない人を見てるってことは無いかな。私は壁際に立っているしそれは無いよね。


「少しお話よろしいでしょうか?」

「え、はい」

「一緒に行動する者を探しているのですが、よろしければ少しの間だけでも一緒にどうですか?」

「私ですか?」

「はい、あなたです」

「どうして私なんですか?」

「知り合いに似ている方だったのでつい」

「そうなんですか、それで、一緒に居て何をするんですか?」

「それはまだわかりません。とにかく、この世界で暮らしていく方法を見つけようと思っていまして」

「それは私もですけど、職業訓練所に行かないんですか?」

「そこに行かないと一緒に行動してくれないのですか?」

「一緒に行動するかはわかりませんが、その服装のままだとちょっと恥ずかしいです」

「俺は気にならないんですけど、そうおっしゃられるなら行ってきます」


 急に話しかけられてびっくりしたけれど、あんなに近くにイケメンがきたので違うドキドキもあったかもしれない。それにしても、男性でも体のラインがあんなに出るものなのだ。裸ではないけれど、実質裸を見たようなものだ。これは巫女としてどうなんだろう。


 男性が部屋から出てきた時は今までで一番の歓声が上がっていた。私の時とは比べ物にならないくらい大きな歓声だった。


「おいおい、まじかよ。こいつは凄いぞ」

「本当に実在したんだな」

「神に出会うよりも貴重な体験だぞ」

「このニュースは世界中を駆け巡る」

「千年経ってもこの経験は誰も味わえない」


 私の時とは違う興奮に包まれている観衆が私を男性の隣に押しやった。


「おお、純潔の巫女と堕天使が並んでいる。そこに居る神官の君も来なさい」


 少し離れたところから見ていた少年が私とは反対側に立って男性を挟む形になっていた。少年にぴったりと付いている女の子は彼女なのかな?


「純潔の巫女と堕天使と神官と踊り子のパーティーの誕生だ」


 私達の意志とは無関係にここに史上最強のパーティーが誕生した瞬間だった。

 少年の彼女はなぜかずっと私を睨みつけていたのだった。

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