02 ラグランジュ.
「らぐらんじゅぽいんと、みたいだな」
「え、なに。ラグラン、え?」
息子とともに、自分の家。玄関。扉の前に立つ。外。まだ寒さが残っている。
「あとでけんさくしなさい。ぼくは7つあるとおもってます」
息子。かわいくない。
「あっいまかわいくないっておもった」
「う」
「むすこやぞ?」
「頭がいいんだよなあ」
息子は、とても頭がよく、器量も良い。世の親世代は子供の頭のよさや才能を誇るものらしいが、自分と嫁は、そういうものを持ち合わせなかった。
「せけんさまとくらべちゃいかんですよ」
「はいはい」
手玉に取られるから。息子に。
しかも息子は、頭の良いことを誇ったりもしない。どこまでもフラットで、それでいて、配慮を忘れない。
「このあたまはおやゆずりですから」
実際、嫁と一緒に病院で検査を受けてもらっている。息子のほうはよくある早熟知能発達で。嫁のほうは。
「かあちゃんあっての、むすこですからねえ。よねんにいちどのきねんび」
「まだ6才でしょ」
「うまれてからそれぐらいたてば、もうじゅうぶんですが?」
「第二次成長も来てないのによく言うよ」
「ね。かあちゃんがまだししゅんきだっつうのに」
嫁のほうは。
特定条件性の、健忘。
2月29日になると、初めて逢った日に、記憶が戻る。自分と結婚したことも、息子がいることも、全て忘れてしまう。
医者によると、何かとびきり良いことがその日にあって、それを思い出すために他の記憶を一時的にしまってしまうんだとか。
「それぜったい、とうちゃんにであったことだよね?」
「そうだといいよね」
「いや、ぜったいそうだよ。かあちゃんはいつだって、とうちゃんがすきなんだから」
「嬉しいですね?」
「おれもだいにじせいちょうがきたら、そういうれんあいがしたい」
「そうやって探すものなのかね、恋愛というのは」
「たまたまかあちゃんとであったからって、いいきになってやがる」
「へへ。父ちゃんの自慢は、おまえの母ちゃんだけだからな」
「そこはさあ。むすこのぼくもじまんすべきだとおもうんですよ?」
「自慢の仕様がないよ。君はすでに、俺たちよりも世界がよく見えてるし、炊事洗濯もできる。別世界の人間だ」
「それは、なんか、へこむ」
「自慢はしない。父ちゃんと母ちゃんで独占したいからな。おまえはすごいやつなんだって、知られたくないね」
息子を、抱きしめる。6才の、からだ。大人のこころ。その、不安定さごと。愛する。
息子が乗っかってくる。上に乗せてやって。肩車。
「ちんちんが、まだちいさいんだよな」
「今日はじめて6才児相当のこと言ったな?」
「ばかやろう。ちんちんはじゅうようだろうが」
「4才児だな」
「とうちゃんのちんちんはおとななんだからさ。がんばれよ」
「何をだよ」
息子。
頭から飛び降りる。身のこなしも、俊敏。
「そろそろこんぷれっくすはかいしょうしな。だいじょうぶだろ、つぎのこどもがぼくみたいになるとはかぎらない」
「この野郎」
病院での検査から。嫁とは、そういうのを避けていた。こわかったのかも、しれない。
「ぼくは、きょうだいしまいはおおいほど、いいです。じゃ」
「おい、どこに行く」
「きんじょのくそがきどもとあそびほうけてくるんだよ。ししゅんきのかあちゃんを、せいぜいあいするんだな。あばよっ」
「変な息子だ」
頭がいい。器量が良い。
それても、不安定さを心に押し隠して、両親の不安まで解こうとする。
「よし」
気合いを入れた。
息子にまで掩護されるようじゃ、父親としての威厳があやうい。
「いつでも来い。私の愛する嫁」
記憶がなかろうと。なんだろうと。
一日付き合ってやる。
扉が、開いた。
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