第6話 冬の宵

 私は、とりあえず身を引き、とりあえず首を振る。

 本日 3回目の首振りは、ブンブンと横に。


「なんなの?そのNoの意思表示は? なんに対してのNoなのよ?」


 そう言って、一度 引きかけた身を また急に、ズイッと近づけてくる。

 ハナが身を引くと同時に、緩めていた気持ちと体が再び硬直する。


「やめてよ」

 

 相手にしてもらえることが、光栄なことであると 当時は分かっていなかった。


「なに? やっぱり、近づかれることに対してのNoなわけ?」


 冷ややかなハナの視線に射すくめられる。


「違うよ、分からないって意味… ケンの気持ちが分かるか聞いたでしょ?それに対してのNOだよ」


 後ろはすでに壁で、もう これ以上は下がれない。


「ふ〜ん」


 ハナは疑うような視線で私を見ながら、それでも その高身長の体を引いてくれた。

 けれど、私は警戒を解かない。きっと 私が気を緩めると、もう一度くらいは急に体を近づけてくるはずだ。ハナもケンも、私を オチョくることを生きがいにしている。


「そうだよねぇ。分かんないよねぇ。 でもね、ヒィがここに書いたこと、これは、全部ケンの知ってることでしょ?」


 勿論そうだ。このノートを回覧する事になった経緯を書いたのだから ケンが知っている事に決まっている。なにしろ、言い出しっぺは あいつなのだから。


「ケンはね、どちらかと言えば ケンの知らないことを書いて欲しいんだと思う」


 声色と口調だけで説得力のあるハナの言葉に、根拠もなく納得しそうになったが、


「なんで わかるのさ?」


 かろうじて、喰い下がった。


「女のカン」


 ハナは伝家の宝刀を抜いた。

 いたる所で抜く伝家の宝刀は、それでも その切れ味が落ちたためしがない。むしろ切るほどに、切れ味は鋭くなって行くようだ。しかし、いくら切れ味が良くても 当たらなければ意味がない。


「今度はケンの知らない事を書くよ」


 私はスッとよけた。


「知らない事って何よ?」


 ハナが刀を返す。


「この事だよ」


 私はケンから「なんでも良いよ」と言質を取った時から決めていた。ノートを回覧した時の様子を書こうと。


 ハナは不思議な表情をして私を見た。困っている。…までは行かないが、ほんの少しだけ窮したような顔をしていた。

 そんなハナの様子を見て私は焦る。


「えっ? だめ?」

 

 ハナの不思議な表情がニンマリと解けていく。

 よからぬことを考えているようだ。

 私はどうやら、間違いを犯したらしい。


「いいよ。必ず書くんだよ?」


 ハナがズイッと、身を寄せた。断れば どうされるか分からないが、どうにかされてしまうのは分かる。私は壁に背をつけたまま、コクリと頷いた。


 

 冬の日は暮れるのが早い。

 ここは田舎で街灯も少ない。

 私はハナを送った。


 ハナの家の前でノートを手渡した。

 ハナは私とノートを何度か交互に見て、


「うん」


 何かに納得して 数日後、こんな詩をノートに書き留めて来た。

 

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