墓荒らし(2)
征夷大将軍として北の
特に武官にとって田村麻呂は崇拝の対象であり、都の東の外れにある墓所は、彼らの聖地となっていた。その墓所が、墓荒らしに遭った。
なにせ卜部の本姓は
最低限の支度を調える父に、真霧は同行を申し出た。家祖の墓所への狼藉を許してはおけぬ。元服前だが卜部の人間として、蚊帳の外にいたくはなかった。
季武は息子の申し出を許した。
蜘蛛丸に邸と母とを任せ、三人は羅生門へと向かった。墓は門のすぐ外にある。都から出ると道の先に人だかりが見えた。墓のある丘だ。三人が近づくと人山が割れ、奥に検非違使数名と、それに指示を出す武官が一人いた。
「
「季武殿来られたか。おや、真霧殿も」
武官は真霧を認めると、表情をやや和らげた。彼は季武と主君を同じくする同輩で、
それゆえか逸話も数多い。代表的なのはかつて鬼と決闘して、その腕を切り落としたというものだ。本人も微笑んで否定しないものだから、その風聞は半ば以上真実として人々に受け入れられている。
さて、この鬼切りの逸話を持つ武官の表情が緩んだのも一瞬。すぐにまなじりを鋭くして、三人を墓のそばへと導いた。
「これは・・・・・・」
夜叉丸がいぶかしげにつぶやいた。墓は小高い丘のようになっており、周囲は木々に覆われている。墓石の下には掘り起こされた跡があり、そこから棺桶の一部がのぞいていた。
墓を荒らすのであるから、当然中に納められていた副葬品を狙ったのであろう。しかし、墓石のすぐ脇、下草に覆われた地面の上に、副葬品がまとめて置かれていた。甲冑、太刀、馬具など、武官の墓に納めるのにふさわしい品の数々。賊が盗み、売りさばくつもりであったであろう品々が、なぜか今ここにある。
「賊はどうしたのですか?」
真霧が問う。綱はそれが、と前置きして重々しく口にした。
「死にました。生き残りはいないでしょう」
それは墓から少し離れた森の中にあった。
検非違使の一人に案内されて三人が赴くと、木々の間に何かが倒れている。近づくとひどい悪臭が鼻を突き、真霧は思わず顔をしかめた。
骨が散らばっていた。人骨だ。しかし完全な白骨ではない。血が絡み、指の間などの狭い箇所には肉が残っている。骨は所々砕かれていて、特に頭部の損傷が著しかった。
「この骨のそばに、盗まれた宝物が散らばっておりました。ゆえにこれらが賊であろうと思われるのですが、いかんせんこれでは人相すら分からず・・・・・・」
検非違使が死体から目を背けながら言う。骨は全部で五体。全て都の方角に足を向けて倒れていた。
「何かから逃げていた・・・・・・野犬か狼でしょうか」
「・・・・・・いや」
真霧の見立てを季武が否定した。その声色の厳しさに、真霧は驚いて父を仰ぎ見る。普段温和で笑んでいることの多い父の顔が、今まで見たことがないほど険しい。まとう空気も、これから
季武は一つの死体に近づくとしゃがみ込み、傷口を検分する。顔の半分を砕かれ、衝撃のためか眼球の飛び出したむごい死体に、臆するそぶりすらない。
「なるほど、綱殿が生き残りがいないと断じたのはこのためか。確かにおらぬだろう。墓が暴かれたことと無関係ではあるまい・・・・・・」
低い声でささやくように言う。真霧は父が何を言っているのか分からない。夜叉丸に視線を投げるが、彼もまた何か思案しているようで難しい顔をするばかりであった。
もしや父は、下手人の見当がついているのではないか。しかしなぜ、傷を見ただけでそれが分かる。
父の背は、何も答えてはくれない。
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