女性に優しくする理由は、男にはいらない。――7

 5階層にたどり着いた俺たちは、絶句した。


 闘技場に似た円形の広場が、ボロボロになっていたからだ。


「5階層は、こんなに荒れ果てた場所なんですか?」

「まるで廃墟はいきょだよ!」


 レイシーとケイトが目を丸くしている。


 違う。5階層は廃墟なんかじゃない。


 なにかが起きたんだ。5階層をここまで荒らすような、なにかが。


「みなさん、見てください!」


 俺が険しい表情をしていると、ミスティ先輩が慌てた様子で広場の右端を指さした。


 そこに、床にへたり込んだフローラたちがいる。


 俺たちはフローラに駆け寄った。


「大丈夫か、フローラ!」

「あ……ロッド」


 しゃがんで声をかけると、フローラが俺たちに顔を向ける。


 フローラは憔悴しょうすいしきっていた。


「なにがあった?」

「あたしたちのパーティーに、スペルタンの幹部が潜んでいたの」


 俺の背後にいる4人が息をのむ。


「お前たちは、そいつにやられたんだな」

「うん……そいつ、ゲルド・アヴェンディは6階層に用があって、あたしたちを利用したらしいわ」

卑劣ひれつな……!」


 エリーゼ先輩がいきどおった。


 俺は思案しあんする。


 ゲームとは異なる展開だ。ウェルト空間に、ゲルド・アヴェンディは現れない。


 もしかしたら、学生選手権でのジェイクとアクトのたくらみを、俺が阻止そししたからかもしれないな。


「ゴメン、ロッド」


 俺が推測していると、フローラが力なく懺悔ざんげした。


「あたしが変装を見破っていたら、ゲルド・アヴェンディの目的をはばめたのに……それどころか、スペルタンの手伝いをしちゃった……あたし、自分が情けないよ」


 うつむくフローラを見て、




「いや、なんで謝るんだ?」

「…………え?」




 俺は首を捻った。


 フローラが謝る意味がわからなかったからだ。


「だって、あたしの所為せいで、ゲルド・アヴェンディは6階層に向かっちゃったんだよ?」

「ゲルドは変装してたんだろ? 気づかなくても仕方ない。そもそも、悪いのはゲルドだろ? なんでフローラが、自分を責めないといけないんだよ?」


 フローラがポカンとした。


「心配すんな。ゲルドは俺たちが倒す」

「……無理だよ。あいつの従魔、203レベルもあるんだから」

「203か、大層たいそうなレベルだな。けど、なんとかなるだろ」

「はあっ!?」


 こともなげに言うと、フローラが目をく。


 俺は肉食動物のように笑った。


「しばらく雑魚ざこの相手ばかりで退屈してたんだ。久しぶりに手応えのある戦いが楽しめそうだぜ」


 フローラがパチパチとまばたきをして、目をらしながらいてくる。


「ねえ、ロッド? なんで優しくするのよ? あたしの誘いを断ったくせに」

「いや、お前の誘いを断ったのと、ゲルドを倒すのは別問題だろ」


 ねているようなフローラに、俺は苦笑した。


「それに、お前がやられて黙ってられるはずねぇだろ。俺はお前の許嫁いいなずけだぜ?」

「こ、こんなときだけ許嫁って言い張るな、バカ!」


 フローラがペチペチと俺の膝をはたく。


 俺は声を上げて笑った。


「調子が戻ってきたな。やっぱり、お前はお転婆てんばなくらいがちょうどいいよ」

「知らない!」


 フローラがそっぽを向いて、聞き逃してしまうほど小さな声で言った。


「……あ、ありがとう」

「どういたしまして」


 フローラの横顔は、桃色に染まっていた。

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