第239話 力こそパワー

「随分と素晴らしい能力を得たみたいね」


 慟哭しているクリスに声を掛けたのは、彼の幼馴染にして従姉のエルザだった。何が楽しいのか、ニヤニヤ笑いを浮かべながら。


「予想外の結果だな。クリスの場合は”自分に足りない物”が手に入った訳か。確かに万年金欠病のクリスには、これ以上に無い能力と言っても過言ではないのかもな」

「気になるのは紋様が出た事ね。この程度の能力なら、六芒星でも充分だと思うのだけど」


 エルザのテレポートで一緒に冒険者ギルドの本部にある町に帰ってきたジュリアンとソフィアが、クリスに発現したヒヒイロカネの能力について考察を始める。


「それだけコイツの病気は酷いという事なのでは? それこそ、ヒヒイロカネの能力を全開に使って抑え込まなければならない程に」


 だが、クリスと一緒にいたカズキの一言に、その場にいた全員が納得の声を上げた。


「成程。不治の病のようなものか。それならば納得がいくな」

「知らない間に【土下座】のレベルが二つも上がっているという事は、方々でまたお金を借りたんでしょう。ヒヒイロカネのお陰でこれ以上の恥を晒す事が無くなったのは僥倖だわ」

「ッ!」


 ソフィアの言葉にビクッと肩を震わせるクリス。またお説教が始まるのかと身構えていたのだが、それは杞憂に終わった。

 ヒヒイロカネの枷が付いた事で説教する意味がなくなったのと、そこまでして封じなければならない程の病気だったのなら、説教しても無意味だという事に気付いたからである。麻薬の中毒者が、更生してもまた繰り返すのと同じだと思ったのかもしれなかった。




「ロック鳥に似たモンスター?」


 明けて翌日。いつものように冒険者ギルドの本部に顔を出したカズキ達は、【フォース強制】の魔法で縛った勇者達に呼び止められ、その報告を聞いていた。


「ああ。1500階層あるダンジョンの最奥にいるボスで、今の俺達には手も足も出ないような相手だった。口から火を吹くわ、羽を飛ばして攻撃してくるわ、挙句の果てには視認できないスピードで体当たりされるわで、何度も【死に戻り】を使う羽目になったぜ」

「【鑑定】しても名前すらわからないんだから、よっぽどレベルが高いんだろう。という訳なんで、俺達は別のダンジョンの攻略に行くことになったから。ああ、場所はガストンのジジイに聞いてくれ」


 【フォース強制】を掛けられた事を根に持っているのか、勇者たちはそれだけ言うと足早にギルドを後にした。

 精力的にダンジョンを攻略した事で彼らのレベルは3000を超えたが、未だに魔法が解けない事が悔しかったのである。そんな彼らが奥の手のスーパーサ○ヤ人ぽいものまで使って手も足も出ないモンスターなら、カズキを倒してくれるのではないかという打算もあった。

 蛇蝎の如く嫌っているカズキに態々近寄って自分達から声を掛けたのには、そんな理由があったのである。

 彼らはカズキがベヒモスを探している事は知っていても、それと対を為すレヴィアタンを倒している事を知らなかった。しかもそのレヴィアタンのレベルが200,000ある事も知らない。ついでに言えば、それを瞬殺どころか、捕獲しているなどとは想像も出来なかったのである。


「興味深い話だな。これは喰えるかどうか、確認しにいかなければなるまい」

「ミャー」


 勇者の話を興味深そうに聞いていたアルフレッドが、真面目くさった顔でそう言うと、ギルドマスターであるガストンの執務室へと足を向ける。その後ろには、同じような表情をしたカズキとフローネ(連日のダンジョンアタックで皆が疲れていたので、今日は休日)、そしてクレアが続く。ガストンに話を聞いたら、その足でダンジョンに向かおうとしているのは明白だった。


「話を聞きに行くのは別に構わないのだけれど、今はそれだけにしておきなさい。最初にそのダンジョンに潜ったら、その後はロック鳥に似たモンスターに掛かりきりになってしまうでしょう? だからそのダンジョンに行くのは今日の最後。全員が揃ってからよ。いいわね?」


 そんな三人と一匹にソフィアが念を押す。本音の部分では自分も興味があるが、カズキを制止出来るのはこの中では自分だけなので、敢えて口に出したのだ。

 そんなソフィアの提案という名の命令は通り、各自がノルマを達成したその日の夕方。カズキ達は件のロック鳥に似たモンスターがボスだというダンジョンへ来ていた。

 

「さて、とっとと片づけて飯にしよう。久しぶりに美味い肉を腹一杯食ってやるぜ」


 そこでやる気を見せたのが、万年金欠病のクリスである。彼は兄であるアーネスト(漁師)と行動を取っていた時から、魚介類しか口にしていなかった。城に帰ってきた時も、運悪く魚介類しか口にしていない。アルフレッドの気分が魚介類だったので、肉をリクエストしても『自分でやれ』の一言で黙らされた。料理と言えば切って焼くくらいしか出来ないクリスには、初めから選択肢がなかったのである。

 

「この辺か?」


 ダンジョンに入るなり襲ってきたモンスターを全滅させ、その言葉と共にクリスが空間を斬りつけると、その先にはこのダンジョンのボスがいた。驚くべきことに、彼は空間を斬って【テレポート】のような事をしていたのである。

 

「「・・・・・・」」


 その余りに非常識な業に絶句しつつも、ジュリアンとソフィアはクリスのヒヒイロカネの能力が貯金箱になった理由がわかった気がした。

 剣があれば大抵の事が出来てしまうクリスには、ヒヒイロカネのサポートは必要なかったのだと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る