第39話 カズキの特技(普通のとヤバめの)

「戻りました」


 カリムを抱えたカズキとナンシーが家に戻ると、リディアとエルザが出迎えてくれた。

 カイルとカインは畑に出ているのか、姿は見えない。


「おかえりなさい。カリムはどうしたの?」


 ぐったりとした様子のカリムを見ても、リディアは動じなかった。エルザが心配していなかったからだ。


「魔力切れです。【トルネード】を使ったらこうなりました」

「【トルネード】!? この子が使ったの!?」


 反応したのはエルザだった。


「うん、そうだけど?」


 エルザが驚いている理由が分からず、戸惑いながらもカズキが答えた。


「母さん、カリムは今すぐ王都に行くべきよ。この子は天才だわ!」

「・・・・・・そうなの?」

「さあ?」


 リディアの疑問に、カズキは答えられなかった。

 自身が常軌を逸している上に、周りにいるのも天才と呼ばれるジュリアンやソフィア、世間的に見れば上級者のラクトやマイネ(ついでにコエン)である。

 駆け出しのカリムが上級魔法を使っても、基準がおかしいカズキには判断が付かないのだ。


「この子に聞いても無駄よ。現代魔法の事を何も知らないんだから。いくらソフィア叔母さんが残していったノートがあっても、独学では初級の魔法を使えれば良い方なの」

「「ふーん」」


 エルザの説明にも、二人はピンとこなかった。


「まあ良いわ。母さん、カリムを王都に連れて行くわね」


 エルザが断言した。こうなると聞かないのは、リディアもカズキもよく知っている。

 それでもリディアは釘を刺しておく事にした。


「カリムが『行く』って言わないと、許しませんからね?」

「大丈夫。問題ないわ」


 エルザは自信満々だった。


「・・・・・・でしょうね」


 折に触れ王都行きを熱望していたカリムである。

 そこに『大賢者』と呼ばれている兄が出来たのだ。カズキへの懐きようは半端なかった。

 二人が王都に戻る時に、一緒に行くと言い出すのは目に見えている。


「カリムが『行く』って言ったとして、何処に住まわせるの? カズキ君は学院の寮だから、カリムは入れないわよね。王都の屋敷かしら?」

「あそこは使ってないし、使用人もいないから駄目ね。お城ならソフィア叔母さんがいるし、隣の部屋はカズキの部屋で、今は使ってないから丁度いいでしょ?」


 カズキがカリムを部屋に運んでいったのを良い事に、エルザは決めてしまった。

 三食師匠付きである。我ながら名案だと、エルザは考えた。

 問題は誰の同意も得ていない事であるが、そんな事をエルザが気にする訳もない。

 相変わらずな娘の様子に、リディアはため息を吐いた。


「はぁ、仕方ないわね。ソフィアに連絡しておかないと」


 リディアはそう言って、手紙をしたためる。

 そして背後の鍵が付いた戸棚を開けて、腕輪を取り出した。


「次元ポストなんて持ってたの?」


 エルザが不思議そうに言う。

 今までの手紙のやり取りは、行商人や冒険者任せだったのだから当然であった。


「ソフィアに貰ったの。緊急連絡用にね。みんなには言ってないけど」

「どうして?」

「あの人とカインに知られると、些細な事で使うに決まっているでしょう? クリス君を呼び出そうとしたみたいに」


 『ゴブリン退治の報酬を払う金が無いから、クリスを呼んでほしい』 そう言ってのけた父とカインの事を思い出し、エルザは納得した。


「そうね。あの二人に知られたら、しょうもない事に使いそうな気がするわ」

「でしょう? お金に困ったら売り払うとか考えそうだしね。だからあの二人には内緒よ?」


 母と娘は、酷い事を平気で言いながら手紙を次元ポストに入れ、キーワードを打ち込んだ。


「これで良し、と。あら? カズキ君、ごめんなさいね。カリムを任せてしまって」


 丁度戻ってきたカズキにリディアが声を掛けるが、カズキは反応しなかった。

 難しい顔で何かを考え込んだまま、ブツブツと呟いている。


「・・・気を悪くさせちゃったかしら?」


 理由が分からないリディアは、エルザに聞いてみた。


「そんなんじゃないわ。これは魔法の事を考えている時の顔よ」

「そうなの?」

「ええ。こうなると話しかけても反応しないわ。例外は猫だけよ。・・・・・ナンシー、Go!」


 エルザに頼まれた(?)ナンシーは、カズキの元へ向かう。


「ミャーン」


 甘えた声で呼ばれたカズキは、途端に我に返った。

 そして、ナンシーを抱き上げて頬ずりをし、赤ちゃん言葉で会話を始める。


「お腹空いたんでちゅか? ごめんね、気付かなくて。何が食べたいんでちゅか?」

「ニャッ」

「魚かぁ。焼いた方が良いでちゅか?」

「ニャーオ」

「干物でちゅか。すぐ用意するから、クレアを呼んできてくれまちゅか?」

「ニャー」


 相談が終わり、ナンシーはクレアを呼びにいった。

 カズキはナンシーを見送ってから、干物の用意をするためにその場から消える。


「カズキ君はどこに行っちゃったの?」


 色々と聞きたいことがあったリディアだが、まずはそれだけをエルザに尋ねた。


「【次元ハウス+ニャン】に入ったのよ」

「それって、お土産を運んできた魔法よね? ハウスって事は、家があるの?」

「ええ。こっちよ」


 エルザはリディアの手を引いて、カズキが消えた場所へと移動した。


「まあ! さっきまで家の中にいたのに、全然違う部屋に来ちゃった。魔法って凄いのねえ」


 突然変わった景色に、興味深そうに部屋を見回しながらリディアが言った。


「凄いのは魔法じゃなくてカズキなんだけどね。何せ、こんな魔法を使えるのは、世界でカズキ只一人なんだから」

「そうなの?」

「ええ。さっきカリムの事を天才だって言ったけど、カズキは次元が違うから。ジュリアンが言うには、人を超えて神の領域に足を突っ込んでるんじゃないかって話よ」

「へえ? カズキ君は本当に凄いのねぇ」


 元々魔法に疎い上に、基準となるジュリアンの実力が分からないので、どう反応すれば良いのか分からないリディアであったが、姉馬鹿全開でカズキの自慢をするエルザの様子に、目を細める。

 エルザにとってカズキは、そういう存在であるらしかった。


「それだけじゃないわ。剣の才能もあるの。それも、クリスに次ぐ程の腕よ」


 リディアがそんな事を考えているとも知らず、エルザの話は続く。


「私には魔法の事は良く分からないけど、『剣帝』の噂なら知ってるわ。確か、クリス君の初撃を凌げれば、超一流を名乗れるって話よね?」


 ちなみに、クリスが十歳の時からの話である。

 今の所初撃を凌げたのは、ジュリアン、エルザ、セバスチャンだけであった。

 土下座の印象しかないセバスチャン(国王)だが、クリスに剣術の基礎を教えたのは彼である。

 今でも現役で、彼に勝てる人間は決して多くはないのだ。


「そうなのよ。私なら神聖魔法を使えばどうにかなるんだけど、カズキの場合は違うの。純粋に剣の腕だけでクリスと戦えるのよ」

「・・・・・・それは本当に凄いわね。凄いんだけど、そのカズキ君は何をやっているの?」


 【次元ハウス+ニャン】に足を踏み入れた時から漂っている、魚の焼ける匂い。

 その元を辿っていくと、そこには魔物と戦っている時にも見せない真剣な顔で、干物の様子を見ているカズキの姿があった。

 何故か干物は宙に浮いており、上と下から弱い炎で炙っている。短時間で用意する為に、魔法を使っているらしい。


「ナンシーとクレアのごはんの用意ね」

「あんなに食べるの?」


 カズキの目の前には大量の干物が並んでいた。どう考えてもナンシーとクレアでは消化できない量である。


「あれは他の猫の分でしょうね。きっと、ナンシーが連れてくる筈だし」


 エルザがそう言った時、ナンシーとクレアを先頭に、村中の猫がぞろぞろと歩いてきた。

 そして、期待を込めた眼差しでカズキを一斉に見上げる。


「よし、上手く焼けた。待たせたな、みんな」


 赤ちゃん言葉を止めたカズキが、魔法で冷ました干物を、お行儀よく順番待ちをしている猫たちに配っていく。

 受け取った猫たちは、喉を鳴らしながら美味しそうに干物を食べ始めた。

 最後に残ったのは、ナンシーとクレアである。


「はい、二人の分だ。待っててくれてありがとうな」

「「ミャー」」


 返事をした二匹を撫でてから干物を渡すと、カズキはエルザとリディアに視線を向けた。


「・・・・・・食べる?」


 丁度昼時であったので、エルザとリディアはカズキと共に食卓を囲むことにした。

 メニューは、焼いた干物と玄米ご飯、みそ汁に漬物だった。いずれもカズキが用意したものである。


「あら、美味しい。塩加減も丁度いいわ。カズキ君は料理もできるの?」

「・・・・・・カズキで良いです。料理は城で教わりました。やっぱり、猫たちには美味しい物を食べて貰いたいので」


 予想通りの返事が返ってきた。

 何故予想通りなのかといえば、ソフィアが全く同じ理由で料理を覚えたからである。


「猫第一のところはソフィアにそっくり。さぞかし気が合うでしょうね」


 リディアの呟きに、エルザが答えた。


「まあ、【猫】なんて属性を持ってる位だしね」

「それならソフィアに聞いた事があるわ。火とか水とかの魔法を使う適正の事よね?」

「ええ。カリムは【トルネード】を使ったから、風は確定ね。他は調べないと分からないけど」

「どうやって調べるの?」

「色々あるけど、一番簡単なのは大きな冒険者ギルドに行って、水晶に触れることね。そうすれば適正が分かるから。まあ、【猫】なんて属性を持ってるのは、世界に二人でしょうけど」

「そうなの?」

「多分ね。度を過ぎた猫好きにしか現れない属性だろうし」


 エルザはそう結論づけていた。何故なら、なくても誰も困らないからだ。


「なんか納得したわ」


 お代わりを要求する猫たちの為に、再び干物を焼いているカズキを見ながらリディアはそう言った。

 そこに、寝惚け眼でカリムが現れる。

 魔力切れで倒れた影響なのか、フラフラと覚束ない足取りだった。


「・・・・・・お腹空いた」


 ここが何処なのか、という事を気にもせず、リディアの隣に座ると、開口一番そう言った。

 エルザが黙って立ち上がり、自分たちと同じ食事をカリムの為に用意する。

 更に、魔力切れにはワイバーンの肉、と言わんばかりに、大きな塊肉を焼き始めた。

 これはキマイラと戦った時からの慣習になっていて、『食べると回復が早くなるような気がする』と、三人が発言した事に由来する。

 ・・・・・・そういう理由をつけて、ワイバーンの肉を食べたいだけの可能性が高いが。


「いただきまーす」


 ワイバーンの焼ける匂いに食欲を刺激されたのか、カリムは猛然と食事を始めた。

 そして、あっという間に食べ終わると、肉を焼いているエルザへと視線を向ける。


「まだー?」

「「「「「「「ニャー?」」」」」」」


 カリムの催促に、猫たちが唱和した。

 昨日初めて食べた肉の味を、忘れられずにいたのだろう。


「ハイハイ」


 エルザはそう言って、塊肉の半分をカズキに渡す。残りは自分たち用にスライスして、一際分厚いステーキをカリムの前に置いた。


「・・・・・・」


 物も言わずにステーキへと挑むカリムを横目に、エルザは自分の席へと戻る。


「私の分も貰っちゃっていいの?」


 魔法で食べやすくカットした肉を猫たちに与えているカズキを見ながら、恐る恐るリディアは言った。


「ワイバーンの肉って、高価なのよね?」


 だが、エルザは平然としていた。


「カズキはそんな事を気にしないから大丈夫よ。無くなったらまた調達すればいいと思ってるみたいだし」


 避難してきたナンシーとクレアにカズキの肉を分けながら、エルザは答える。


「気前がいいのね、カズキは」

「面倒見もいいしね」

「チョー強くて、恰好良いし!」


 あっという間に食べ終わったカリムが、会話に混ざった。


「もう食べ終わったの?」

「うん! 腹いっぱいになって、疲れも吹っ飛んだ気がする!」

「そう、それは良かったわ。それで、どうやってここに来たの?」

「? ・・・・・・なにが?」

「周りを見てみなさい? いつもと違うでしょう?」


 エルザに言われて、カリムは素直に周囲を見渡した。


「・・・・・・ここ、何処?」

「【次元ハウス+ニャン】の中よ。その様子だと、覚えていないみたいね」

「ここがそうなんだ。やっぱにーちゃんは凄いなぁ。魔法でこんな部屋を作っちゃうんだもんなー」


 感心しているカリムに、エルザが聞いた。


「一緒にゴブリン退治に行って、どうだった?」

「凄かった!」


 カリムは、間髪を入れずに答えた。

 それから、その時の様子を詳しく語り始める。

 その目はキラキラ輝いていた。


「カズキの活躍は分かったけど、カリムはどうだったの?」

「うっ」


 それまで調子よく話していたカリムは、リディアの言葉に固まった。


「・・・・・・俺は魔法を一発撃ったらフラフラになっちゃって。にーちゃんがゴブリンを倒した後に、気を失っちゃったんだ。情けないよなぁ」

「そんな事は無いぞ?」


 猫たちへの給仕を終えたカズキが、カリムの頭に手を置いた。


「初めての実戦で、ゴブリン五匹を倒したじゃないか。あれには驚いたぞ?」

「ホントに!?」

「ああ、本当だ。良くやったな」


 カズキはそう言って、カリムの頭を撫でた。


「うん!」


 そんな二人のやり取りを、エルザとリディアは微笑ましそうに眺めていた。

 同じ黒髪で歳が近い事もあり、二人は本当の兄弟のように見える。


「ねえカリム、私たちは明後日には帰らないといけないんだけど・・・」


 そこに、エルザが声を掛けた。

 その途端、カリムの表情が曇る。


「にーちゃん、帰っちゃうの?」

「ああ。学院には仲間が待っているしな」


 その言葉に、カリムは考え込んだ。そして、決意の表情でリディアを見る。


「かーちゃん、俺も付いていってもいいかな?」

「良いわよ」

「・・・・・・え?」


 反対されると思っていたカリムは、即答したリディアの言葉が信じられずに、ポカンとした表情をした。


「どうしたの? 行きたいんでしょ?」

「うん。でもなんで? 今までは反対してたのに」


 カリムの顔には疑問が浮かんでいた。


「エルザが連れて行くって言ったのもあるけど、ここで反対しても絶対にカズキを追いかけて出ていくでしょ? それに、ソフィアが魔法の勉強のために王都に行ったのも、今のカリムと同じ位の歳だったしね。後は、このまま独学でやっていると、いつか間違いを起こしそうな気がするし」

「そうね。今回はカズキがいたからいいけど、もし一人でゴブリンと戦ってたら、魔力切れの所を襲われて、今頃はここにいなかったでしょうね」

「まあそんな訳だから、あなたは王都に行って、ソフィアに魔法を習いなさい」

「え!? にーちゃんに教わったら駄目なのか?」


 露骨にがっかりした様子で、カリム。


「駄目ね。人に教えるのがとことん苦手だから。それに、カズキは学院があるでしょう?」

「・・・・・・そっか。王都に行っても、一緒にいられないんだ」

「そんな顔をするな。定期的に城に顔を出しているから、そこで会えるさ。それに、カリムが冒険者になった時は、パーティを組んでやるから」


 しょげかえるカリムを見かねて、カズキが言った。


「・・・・・・ホント?」

「ああ、約束だ。だから、しっかりソフィア様に教わるんだぞ?」

「わかった!」

「そうと決まれば早速準備をしなくちゃね。久しぶりの王都だし」


 そう言ったのはリディアだった。


「へ? かーちゃんも行くの?」

「ソフィアが折角だから一緒に来れば? って言ってきたの。二人と一緒なら安全だからって」


 そう言ってソフィアからの手紙を見せる。そこには確かにそう書かれてあった。


「とーちゃんとにーちゃんは?」

「置いてくわ」


 リディアはキッパリと言い切った。

 当然だが、二人に相談するつもりもないらしい。そんな所はエルザそっくりだった。


「さあ、忙しくなるわよー。カリム、あなたも来なさい」

「うん!」


 リディアとソフィアが出て行ったのを見計らって、エルザが聞きたかった事をカズキに質問した。


「それで? 実際カリムはどうなの?」


 それだけでは分からなかったので、カズキが聞き返す。


「どうって?」

「魔力よ。分かるんでしょ?」

「ああ。まあ高い方じゃないの? ラクトや先輩の半分位はあるから」

「それが【トルネード】一発分?」

「違うよ。ラクトなら余裕で五発は撃てるかな。我流で覚えたから、制御が上手く出来なかったんだ。魔力も余分に使ってたし。ソフィア様に教われば、そのあたりは解決するんじゃないか?」

「そう、何よりだわ。じゃあ次は、さっき何を考えていたのか教えてくれる?」


 さっきというのが何なのかは、言われなくても分かった。


「ああ、あれ? さっきリディアさんが――」

「お母さん」


 カズキが言いかけたところで、エルザの鋭い指摘が入った。


「・・・・・・お母さんが次元ポストでソフィア様と手紙のやりとりをしてただろ?」

「ええ」

「今まで気にしてなかったんだけど、どうしてそんな事が出来るのかと思って」

「言われてみればそうね。それで?」

「うん。これって、瞬間移動じゃね? って思ったんだけどさ」

「言われて見れば確かに。じゃあ、もっと大きな次元ポストを作れば、何処でも行けるようになるのね!?」


 勢い込んで言うエルザだったが、カズキは渋い顔だった。


「問題がいくつかあるんだ。まず、次元ポストでキーワードを使ってるけど、その仕組みが分からない。その問題をクリアしても、人ひとり通れる大きさの次元ポストは、俺にしか使えない。魔力の消費が桁違いだから」

「そうなの?」

「うん。普通に空間魔法を使う分には問題ないんだ。それでも使う魔力は他の属性と比べればデカいんだけど。問題は、別の空間を作り出す時の魔力の消費が尋常じゃないって事。次元ポスト位の大きさなら、古代魔法を使えれば作れる。だけど、空間を大きくすればするほど、魔力の消費が跳ね上がるんだ」


 エルザは、カズキが【次元ハウス+ニャン】の魔法を完成させた時の事を思い出した。

 それまで魔法をいくら乱発しても魔力切れを起こさなかったカズキが、その時だけは魔力切れを起こし、三日間寝込んだのである。

 初めて使う魔法だったので、加減せずに全力で魔力をつぎ込んだのが原因だ。

 余談だが、その反動でカズキの魔力は倍近くになった。本人含め、誰も気づいていない事実である。


「ふーん。でも、一度作ればそのまま残るのよね? だったら、マジックアイテムにすれば良いんじゃない?」


 エルザは名案だと思ったのだが、カズキは首を振った。


「それが最後の問題なんだ。マジックアイテムは、使う魔力に比例して、必要なミスリルの量が変わる。多分だけど、人ひとり通れる大きさの次元ポストを作ろうと思ったら、トン単位のミスリルが必要になると思う。それは流石に、現実的じゃないだろ?」

「そうね。事を知らなければ、だけど」


 その言葉に、カズキは固まった。


「・・・・・・やっぱ、バレてた?」

「当たり前でしょ。次から次へとマジックアイテムを作ってるんだから。ジュリアンやソフィア叔母さんは、間違いなく気付いてるでしょうね」

「その二人はもう知ってるよ。マジックアイテムの研究用にミスリルが必要だからって、何回か渡してるから」


 ここ最近、エルザが城に行く度にマジックアイテムが増えていたのだが、その理由が判明した瞬間である。

 まさか、王妃と第一王子がカズキと共謀しているとは、流石のエルザも思っていなかった。

 古代魔法を手に入れた二人は、知識欲が暴走しているらしい。


「・・・・・・そう。なら良いわ」


 何が良いのかはわからないが、エルザはそれだけで片付けた。


「話を戻すけど、最初の問題をクリアできても、敢えてやらない理由があるという事よね?」


「うん。もしもの話だけど、何も知らないクリスがでっかいミスリルの塊を見つけたら、どうすると思う?」

「持ち帰って売り払う」


 エルザが即答する。この場にいないクリスに対しても、二人は容赦なかった。


「とまあ、そういう事になる可能性がある。だから諦めたんだよ」

「納得したわ」


 勿論他にも方法はあるのだろうが(国管理にするとか)、赤の他人に使わせる気がないカズキは、そこで考える事を止めた。

 それに、カズキが【テレポート】を試したのは、ナンシーの元に帰る為である。これからはナンシーと離れる事も無い。その為、【テレポート】を研究する必要を感じていないのだ。

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