第24話 カズキ、現代魔法を今更覚える
「ラクト、何してるんだ?」
カズキは食後に本を広げているラクトに声を掛けた。
「魔法の修業だよ。とは言っても、ここじゃ簡単な魔法しか使えないけどね。後で外に出たいんだけど」
「それは構わないが、もっといい場所があるぞ」
「ホント?」
「ああ。こっちだ」
カズキがそう言って案内したのは、何もないだだっ広い空間だった。
「ここは?」
「新しい魔法を創った時に、ここでぶっ放してたんだ。ここで何をしても、外に影響は出ないからな」
「それってやっぱり【次元ハウス+ニャン】の中だからなのかな?」
「多分な。この空間は、俺が創ろうと思った訳じゃねえし」
「そうなの?」
「ああ。俺が最初に創ろうと思ったのは、ナンシーや猫たちと暮らせる家だったんだが」
カズキが想定していたのは入口から続く最初の一部屋だけで、だだっ広い空間は勝手に広がっていたのだ。
「それにしては広いよね。バス・トイレ付の個室が10部屋あるし、それとは別に大浴場まで完備されてる」
「それはねーさんの趣味だ」
「エルザ様の?」
カズキの説明によると、野宿を嫌ったエルザが、カズキに風呂に入れるようにしろと言ったのが切欠だったらしい。
「ねーさんもこの魔法の事は知ってたから、ここに風呂を作れって聞かなくてな。仕方無いから魔法で浴場を作ったんだ。そうしたら次は個室を作れとか言い出して、言われるがままに作った結果、今の形になったという訳だ」
「その時からマジックアイテムを使ってたの? だとしたら、凄いお金がかかってるよね?」
ラクトは気になっていた事を、さりげなく話題に出した。
この【次元ハウス+ニャン】内には、マジックアイテムがふんだんに使われている。
エルザは属性魔法を使えない筈だ。なのに燃料もない所で火を使って料理(カレーだった。美味しかった)していたし、水はコップに付いているボタンを押せば、幾らでもお代わりが出る(カレーが辛かった)。個室に入れば入口にボタンがあって、押すと光が付いた。洗面所にもボタンの付いた蛇口があって、押すとやはり水が出てくる。トイレや風呂も同様だ。
「いや? 最初は全部俺の魔法で賄ってたぞ。マジックアイテムを導入したのは最近の事だ」
「それって、報奨金が手に入ったから?」
「違う。古代魔法を使えば、マジックアイテムを作れる事が分かったんだ。だからジュリアンと手分けして色々やった」
「それで学院長の部屋があったんだ・・・・・・」
ラクトの疑問が解けた瞬間であった。
「ソフィア様の部屋もあるぞ?」
「なんで!?」
「ここで使っている家具や食器は、ソフィア様が提供してくれた物だからな。当然だろう?」
ちなみに、セバスチャンの部屋は無い。
「マジックアイテムが作れる事は分かったけど、その為にはミスリルが必要だよね? それはどうしたの? 鉱山でも見つけた?」
「ミスリルの鉱山なんてあるのか?」
「あるって言われてる。・・・・・・今までに見つかった事はないけど」
「ふーん。まあそんなの無くても、自分で調達できるからどうでもいいけど」
「どういう事?」
「こういう事」
説明が面倒になったカズキは、腰に差していた銀製の剣を抜いた。
なにが始まるのかとラクトが思っていると、カズキが膨大な魔力を放出し始める。
「くっ!」
余りにも強大な魔力に、ラクトは後退った。
自分に向けられている訳ではないのに、カズキの放つ魔力は物理的な圧力を伴って襲い掛かってきたような気がしたのだ。
どれ位の時間がたったのであろうか。ラクトには長く感じられたが、実際にはものの数秒しか経っていなかった。
「ラクト、どうした?」
カズキに声を掛けられて、ようやくラクトは我に返った。
「・・・・・・何したの?」
カズキは答えずに、ラクトに剣を差し出した。
受け取ったラクトは、まずその軽さに驚いた。数日前の入学式で手にした時は、もっと重かった筈なのだ。
「まさか・・・・・・!?」
ある事に思い至って、ラクトは剣を観察した。
「ミスリルだ・・・・・・!」
それは、ミスリル製の長剣に変わっていた。
「そういう事だな」
そこに、クリスの声が聞こえてきた。いつの間にか来ていたらしい。
「出来れば、内緒にしてくれると助かる」
「それは、カズキを狙う人間が現れるからですか?」
「それは心配していない。カズキに勝てる訳がないからな。俺達が心配しているのは君だ。カズキに勝てない奴らが、近しい人間を狙うかもしれないだろう? そうなった時に狙われる確率が高いのは、ラクト君やフローネだ」
「そうですね。僕もそう思います」
「そういう訳だから、決して口外しないように」
「分かりました。約束します」
ラクトの目をジッと見ていたクリスは、それで納得した様だった。
「ありがとう。じゃあついでに面白い物を見せてあげよう。カズキ?」
クリスがカズキを呼ぶが、返答はなかった。
「ナンシー、美味いか?」
「ニャーン」
「そうかそうか。もっと食べるか?」
「ニャー」
「おっと、クレアも来たのか。ちょっと待ってろよ?」
それも当然で、カズキはナンシーとクレアにかつお節を与えている所であった。
「「ニャー」」
「ん? 喉が渇いたのか?」
カズキはそう言って皿を取り出すと、魔法で水を作り出した。
二匹は美味しそうに水を飲んでいる。
クリスはそれを見て溜め息を吐いた。
「・・・・・・カズキは忙しい様だな。仕方無いからこれを見てくれ」
クリスはそう言って、次元ポストから鉄で出来たと思しき棒を取り出した。
「それは?」
「何だと思う?」
クリスは逆に問い返しながら、ラクトに棒を手渡した。
「鉄製の棒? それにしては軽いような・・・・・・?」
ラクトは棒を見て考え込んだ。
「ん? 感じが若干ミスリルに近いような・・・・・・」
「流石次元屋の跡取り息子だ。実はそれ、『オリハルコン』というんだが」
「・・・・・・ええええええええ!?」
伝説の金属を手にしていると知ったラクトは、驚いた拍子に棒を取り落とした。
「今、『オリハルコン』と言いましたか?」
「言った」
「証拠はありますか?」
「そう言われると困るんだが。兄貴とカズキの見解が一致しているという理由は駄目か?」
大賢者とジュリアンの見解であれば信じられるような気がしたが、それだけで断定する事も出来なかった。何しろ見た事がないのだから。
「『アダマンタイト』の可能性もありますよね?」
ラクトは半ば信じていたが、ここまでくれば『アダマンタイト』も拝めるかもしれないと思って、駄目元で声に出してみた。
「それはない」
クリスは異様に自信満々である。
「何故なら、これが『アダマンタイト』製の剣だからな!」
ラクトはクリスが抜いて見せてくれた剣を受け取った。
「良い剣ですね。シャウ・エッセンの装飾も見事だ。そういえば、エッセンが剣に装飾を付けたのは、一本しかなかった。それを買ったのが『剣帝』クリストファーなのも有名です。ですが、それはダマスカス鋼の剣だったはず。もしかして、これもカズキが?」
「そうだ。カズキに魔力を込めてもらった。どの魔法金属になるかは、元になった金属によって変わるようだな」
「そうなんですか。ではクリスさんが今まで集めた剣は不要ですよね? もう魔剣は手に入った訳ですから」
クリスが自分に合った剣を探しているのは有名な話である。
「・・・・・・それは無理だ」
「何故です? 今までに集めた剣を売れば、今回発注した剣だって余裕で買えますよね?」
「無理な物は無理なんだ!」
「今までダマスカス鋼の剣を欲しても、買えなかった人たちの気持ちを考えた事は?」
そう言われてクリスは黙り込んだ。そして、腕を組んで唸りだす。
数秒後に出た結論は、今までの話を無かった事にするという物だった。
「・・・・・・話を戻そう。『アダマンタイト』は『オリハルコン』よりも硬いという事は知っているな?」
「強引に話を戻しましたね・・・・・・。確かに文献にはそう書かれています」
この件で引くつもりが無いというのが分かったラクトは、仕方なしに話を合わせた。
「つまり、この剣でならその棒を斬れるという事になる。とはいえ、俺がやっても信用は出来ないだろう?」
「はい」
ラクトの即答に、クリスは傷ついた表情を浮かべた。
「ちょっとは信用してくれてもいいんだぞ?」
「すいません。無理です」
ラクトの中で、クリスの評価は右肩下がりだった。
「日頃の行いの所為だな」
猫たちが満足したので、ようやくカズキが話に入ってきた。
ナンシーとクレアはカズキの足元で毛繕いをしている。
「今日会ったばかりなんだが」
クリスは反論した。
「最初から土下座だからなー。クリスの印象が良くなる事って、何かあったっけ?」
カズキに聞かれたラクトは、首を振った。
「無いね。騙されそうになった事は何度かあったけど」
「だってよ?」
「うう・・・・・・」
クリスはしゃがみこんで、のの字を書き始めた。
「それで? 何をするんだった?」
クリスが動かなくなったので、カズキが話を戻す。
「剣で棒を斬るとか言ってたような・・・・・・」
「棒? これか。オリハルコンとかいう金属だっけ?」
「なんで疑問形で言うの? カズキが発見したんでしょ?」
「つい最近まで知らなかったし。名前を知らなくても使えるし?」
「適当だなぁ」
「まあ一番手に入りやすいからな。希少価値もないし」
「・・・・・・どういう事? 元になった金属って何?」
魔法金属を希少価値が無いと言うカズキ。
「鉄だな。土の属性魔法にあるだろ? 鉄を作り出すやつ」
「ないよ」
「ないの?」
「うん」
「ホントに?」
「ホントに」
ラクトはそう言って、カズキに本を手渡した。
「さっきラクトが読んでたやつか。これは?」
「魔法書。土系統の魔法が全部載ってるんだ。後ろに載っている魔法程難しいんだけど」
「ふーん」
カズキはパラパラと本を流し読みした。
「まあ、土魔法は地面が見えてないと効果がいまいちだけどね。ここは何もないから余計に使い辛いと思うよ?」
ラクトの話を聞きながらも、ページをめくる手を止めなかったカズキの手が止まる。
そして、本に視線を落としたまま、カズキは詠唱を始めた。
「えーと? ・・・・・・土よ? 我が呼びかけに答え、その力を示せ? 我が敵を滅ぼす力をここに?」
詠唱に伴って、黄色い光がカズキの身体から放たれる。
その間にも、長々と詠唱は続いた。やがて詠唱が終わると、黄色い光が収束して無数の石の槍が出現した。
「・・・・・・【アース・ランス】?」
カズキが魔法を発動すると、槍は目にも留まらぬ速さで飛び去った。
やがて、轟音が聞こえてくる。
「なあ、ラクト」
その光景を呆然と見ていたラクトは、カズキに声を掛けられて我に返った。
「凄いよカズキ! 僕には槍が三本くらいしか出せないのに! スピードも比べ物にならない!」
「そうなのか?」
「そうだよ! それに、さっきも言った通り、地面が見えてないと効果は弱いんだ! それなのにこの威力! 流石は大賢者だ!」
興奮気味に捲し立てるラクトに、カズキは若干後退りながらも気になった事を聞いてみた。
「なあラクト。なんで詠唱中に黄色い光が出てくるんだ? あれじゃあどの系統の魔法を使うのか、バレバレだと思うんだが」
「え? 古代魔法には無いの?」
「ああ。見てろよ?」
カズキはそう言うと、今度は古代魔法を発動した。ラクトには一瞬の事で、カズキが魔法を使った事すら気付けなかったが。
「な?」
「いや、な? って言われても。・・・そういえば昨日カズキが魔法を使った時も一瞬だったっけ」
ラクトはそう言いながらも、目の前の光景から目を離せなかった。
先程の魔法とは比較にならない程の魔力が、この魔法から感じられた。どう考えても威力が違う。
空中に静止したままの槍を見て、カズキに期待に満ちた目を向ける。
「発動しないの?」
「発動はもうしてる。今は待機させている状態だな」
「そんな事も出来るんだね。僕の使う魔法とは全然違う」
「そうなのか? 消すことも出来るぞ?」
カズキはそう言うと、槍を一本だけ残して他は全て消してしまった。
「威力は? スピードは?」
好奇心全開のラクトは、その先を待っていた。
カズキは苦笑して、ラクトの望み通りに待機を解除した。
たった一本の槍は、先程の魔法とは比べ物にならないスピードで飛び去った様だった。
何故そんな言い方になったかと言えば、轟音の聞こえるタイミングが、先程の魔法と比べて遥かに早かったからである。
「うわあ。これが古代魔法の威力なんだ・・・・・・」
「初歩の初歩だけどな」
「これで!? って、さっき槍を消してたよね。という事は、本来の威力は・・・・・・」
「今の数百倍位か?」
「もう想像も付かないや」
カズキは他に古代魔法を使える人間がいなかった為、魔法の威力は全て自分が基準になっていた。
だから気付かない。自分が如何に規格外な存在なのか。
古代魔法を覚えたばかりのジュリアンが神話級の魔法を使っても、カズキの初歩の魔法に及ばない事もあり得るのだ。
「ところで、さっきの質問に答えてほしいんだが」
「何だっけ?」
「属性バレバレ事件だ」
「事件って言われてもなぁ。そういう物だとしか答えられないよ。僕たちは属性の光を見て対策を立てたりするから。よほどの達人じゃないと光が出るのは抑えられないよ?」
「そうなのか・・・・・・。そういえばジュリアンは光が出なかったな」
カズキはつい最近、ジュリアンが魔法を使った時の事を思い出した。
「流石は学院長だね。その位のレベルじゃないと、古代魔法も覚えられないんだろうなぁ」
カズキはラクトの言葉を聞いていなかった。ジュリアンの使った魔法を再現する事に気を取られていたからだ。
「あの時は確か・・・・・・。【ウィンド・カッター】。ホントだ、光が出ないな」
いきなり魔法を使って、一人頷くカズキ。
驚いたのはラクトである。
「え!? なんで魔法書を読まないで違う属性魔法を使えるの!? 意味わかんないんだけど!」
「使えそうだったから?」
「それで済まされると、魔法書を買うのが馬鹿みたいに思えてくるんだけど」
「古代魔法を大分簡略化してるみたいだからな。それが分かれば、後は応用するだけだ。とはいえ、古代魔法の威力を絞ればいいだけの話だから、あまり意味はないかもな」
「あるんじゃない? 一か月後の決闘は魔法戦闘でしょ?」
「そうだっけ? ・・・・・・ああ、思い出した。なんとかQ10という奴に、喧嘩売られたんだ」
「コエン・ザイムでしょ? Q10はどこから出て来たの?」
「分からん。なんか思いついた。まぁ確かにそうだな。人前で使う魔法はこっちの方がいいか。古代魔法を詠唱するのも馬鹿らしいし」
カズキはそう言って、ラクトに魔法書を返した。
「もういいの?」
「大丈夫だ。それより、ラクトは修行しないのか?」
「そうだった。色々あったから忘れる所だったよ。後で魔法金属の事を聞かせてね」
「分かった。俺も適当に実験するか」
そう言ってその場に座り込むと、ナンシーとクレアのブラッシングを始めるカズキ。
とても魔法の練習をするようには見えない。
「土よ! 我が呼びかけに答え、その力を示せ! 【アース・ランス】!」
「ナンシー。気持ちいいか?」
「ニャーオ」
「そうかそうか。クレアはどうだ? 【アース・シールド】」
ラクトの魔法は、カズキによって防がれた。
「ニャーン」
「風よ! 刃となり敵を切り裂け! 【ウィンド・カッター】!」
「カズキさん、クレアはここにいますか?」
「ああ、フローネ。こっちだ。【エア・シールド】」
やはり防がれるラクトの魔法。
「やはりカズキさんの所にいたのですね?」
「かつお節の臭いに釣られてきたみたいだな」
「お兄様は何をしているのでしょう?」
「さあ? そのうち復活するんじゃねーの? 【アース・ランス】」
「土よ! 我を護る盾となれ! 【アース・シールド】!」
カズキの魔法は、ラクトの展開した土の盾を木っ端微塵に破壊して、そのまま突き進んでいった。
「はあ、はあ、はあ」
「ん? もう終わりか?」
「うん。ちょっと一人にさせてくれないかな」
ラクトは何故か怒っていた。
自分の全力の魔法を、猫のブラッシングの合間に適当に使う魔法に悉く邪魔をされたのである。
真面目にやっている自分が馬鹿らしくなってしまっても不思議はなかった。
もっとも、カズキはラクトの様子に気付いていなかったが。
「分かった。ここじゃあナンシーもクレアも落ち着かないだろうしな。俺達は戻るよ。クリスは・・・・・・、そのままでいいか。邪魔なら適当にどかせばいいから」
「ラクトさん、頑張って下さいね」
二人(と二匹)が去った後、ラクトは自己嫌悪の溜め息を吐いた。
「はあ。カズキに八つ当たりするなんて。自分が未熟なだけなのに・・・・・・」
そう言いながら、未だに地面にのの字を書いているクリスの背中を見た。
哀愁漂う背中は、自分を誘っているかの様である。
「行くか・・・・・・」
ラクトはクリスの隣に座って、一緒にのの字を書き始めた。
二人が満足? するまでにかかった時間は、これより二時間後のことである。
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