第21話 英雄集結
四人は、水晶に浮かび上がった文字を見つめていた。
「・・・・・・なあ、『猫』って属性があるのか?」
こういう事に疎いカズキが、誰にともなく聞いた。心なしか嬉しそうである。
「ううん、今までに聞いたこともないよ?」
ラクトが否定する。
「私もだ。どういう事だ? いや、待てよ・・・・・」
ラクトに同意したジュリアンが、不意に考え込んだ。
「水晶に浮かび上がった以上、『猫』という属性はあるのだろう。問題は、何故そんな属性が現れたかという事だが・・・・・・」
「もしかして、カズキさんが創った魔法と、関係があるのでしょうか?」
フローネが、ジュリアンの後を引き継いだ。
「可能性は高いな。カズキ、一つ聞きたいんだが」
「なんだ?」
「この前、私に伝えてくれた魔法は、城で使っていた物も含まれているのか?」
「どれの事だ?」
「かつお節を削る魔法とか、水を作るとか・・・・・・」
「ああ、あれね。入ってるよ、全部」
「やはり、そうか」
ジュリアンは、納得の声を上げた。
「それがどうしたんだ?」
「実は、私にはそれらの魔法が一切使えないんだ」
「マジで? そんなに難しい魔法じゃない筈だけど」
「私もそう思う。そこで出て来るのが、『猫』という属性だ」
「どういう事?」
ジュリアンは答えずに、次元ポストからかつお節を取り出した。
そして、それをカズキに手渡す。
「なんで、かつお節が?」
「猫ちゃんのためですよ?」
ラクトが呟きに、フローネが答えた。
何故、そんな当たり前の事を聞くのだろう。そんな顔をしながら。
「カズキ、魔法でこれを削ってみてくれ」
「いいけど。・・・・・・あれ?」
「どうした?」
「魔法が発動しない。何でだ?」
自分で作った魔法が発動しない事に、カズキは首を捻った。
「やはりな。恐らくそれは、猫に与えるという目的がないからだ」
「どういう事?」
「この魔法は、猫にかつお節を与える為だけに作ったのではないか?」
「そうだ」
「だが、今ここには猫がいない。だから、発動しなかった」
「つまり、魔法の対象がいないから、発動しなかったと?」
「そうだ。猫の為の魔法。それが『猫魔法』だ。それを開発したカズキの猫への愛が、『猫』という属性として現れたのかもしれん」
「「おおー」」
「え? え?」
ジュリアンは、大真面目な顔で宣言した。
カズキとフローネは、その言葉に納得して拍手している。
ラクトは一人、ついて行けずにポカーンとしていた。
「流石ジュリアンだな。新しい属性の謎を、あっさり解明するなんて」
「お兄様、凄いです」
「フッ。まだ仮説の段階だがな」
カズキとフローネに讃えられて、ジュリアンは満更でもなさそうだった。
「みんなどうしたの? 楽しそうね」
そこに、姿が見えなかったエルザが現れてラクトに聞いた。
「はあ。カズキが水晶に触れたら、『猫』という属性が現れまして」
そう言って、ラクトは今までの経緯を説明した。
「カズキらしいわね」
「・・・・・・それで済ませちゃうんですか?」
「いつもの事よ。あの子がやる事にいちいち驚いてたら、身体が幾つあっても足りないわよ?」
「まだ何かあるんですか?」
「あなたが何を知ったのかは分からないけど、今から覚悟しておいた方が良いのは確かね」
「そういえば、カズキにも似たようなことを言われたっけ」
つい数時間前の話である。
だが、それも無理はないとラクトは思った。
まさか、自分の人生に大賢者と古代魔法が関わってくるなど、誰が予想出来たというのだろう。
正に、歩くビックリ箱。自分はこれからも、カズキに翻弄されるのだという悲しい予感があった。
「あれ? ねーさんだ。どこ行ってたの?」
ラクトの様子に気付かず、いつの間にかそこにいたエルザに、上機嫌なカズキが声を掛けた。
「ランキング戦の対価の受け取りよ。それよりも聞いたわ、『猫』の事。良かったじゃない」
「ありがとう! この世界に来て良かったよ。猫たちに触れるようになったしな」
カズキは、どこまでも嬉しそうだった。
「でも意外だったな。あいつら、対価払えたんだ」
「エスト以外は、払えなかったわよ? 他は、学院が立て替えたの」
「そんなのあるのか?」
「ええ。今年中に払えなければ、退学して強制労働だけどね」
「おっかねえ制度だな。とは言え自業自得か。欲をかいたのは、奴らだし」
「そうね。まあ、これに懲りたら、同じ事はしなくなるでしょう。それよりも、このお金どうするの?」
エルザに聞かれたカズキは、ラクトがまたしても驚くような事を言った。
「全然考えてなかった。そんなに持っててもしょうがないし、ねーさんにあげるよ」
「えーーーーーっ!?」
「・・・・・・どうしてラクトが驚くんだ?」
カズキの資産を知らないラクトは、耳を疑う言葉を聞いて、つい叫んでしまった。
所持金三万円(トトカルチョで、五百円が六十倍)しかないラクトには、理解できない台詞である。
「一億七千万円だよ!? それだけあれば、何だって買えるじゃないか!? 新しい魔法書とか! 高性能の杖とか! 次元ポストのローンの支払いとか!」
つい、自分の欲望を漏らしてしまうラクト。
「そう言われても俺にはどれも必要ない物だしなぁ。ラクトにやるって言っても、受け取らないんだろ?」
「すぐバレるからね! うちはそういうのすぐバレるんだから! ここに出入りしている卒業生が、情報を集めているに決まってるんだ! もしバレたら、カズキのせいだからね!」
謎の逆切れに、カズキは後退った。物凄い気迫である。
「わ、悪かった! ギルドの依頼とか付き合ってやるから!」
「・・・・・・ホント!?」
「ああ、ホントだ!」
「じゃあ、明日早速付き合ってね? お金が無いんだ」
「・・・・・・分かった」
今のラクトに逆らってはいけない。そう思ったカズキは、一も二もなく頷いた。
「カズキを気迫で押し切るとは。やるな、ラクト君」
「ホントね。将来が楽しみだわ」
「楽しそうです。私も行って良いのでしょうか?」
フローネはマイペースだった。まるで、遠足について行くような気楽さである。
「メンバーが決まったようだな。ラクト君。初めて学院で受ける依頼には、卒業生が同行する事になっている。カズキがいるから必要ないだろうが、これも規則でな。・・・・・・エルザ、頼めるか?」
「良いわよ」
「助かる。そういう訳だ。明日はエルザと一緒に行ってくれ」
「よろしくね?」
「は、はい!」
まさか、『大賢者』や『聖女』と一緒に冒険できるとは思っていなかったラクト。
ここに『剣帝』クリストファーが加われば、邪神を倒した最強パーティの完成である。
「じゃあ、明日は朝六時に寮の食堂に集合という事で! 僕は準備があるから、これで失礼するよ!」
テンションが上がったラクトは、一方的にそう言うと、部屋を飛び出してしまった。
「行っちまった・・・・・・」
「物凄いやる気ね」
「ラクトさん、そんなにお金が欲しいのでしょうか」
「そうかもね。さっき換金した時に、三万円しか貰ってなかったし。全力買いしてそれだから、相当厳しいんじゃないかしら」
「まあ、実家に騙されて、通常価格で次元ポストを買ったと言っていたからな。ローンだから、支払いが厳しいのだろう」
ラクトが張り切った理由が分からない四人は、金欠故の事だと結論づけた。
カズキやエルザにとっては当たり前のことで、フローネとジュリアンは、身内なので価値観が違う。
冒険者やそれを志す者にとって、彼らは英雄なのだという事に気付いていなかった。
翌日である。
カズキ達三人(エルザは入学式の日から、ずっと居座っている)が食堂へ行くと、すでにラクトが待っていた。
「おはよう!」
「おはようございます、ラクトさん」
「おはよう。ラクト君」
「おはよう。朝から元気だな」
「楽しみだったからね! 早くに目が覚めちゃったよ!」
「ふーん」
商人だから、金稼ぎが好きなのだろう。と勝手に想像して、納得する三人。
「飯は食ったか?」
「まだ。みんなと一緒に食べようと思って。・・・・・・ところで、その子たちは?」
カズキは片手に三毛猫を抱いていた。その猫は、カズキの肩に前脚と頭を乗っけて、大人しくしている。
「ナンシーだ。よろしくな」
「ニャー」
カズキが紹介すると、ナンシーが振り返って鳴いた。
「君がナンシーか。よろしく、ナンシー」
「ニャー」
ナンシーが返事をした、のだろう。多分。
そこで、ラクトは昨日のジュリアンのアドバイスに従って、ナンシーを褒めてみた。
「賢いんだね。それに、可愛いし」
効果は抜群だった。
「だろ!? 流石はラクト。分かってるなぁ」
カズキは親バカ全開で、ラクトの背中をバシバシ叩いた。
「痛い! 痛いよ! カズキ!」
「おっと、悪い。嬉しくってな」
その言葉通り、カズキは満面の笑みだった。
「良いけどさ。それで、そっちの子は?」
ラクトは、エルザが抱いている毛の長い猫を見た。
「クレアよ。よろしくね。ラクト君」
「クレアは、ナンシーの姉妹なんだ。エリーによく似てる。エリーって言うのは・・・・・・」
「ソフィア様が可愛がってるって、昨日聞いたよ」
「そうそう。ナンシーとクレアの母親だ。俺の恩人の一人でもある」
「恩人?」
猫に使う言葉では無いと思ったが、カズキは本気で言っている様だった。
「召喚されて、初めて俺に触らせてくれた猫が、エリーだったんだ。その後も、俺の看病をしてくれてな」
「看病?」
「ああ。その上、ナンシーと俺を出合わせてくれた。感謝してもし足りないよ」
ラクトは、看病の必要があった事に驚いたのだが、説明してくれないカズキの様子を、言いたくない事情があるのだと勘違いした。
実際には、召喚前の事はどうでもいい記憶として、とっくに忘却の彼方である。
カズキにとっては、今の猫と一緒の生活の方が大事だからだ。
ちなみに看病と言うのは、単にエリーが一緒に寝ていただけである。
「そんな事が・・・・・・。大変だったんだね、カズキ」
「なにが?」
身に覚えのない同情を受けて首を捻るカズキであったが、エルザがしばしば似たような状態になっていたのを思い出す。
こうなると話を聞いてくれないので、適当に流しておけば良いと経験から判断した。
「良いんだ。僕は何も聞かないよ」
「ああ。ありがとう」
どうせ話を聞いていないならと、カズキは食事を取りに行く。
ラクトは何事かを話しながら、カズキの後に続いた。
寮の食事は無料。
朝5時から開いているが、無料故に味には期待できなかった。
メニューは、異様に硬いパンと、少量のクズ野菜を煮込んだ味のないスープ。そして、塩辛い干し肉だけである。
食器が無造作に置かれていて、食べたい分だけ自分で持っていくスタイルであった。
食べ終わった後は、自分で食器を洗って戻す決まりである。
「ここの飯って、いつ来ても同じメニューな気がするんだが」
誰にともなく呟いたカズキに、エルザが答えた。
「そうね。私が入学する前から同じだったみたいよ? 学院設立当初からの伝統だって聞いたけど」
「そうなのか?」
「ええ。初心忘れるべからずってね。まあ、すぐに飽きて誰も食べなくなるけど。普通は、校舎の食堂で食べるか、街まで出て食べるかのどっちかよ。ここを利用するのは、新入生か、お金を持っていない人位じゃないかしら」
「ふーん。俺たちも次からそうしようぜ。飽きた」
食事にはこだわりのないカズキだが、毎回同じ献立では飽きてしまうのも早かった。
「そうですか? 私は工夫のし甲斐があって、面白いと思いますけど」
フローネがスープに干し肉を入れて、味の調整をしながら答えた。
「クリスと同じ事を言うわね。もっとも、あいつの場合はお金が無いから仕方なくだったけど。目の前で街で買ったものを食べていたら、よだれを垂らしてこっちを見ていたし」
エルザは、食事の前後の時間になると姿を眩ませていた。
用事があるのかと思っていたカズキだが、ここの食事が嫌で、外で食べていたのだろう。
フローネが気に入ってしまったので、仕方なくカズキは付き合っていたが。
「鬼だな、ねーさん」
「あいつの自業自得よ。依頼の報酬を、全部剣に突っ込んでたんだから。少しくらい残せばいいのに」
「マジで? バカだなー、クリス」
「誰が馬鹿だって?」
突然割り込んできた声に、我に返ったラクトが声を上げた。
「『剣帝』クリストファー!」
「お兄様? どうしてここに?」
ラクトの発言に嫌そうな顔をして、クリスはフローネに答えた。
「ああ、ちょっとな。一昨日の連中の関係者が、カズキを待ち伏せしてるって情報が入った」
「一昨日? ああ、あれか。え? もう待ち伏せしてんの? 動き早いなー」
「プライドだけは高いからな。マサト・サイトウが捕まったから、次のトップを決めるのも兼ねているらしい」
「ふーん。それは分かったけど、なんでクリスが来た? お前がわざわざ来る理由にはならねえぞ?」
カズキの質問に、クリスは聞こえなかったフリをして、フローネの隣に座る。
「お? 懐かしいなー。フローネ、干し肉は細かく刻んだ方が良いぞ。その方が、味が早く染みる」
「なるほど! 流石お兄様です。ラクトさんも教わってはいかがですか?」
「あっはい。・・・・・・ねえねえ、カズキ」
「なんだ?」
声を潜めて聞いてくるラクトに、カズキは答えた。
「本物だよね?」
「どういう意味で聞いているのか分からないが、『剣帝』クリストファーで間違いないぞ」
「そうだよね! うわー、邪神を倒した三人が、勢ぞろいしてるよ。でも、どうしてここに来たんだろう? はっ! もしかして、また世界の危機が!?」
「それは無い。大方、金が必要になったとかだろ。なあ? 剣帝さん」
カズキの言葉に、エルザも同意した。
「そうでしょうね。どうせ、剣を買うお金がないから、5年前と同じ事をしようとしてるのよ」
二人に思惑を見抜かれたクリスは、途端に落ち着かなくなった。
「そ、そんな事ねえし! お前らが心配だから、来てやっただけだし」
何故か、ツンデレっぽいリアクションをするクリス。
「そうか。それはありがとう。良かったな、ラクト。剣帝様がタダで護衛してくれるってさ。しかも、道中の経費も全部出してくれるそうだ。流石に、剣帝様の厚意は断れねえだろ?」
「待った!」
「どうした?」
カズキはニヤニヤしながら、クリスを促した。
「実は、私が使いやすいようにカスタマイズした、特別な剣を発注いたしまして」
何故か言葉使いを変えるクリス。
「なんのために?」
「今までのは既製品でございまして。ですが、それでは私の実力を存分に発揮する事が出来ないでしょう? なら、作ってしまえ、と思った次第で」
「お前は、何と戦うつもりなんだ。お前に勝てる奴なんていないだろう?」
「分からないじゃないか。お前が世界征服とか言い出すかもしれないだろ?」
限界が来たのか、クリスの言葉使いが戻った。
「ねーよ。いいから本音を言え」
「新しい剣が欲しくなっちゃった♪」
「「「「キモッ」」」」
四人の声が重なった。
「お兄様・・・・・・。それはないです」
「本当ですね。いくらなんでもこれは・・・・・・」
「さて。飯も食ったし、そろそろ行くか?」
「そうね。馬鹿は放っておいて、早く行きましょう」
四人は、キモいクリスを放置して席を立った。そして、装備を確認し始める。
すると、無視されたクリスが、その場に土下座した。
「悪かったって! 頼むから連れて行ってくれよ! 俺には金が必要なんだ!」
「うわー。『剣帝』が土下座してるよ」
「お兄様。お父様の真似ですか? お上手です」
初めて見たラクトは引いていた。
フローネは、楽しそうに手を叩いている。
「久しぶりに見たわね」
「そうなのか?」
「ええ。昔はよく土下座していたわね」
「そういえば、妙に手馴れていると思った」
最近見たばかりのカズキは、エルザの言葉に納得した。
セバスチャン並の、綺麗な土下座だったからだ。
「さて、こいつはどうする?」
頭を上げる様子が無いクリスを見ながら、カズキは三人に聞いてみた。
このまま放置しても何も問題がないからだ。
「私は別に構いませんけど・・・・・・」
「僕も。勉強になるかもしれないし」
「好きにすれば?」
「だそうだ。貸しひとつだな」
カズキがニヤリと笑った。
「うっ。分かった。背に腹は代えられねえ。これも、剣が高すぎるのが悪いんだ」
そう言いながらクリスが立ち上がった。
『なら、買わなければいいのに』と皆が思ったのは当然のことだろう。
「お前も報酬を貰ったんだろ?」
「特注だからな。前金で無くなった。それに、お前程貰った訳ではないからな? お前の報酬には、慰謝料も含まれているんだから」
「慰謝料?」
クリスの説明によると、強制的に召喚して、帰す手段がない事が各国の負い目になっているという。
せっかく邪神を倒したのに、カズキが新たな脅威にならないか戦々恐々としているよりは、金を渡して少しでも機嫌を取ろうという訳だ。
「お前の事を知らない奴はそう思うってこった。だから、これで許してくれって事なんだろ」
「ふーん。まあ、貰える物は貰っておくか」
元より無用な心配だが、訂正するのも面倒なので、カズキは納得しておくことにした。
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