第26話 王都

 私達三人は宿を出て、船に向かう。

 船はもう準備万端、後は私達三人を待つだけだった。

「よっし、乗ったら出航だ!」

「はーい」

 さてさて、これからはどんな旅になるのやら。


 とか思ってたけど、あっという間だった。

 何しろ私の魔法で船がぐいぐい進んで、周りの船をそれはそれはもう華麗に追い抜いていくのだから。

 抜かされた船の船員さんなんか、目も口もぽかーんとした顔で固定されちゃったみたいだった。

 そりゃそうだよね。この時代に船が船を川で追い抜くってあり得ないもんね。

 ……魔法なんてものが使えない限り。

 そんなこんなで、なんと宿を出たその日の午後遅くには王都の城門が見えてきてしまった。

 ちなみに夕方はこれから、今は大体午後四時前後だろうか。

 一週間の行程のはずが、正味二日である。

 これには皆大満足だ。

 ちなみにだが、流石に川も船で混雑してきたので、私は魔法を少し前から解いていた。

「いやぁ本当に王都まで来ちまうなんてよぉ! 俺ぁ未だに信じらんねぇぜ! なぁお前ら!」

「ありえないっすよ! もし毎回これが出来たら、俺らの往復が倍になるから、儲けも倍ですぜ!?」

「でもお前らの日当はそんなに上がらないと思うがなぁ」

「船長そりゃないぜ!」

「でも今回はきっちり一週間分貰ってるからな! お前らに渡しておくぜ!」

「さっすが船長太っ腹! 一生ついてくぜ!」

「まあその辺は大旦那に上手く言っておくからよ! あとお前らには話がある!」

 そこで船長は言葉を区切り、皆の注目が集まるようになってから、告げた。

「俺は今回で船を降りようと思う」

 すると一斉に怒号が飛び交った。

「なんでだよ船長!」

「待ってくれよ船長!」

「俺達ぁどーすりゃいいんだよ!」

「落ち着け! 俺は色々あって、この嬢ちゃん達についてくことに決めたんだ」

 アシン船長は、私達三人を見る。そしてまた船員達に向き直した。

「この嬢ちゃん達は、どうやら世界を見て回るんだとかぬかしやがる。でもこの嬢ちゃん達ならきっと出来ると思うんだ。そして俺にも夢がある。俺はいつか、海を突き進む大きな船に乗ってみてぇんだ! そしてそれまでは嬢ちゃん達のもとで修業して、いつか海の上を進めるような【水魔法】の使い手になるんだ! そして船を手に入れたら、その時こそお前らを呼んで、一緒に海の向こうを見てぇと思わねぇか!? 未だ見ぬ海の向こう、何があるかも分からねぇ果ての果て! 俺はそこに、誰も見たことが、行ったことがない場所に行きてぇんだ! お前らと! どうだ、俺に付いてこねぇか!?」

 しーんとする船員達。そしてそこからの歓声。

「おいおい船長フカしすぎだろ!」

「でも俺達ぁそんな船長嫌いじゃないぜ!」

「俺はどこまでも船長についてくぜ!」

 いいねぇ。ホント船長って慕われてるねぇ。

 あっでも。

「済まねぇ。俺は妻がいるから、船長の夢に付き合うことは出来ねぇ」

 船員さんの一人は、悲しそうにそう呟いた。

「大丈夫だ。皆を俺の夢に巻き込むつもりはねぇ。親や家族がいたり、色々なしがらみだってあるだろう。だから無理にとは言わねぇ。でも……それでも、もし何も予定が……夢がないのなら、俺にその夢を……預けて欲しいんだ! 俺も頑張ってくるから、それまでお前らにはここで待ってて欲しいんだ! 俺はお前たちが好きだ! だからこそ! またお前らと一緒に船に乗りたいって、俺はそう思うんだ!」

「勿論さ船長! 俺達もあんたが好きだぜ!」

「そうさ! 人の上に立って偉そうにしてる阿呆共を沢山見てきたが、船長みてぇな相手は中々いねぇしな!」

「むしろ次の船長がろくでもなかったら船から落としてやろうぜ!」

「やっちまうか!」

「おうよ!」

 笑いながら言う船員達。仲いいなぁ。

 私が二人を見ると、ミレイもギンシュちゃんも、微笑ましそうな顔をしている。

 私もそんな顔をしているのだろうか。

「そんな訳だ! これから俺とお前たちの、この川での最後の仕事だ! 張り切っていこうぜ!」

「おうよ!!」


 さてさて、船長さんと船員さん達の仲の良い別れも見たところで。

 王都のおおきな城壁が見えてきた。

「そういえば船で王都に入るのってどうするの?」

「俺らも許可証を見せるのさ。川にも関所があるからな。ほれ」

 船長さんは顎でくいっと正面を見るように促すと、確かに正面に大きな門があり、その上には大きな鎖がゆらゆらと揺らめいていた。

 きっと何かあったらあの鎖が下りてくる仕掛けになっているのだろう。

「私達の許可証もあるから問題ない」

 なるほどねー。そういう仕組みなのねー。へーっ。

 あぁ前の世界でいう税関みたいなものなのかな。あれでも国内だからやっぱ関所みたいなものかな。うーん。

 あんまりその辺は詳しくないからよく分からないな。

 でもまあ、パスポート見せたりどうこうしたりってことなのは何となくわかった。

 そして私達の番がくる。

 川岸、というか門の所に門番がいて、偉そうにしていた。

「許可証を見せろ」

「ほい、こちらで」

「ファット大商会か。ん? 予定より随分と早いが」

「いやぁ川の波に乗れましてねぇ」

「それにしたってこの日程はおかしいだろう、おい、何か悪いことでも」

「してませんって。なんなら荷物全部見て貰ったってかまいませんよ。そもそもうちの大旦那様はそういうのが大のお嫌いだってアンタもご存じのはずでは?」

「むぅ……だが、流石に日程が合わなすぎる。簡易的だが、一応念のため、改めさせて貰うぞ」

「へいへい。どーぞどーぞ」

 あちゃー早すぎて悪い事してるかもって疑われちゃった。

 なんか申し訳ないことしたかも。

「ん、お前は」

「私は王国騎士団所属のギンシュ=ライ=バニングだ。任務の為、この船に乗せて貰っていた。こちらに許可証を持っている」

「拝見させていただこう」

 もう一人いた門番さん。今度はギンシュちゃんの許可証を確認してる。

「こちらの日程も随分予定より早いが」

「同じ船に乗っていれば自然と早くなるだろう」

「……そうだな。では到着した事を上に報告しておく。今夜の宿は」

「これからだ。何しろ日程が早まったのでな」

「では決まり次第報告するように。おい、どうだ?」

 門番さんは、船に乗って荷を確認してる門番さんに声をかけた。

「特別変なものは見当たらなかった」

「よし。疑いは晴れたぞ。行ってよし!」

「ほいどーもー。ご苦労様です」

 アシン船長さんは飄々ひょうひょうとした雰囲気でやり過ごしていく。

 門からそこそこ距離が空いたところで、私は謝罪をした。聞かれても分からないように。

「なんだかすいません。ご迷惑をかけたみたいで」

「なぁに、どーせ悪い事はしてねぇんだし、向こうの仕事が増えただけさ。証拠も無いのに捕えたりしたら、それこそウチの大旦那様の逆鱗に触れるからな」

「へぇ。結構門番さんもしっかりお仕事してるんだね」

「どういうことだ?」

「いやぁ、違法な品物を見逃したり、見逃す代わりに賄賂を要求したりとか」

 船長と私の会話に、しっかりと否定を被せてくるギンシュちゃん。

「そういうのは無いと思うぞ。いや昔はあったかもしれないが……今は相当減ったはずだ」

「そうなの?」

「ああ。今の財務卿も法務卿もキッチリした御方だからな。その辺はかなりうるさいと思うぞ」

「そっかぁ。どこかで会う機会とかあるかな?」

「私としては無いことを祈っている」

「俺も同感だ」

「どして?」

「「厄介事になるからに決まってるからだ!」」

 船長とギンシュちゃん、二人きっちり声を合わせてきた。むーん。

 そんなにか。そんなに私は信用が無いのか。

「もういい。そろそろ船が岸に着くから、お前らは先に商会にでも行って奴隷でも見てろ」

「へ?」

「何言ってんだ? 宿が無いっつってたろ? だったらウチの、ファット大商会に俺と一緒に向かって大旦那様と話せば、宿の一つくらいは都合つけて貰えるだろうが」

 あそっか。なるほどね。

「それに俺もこのまま普通に辞めるのは難しいだろうから、一度お前さん達とウチの大旦那様を引き合わせたいってのもあるしな。なんなら俺が辞める理由付けもしてくれると助かるんだが」

「まあ、顔合わせくらいでしたら。泊まるところもついてくるみたいですし」

「助かるぜ。じゃあ先行ってな」

「分かりました」

 とゆーわけで私達三人はいの一番に船を降り、港から町の中へと歩き出した。

 そーいやその大商会の場所聞くの忘れた。

 ふっふっふっ……今こそ発動するのだ! 【探知】!

 フォン、と音も無く、私の目の前にはこの王都の鳥瞰図が現れた。

 わーぉ。あかんわこれ一生見てられるわ。ホント模型みたい。すっごーい!

 さてさてファット大商会はどこかしらっと。おー出てきた。この道を北北西にちょっと進んだめっちゃでかい建物、っと。

「……おい、何をしている?」

 ギンシュちゃんから突っ込みが入った。

「いや、ちょっと。目的地を調べてたんだ」

「調べる? そなたの前には何も見えないぞ?」

「まあ色々とあるんですよ」

「そうか……まあいい。こっちだ、行くぞ」

 なんだ、ギンシュちゃん知ってるっぽいや。じゃあついてくか。



 そうでした。私が迂闊でした。

 女性は方向感覚が弱いと。地図が読める人の割合が男性より遥かに少ないと。

 おまけにこの王都、ちょっと奥まった所に入るとすーぐに両脇の建物が迫ってきて、全然空が見えないので目印もクソも無いのでめっちゃ迷いやすいんです。

 遠くから王宮だけでも見えたら随分違うんだけどねぇ。

「おかしいな……確かこっちのはずなんだが……」

「ねえギンシュちゃん」

「なんだ、今忙しいのだが」

「一つ言わせて」

「一つだけなら構わんが」

「ここ通るの三回目」

「…………」

「もういーい?」

「うるさぁい! ああそうだよ迷ったよ! どーせ私は王都もマトモに歩けないどうしようもない伯爵家のご令嬢だよ!」

「いやそこまで言ってないけど」

「じゃあここからどうするのだ!?」

「え? 三人で空飛んで空中から向かうだけだけど」

 私の案にぽかん、とするギンシュちゃん。でもその顔が瞬時に沸騰ふっとうしていく。

「そんないい案があるならどうしてもっと早く言い出さなかったのだ!」

「だってギンシュちゃんがついてこいって言うし迷ってるけど自分で迷ってることを認めそうになかったからとりあえず頑張りを認めてあげようかなって」

「どうしてそんな上から目線なのだ! 二人とも王都ははじめてだから私が頑張らなければ! と思って一人で一度も歩いたことのない道を行こうとしたのに」

「歩いたことないなら素直に聞けばいいのに」

「それが! 出来たら! とっくに! しているわぁ!!」

 何というか……本当に不器用だねギンシュちゃん。でもそこがぽんこつかわええ。

「まあいいから。行こ行こ」

「くそう……もう私は二度と案内しないからな」

「その方がいいよ。時間がもったいない」

「ぐぅうううう……反論出来ない自分が憎い……」

 さてどうしようか……二人を運ぶのはちょっと大変そうだけど。

 いいや両腕に抱いちゃお。

「ミレイ、こっちに」

「はいですぅ」

「ギンシュちゃんはこっち」

「う、うむ」

 という感じでそれぞれの腕にミレイとギンシュちゃんをぎゅっと抱きしめて、私は【風魔法】を発動させて一気に地面を蹴って、地上五階くらいの高さまで上った。

「これも早く二人とも出来るようになるといいね」

「うわぁああああああ!!」

 ギンシュちゃんはびっくりだ。そりゃ最初だしね。

 対してミレイは、っと……あー目ぇつぶってる。まあそれが一番安心かもね。

 少し空を飛ぶと王宮と大きな川と、先ほどの港が見えた。つまり方向は……こっちかな。

 ちょっと飛ぶとすぐにファット大商会と思われる建物が見えたので、一本手前の路地に着地する。

 流石に目立たない方がいいかなっと思ったので。私も学習しているのだ! ふふん。

「ほい着地っと。二人とも、もう大丈夫だよ」

 私の言葉で、二人ともこわばっていた身体から圧が抜けていく。

 ミレイはぎゅっと閉じていた目をゆっくりと開いていき、地面を確認するように足をきゅっきゅっとしていた。かわいい。

 そしてギンシュちゃんはと言えば……。

「おいぃ! せめて! せめて飛ぶ時は一言言ってくれ! 全く覚悟の無いまま空中に放り出された気分だったぞ!!」

「そりゃ怖かったねぇ」

他人事ひとごとみたいに言うなぁ!」

「じゃあさっさと自分の【風魔法】で飛べるようにならないとね」

「全くだ! こんなのは二度とごめんだ!」

 ぷりぷり怒りながらギンシュちゃんは先に行こうとする。

「あっちょっと待って」

「なんだ! まだ私に何かあるのか!?」

「道こっち。逆だよ」

「んぎぃいいいいい!!」

 流石にここでの反論は分が悪いようで、めちゃんこ怒ってたけど何も言われなかった。良かった。

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