第23話 ミレイの過去

 私はもう我慢が出来なくなった。辛抱たまらん状態だ。

「よし決めた。空飛んでいこう」

「へ? お姉さま?」

「しっかり捕まっててね。行くよー」

 そう言って私は素早く妄想と魔力を練りながら地面を蹴る。【風魔法】を推進力として、私とミレイはふわりと地面から浮いた。

「わっ!? わわわわ!?」

「じゃあこのまま飛んでくからー」

「わぁあああああっ!?」

 人にぶつからないように、建物でいうと四階~五階くらいの高さをビューンっと勢いよく飛んでいく二人。

 流石にミレイだけに捕まらせるのは危ないと思ったので、私は自分の前面からミレイをぎゅっと抱きしめるような恰好で飛んでいるのだが、ミレイは逆に言えば背中側が地面を向いていて、私が離したら落ちてしまいそうな恰好にもなっている。

「お姉さま! 絶対に離さないでくださいよぉ! 離したら許さないですからねぇ!」

「離さないよ。離さないったら。はな……」

「あっ今ちょっと考えたですぅ! 考えただけでも許さないですぅ!」

「ごめんごめん、もうすぐだから」

 言うか言わないかの時点でもう船が見えてきた。あっという間だ。やっぱ空中を飛んで移動って早いね。

 アシン船長が船の上に立っているのが見えたので、近くにゆっくりと降りる。

「わあっ!? ってなんだ!? お前たちか……ってえっ!?」

「ただいま戻りましたー」

 私はゆるーく返事をする。そして私の眼前にはミレイのジト目が。

「おねぇさまぁ……」

「ごめんって。悪かったよ。もう二度と考えないから」

「本当ですかぁ……」

「ホントホント。それに……」

 そっと耳打ちする。

「お詫びに凄い『ごちそう』してあげるから」

 私の言葉にピクン、と反応するミレイ。

「な……なら許してあげなくもないですぅ」

 ちょろい。ちょろいぞミレイ。そんなんだとチョロインに進化してしまうぞ。

「おいおいお前たちなんで普通にしてるんだよ!? もしかして……空飛んできたのか?」

「ええ」

「はぁ……もうお前らの事は何があっても驚くのはやめた。いちいち驚いてちゃあ俺の身が持たん」

「その方がいいですよ」

「原因のお前が言うかまったく……それで、どうだった?」

 船長さん、ちょっと心配そうだ。そりゃそうだよね。でも大丈夫だったよ!

「宿は空いてましたが、食材が足りないとのことなので、提供してきました」

「提供? お前さんがか?」

「はい。手持ちに解体してない肉があったので、その辺を」

「おいおい腐ってるのは勘弁だぜ」

「大丈夫ですよ。エルフの魔法の鞄で、倒したその時そのままの保存状態ですから、きっと美味しいはずです」

 私達の会話を後ろで聞いてた船員達が、ごくりと喉を鳴らす。

「それで、量はあるのか?」

「猪は全部で五体あります。他の宿の人にも手伝いをお願いして、今解体と仕込みをして貰ってます」

「ならなんとかなるか……ちょっと待て酒は!? この人数なら酒が無いと始まらんぞ!?」

「それも足りるかどうか分からないと思ったので、解体の手伝いしてるギンシュちゃんに一応お金渡しておきました」

「おきました、って……足りるのか?」

 微妙な顔をする船長さん。そりゃね。人数多いしね。

 私は耳に唇を近付けて、一言。

「金貨を渡しておきましたので」

「はぁあああああ!?」

 思わず大声を出すアシン船長。

「なんでそんな大金出すんだ!? お前馬鹿じゃないのか!?」

「足りなかったら使って、って渡しただけですし」

「足りるわけないだろ! しかもそれお前さんの自腹だろ!? おいどうするんだ流石の俺もそんな金ないぞ!?」

「構いませんよ。私は予定通り宿で寝れて美味しいご飯が食べれてきちんと王都に着ければ、あとは別に」

「なんちゅう御方を乗せちまったんだろぅね。なら……信じて、いいんだな?」

「はい。なんならもう一枚くらいは全然出せますから」

「そんなに出さんでいい! 俺が一生頭が上がらなくなっちまう! いや既にもう結構そうなんだが……よし」

 アシン船長はちょっと心を整えた。そして大きな声を張り上げる。

「お前らぁ! 晩飯は猪の肉がたんまり食えるとよ! 酒もこちらのエルフの嬢ちゃんが好きなだけ飲ませてくれるそうだ! あとはお前らの仕事っぷりにかかってるぞぉ!」

「よっしゃあ!!」

「船長! その言葉を待ってたぜ!」

「たっぷり汗かいて、酒で補ってやらねぇとなぁ」

「猪の肉なんてそうそう食えねぇぞ! この町だとせいぜい潰した羊と山羊だからなぁ」

「脂がたっぷりのった猪……やべぇ楽しみすぎて腹減ってきたぜ」

「さっさと終わらすぞぉ!」

 船員達の動きが目に見えてよくなった。当社比1、7倍くらい。

「じゃあ私達はこれで」

「お、どっか行くのか?」

「えっと……彼女を頂きに」

「あん? あぁ……そういうことか。うへぇ……お盛んなことで」

「そういえばこの町、連れ込み宿みたいなのあります?」

「娼館に言えばなんとかなるだろうよ。港を出てすぐ右行けばその手の宿があるから。ちなみに、夜は……」

「勿論、私達はしますけど、乱入は厳禁ですからね。魔法で使いものにならなくしますよ」

 慌てて股間を抑える船長。

「おっかねぇこと言うなよ……そりゃあしねぇが……俺達ぁ生殺しだな」

「その為の肉と酒ですよ。たらふく食べて飲んだら激しくしても起きないでしょ?」

「お前さん……体力あるなぁ」

「エルフですから」

「いやエルフは体力無いんじゃないか?」

「その分精力はギンギンです」

「おうおう……もういいから行って来いよ」

「ありがとうございます。最悪二人足りなくても先に初めてていいですからね」

「どんだけしてくるんだよ……まあ、肉と酒を目の前にして船員達を抑えられる自信はないから、その言葉はありがたく貰っとくわ」

「はい。じゃーまた」

「おう。感謝するぜ」

 そう言って私は再度ミレイを抱く。今度は飛ばずに地面を強く蹴って、すこーし浮遊するように、大きくスキップするような感じで急いで娼館街へと足を運んだ。

 娼館街は、やっぱりにおいが違った。甘ったるいにおいが、ぷんぷんと私の鼻をいざなう。

 パッと見て一番大きくて綺麗そうな娼館に入ろうとして、扉をくぐる。

「すみませーん」

「はいはい、なんだいこんな真っ昼間から、ってかわいいお二人さんだねぇ。こんな所になんの……」

 そう言いながら、私を、そしてミレイを見て……言葉が、視線が止まった。

 そして瞳孔がぎゅいんっと開くと。

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛っ゛っ゛!!!」

 と大声を出してひっくり返ってしまった。

「へ? なにが……」

「逃げましょうお姉さま!」

 私の混乱を他所に、ミレイは私の腕を引っ張って一目散に駆け出した。

「お姉さま私を抱いて空を飛んでください! 今すぐに!」

「へっ! でも怖いって」

「いいですから! 早く!」

「わ、分かった」

 私はまた、彼女を前に抱いて地面を蹴り、ぎゅんっと飛び上がった。

 そして彼女はここから一刻も早く逃げたいのだなと察し、町外れの森の際の方まで飛んで行った。



 少し森に入ったところで、ゆっくりと着地をする。

 まだ陽が多少差し込んでくるあたりの、大きな切り株に二人座って、ちょっと一息。

 するとミレイがおずおずとしながら、私に謝罪を行ってきた。

「ごめんなさいですぅ。お姉さまとの時間が余りにも幸せで、失念していたですぅ」

「えっと……何が起こったのか、説明して貰ってもいい?」

「彼女は恐らくサキュバスですぅ。そして……私を見て、ああなったんですぅ」

「例の『ドの御方』だから?」

「はい。そうですぅ」

「でも顔見ただけで分かるもんなの?」

「顔や見た目も勿論知れ渡っているですが、それよりも……私の中身を見てしまったんですぅ」

「中身?」

 中身なんて見れるの? そりゃあ透視が出来れば万々歳だが……あっ今そーゆー話じゃないですね。反省。

 私はミレイの続く言葉に耳をかたむける。

「ドの御方は、誰もが決して……決して逆らってはいけない御方なのですぅ。そしてサキュバスであれば、スカバラサーサス家には、それこそ心の底から絶対服従なのですぅ。その、私の血を、魔力を、彼女は生存本能から察して、体がこれ以上やらかさないように、絶対服従の掟を破らないように、落ちたんだと思うですぅ」

「そんなことあるの?」

「私の城では、私がこれを抑えられなかったので、しょっちゅうあったですぅ。その度にお母さまは無礼を働いたとして彼女たちを……」

「殺しちゃった?」

 ビクン、としたが、ゆっくりと話し続けるミレイ。

「そうしようとして、私が必死に止めたですぅ。私が悪いから、お願いって。で私に罪悪感を植え付けたとして、余計にお母さまはお怒りになりましたけれども……娘の頼みだからといって、なんとか許してもらえたですぅ。でも彼女たちは私に怯えて、どんどんと離れていったですぅ……」

 それはまあなんというか……実に悲しいお話じゃあありませんか。

「本当のことを言えば、私が魔力の、自らの力の調整が下手くそだったんですぅ。先祖代々の力を姉妹の中で最も大きく受け継ぎながら、それを操る能力が最も足りなくて、ダメダメな私は姉妹達から『今世代の失敗作』とまで言われてたですぅ。お母さまだけはかばってくださいましたが……周りの沢山の人を傷つける私は……ここにいちゃいけないと思って……お城を飛び出したんですぅ……ちゃんと、誰も処分しないでくださいと……書き置きを残して……」

 そうか……ミレイに……そんな過去があったなんて……。

 いつも笑顔を絶やさないミレイ。でもそんな……そんな辛い経験をおくびにも出さずに……。

 偉いなぁ。立派だなぁ。

「それで、一族の追放者であるマーラお姉さまのところに行ったですぅ。実はお姉さまも一族なんですけれど」

「えっ? じゃああの人も」

「あっでも『ドの御方』とは違うですぅ。ただ一族ではあるので、まあ分家みたいなものですけれど」

「それでも王族の血筋には違いないんでしょ?」

「まあ、結構凄い立場だったのは確かですぅ。でもあの人は、その……性に奔放すぎて、幾らサキュバスでもそれは、ってことまでやらかしすぎて、一族から除名されてしまったんですぅ。でも私は小さい頃からお世話になってたので、お姉さまに事情を話して、居候させて貰ってたんですぅ。でも……」

「そのサキュバスとしての能力も、ちょっとこう……アレだったと」

「はっきり言ってくれて構わないですぅ。ダメダメだったんですぅ……だから私、毎日ひもじくて……本当に自分に何もなくて……毎日あの町で倒れては『どうして私なんかが『ドの御方』なんてものに生まれてきてしまったんだろう』って思ってたんですぅ。私なんか敬われる立場にないのに、って……でも」

「そんな時に、私に出会った、と」

「そうですぅ! お姉さまは本当に、正真正銘私の闇を照らしてくれる、一筋の太陽なんですぅ! 私を導いてくれる存在。私にご飯をお腹いっぱい食べさせてくれる存在。今でも『ドの御方』に関しては、まだ自信が持てないですけど、少なくともサキュバスに生まれて、この『鉄の証』を刻まれて、私は今、とっても幸せなんですぅ!」

 ミレイは自らの首にある、『鉄の証』を愛おしそうに撫でながら言った。

「その『鉄の証』こそが、私とミレイとを繋ぐ証だと」

「そうなんですぅ! こういった証が目に見えて刻まれるのは、しかも自分の意志では刻めないのは、サキュバスだけ。私はもう、心の底から、お姉さまの奴隷で構わないと思ってるですぅ。お姉さまに……その……『命令』されちゃったら……なんでもできちゃうですぅ……恥ずかしいけどぉ」

 うわぁ……どうしよう。

 どうしてくれよう。

 なんかめっちゃいい空気なんだけど、今なら何命令しても許されるんだよね。

「えっと……ミレイ、ありがとう。私をそんなに思ってくれてたなんて、知らなかったよ」

「私はもう、どこまでもお姉さまのモノですぅ」

「何を命令してもいいの?」

「はいぃ」

「じゃあそこで全裸でおしっこして」

「ひえぇっ!?」

 流石のミレイも凄い顔してる。いやーそりゃそうだよなー

「ごめんやっぱ今のなしで」

 そういうが……ミレイはゆっくりと首を振って、私の目を除きこんだ。

「私は……ミレイは、嘘はつきたくないですぅ」

 へっ?

「じゃあもう、宿にも入れなかったし、ここで色々しちゃおうか」

「ちょっ……それは……だってここ、外ですよぉ!? 森の中ですよぉ!?」

「だからいいんじゃない」

「やっぱりお姉さまはちょっとおかしいですぅ! 私ホント今の今だけどあんな発言したのちょっとだけ後悔してますぅ!」

「ぐひひー……『ミレイ、君は永遠に私のモノだよ』」

「はうっ! そんな……そんな事いわれたら……従うしかないじゃないですかぁ」

「さぁ……ほら……」

「はうぅ……」



 とゆーわけで。

 堪能しました。ええ堪能しましたとも。

 私も彼女もつやっつや。

 あーんなことや、こーんなことや、おまけにそーんなことまで。

 しかも今、私のアイテムボックスの中には、彼女の下着が。

 とゆーわけで、彼女は今……そーゆーことである。うっしっし。

「そういえばミレイ、その首の証、どうして桃色なの?」

「ふぇっ!? わ、私から見えないですけど……光ってるです?」

「うん。点滅してるけど」

 ミレイは慌てて首を両手で押さえて証を隠す。

「光ってないです! 何も光ってないですぅ!」

「なんで隠すのさ。怪しいなぁ」

「怪しくないですぅ! ダメですぅ! こっち見たらダメですぅ!!」

「ミレイ、両手を後ろで組んで。『命令』」

 そう、私は『命令』とつけるとミレイに強制的に言うことを従わせることに気付いてしまったのだった。

 これは使えそうである。

「はうっ!? 非道ひどいですぅ! 早く元に戻すですぅ! お姉さまのデーモン! ゴブリン! 『ドの御方』!」 

 えっそれって揶揄やゆする言葉? ってかそこに『ドの御方』って……。

「そういう人を蔑む言葉で『ドの御方』って使っていいの?」

「私は本人だから問題ないんですぅ! そんなことより早く自由にするですぅ!」

 私はミレイを無視して、そっと首筋の証を撫でた。するとミレイは「ひゃうぅんっ!」という声を出しながら、またその証はぴかぴかと桃色に光った。

「これ……そーゆーことだよね?」

「知らないですぅ! 何にも知らないですぅ!」

 涙目になるミレイをいじめる私であった。



 余は満足じゃ。むふふ。

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