第11話 蟻食い子爵とのブランチ

 ムイタメル子爵ことムイさんに案内されて玄関の両開きの扉を入ると、そこにはホールが広がっていた。

 正面には大きな階段が、そして左右に広がる廊下。

 どこぞの迎賓館か、あるいは西洋の映画にでも出てきそうな本格的なお屋敷だ。

 いや本格的も何も本物なんだけれども。

 そして私は入って右の廊下を案内される。その先は……食堂だった。

 これまた大きなテーブルに輝くような真白のテーブルクロス。

 そのテーブルの上には……様々な料理が並んでいた。

「ここには神の落し子の世界で食べられているとされる料理を、私の知る限りの物を作り、載せてあります。さあ、エリィ様はどれがお気に召すでしょう?」

 と言われても大半が見たことない料理なのだが……さてどうしよう。

「あの……これは?」

 私が指さした先には、白く濁るスープが入っていた。コーンポタージュにもコーンクリームスープにも見えるが……果たして。

「それは発酵させた豆をすりつぶしてスープに溶かしたものです」

 おっと。どうやら味噌汁を作ろうとして試行錯誤した結果っぽい。

 指でちょっと舐めてみたが……なんだろう、煮豆の汁以上の言葉が出てこない。これはちょっと違う。

「えっと……これは?」

 今度は……ハンバーグに見えなくもないが、ちょっと雰囲気が違う。なんだろう。

「それは猪の肉を叩いて潰した後、形を整えて焼いたものです」

 おっ、それならハンバーグにかなり近いのでは? 玉ねぎとかつなぎのパン粉とか牛乳とか入ってないけど……食べてみたい。

「あの……これを少し食べてみたいのですが」

「おお、ハンボグですな! それは私も結構好きな食べ物でして!」

 ムイさんがそう言っている間に、執事の方が皿に盛ってくれた。

「そういえば神の落し子ならば、二本の木の棒で食事をされるというのですが……誠ですかな?」

「ああ、箸のことですね。別に木の棒でなくてもよいのですが……あります?」

「もちろん! お好きなものをお選び下さい」

 そう言われて今度はメイドさんが、しゃらりとお盆を近付けてくれる。

 ……めっちゃ細工してあるんだけど。しかも棒全体に。食べる所の部分まで綺麗な彫り物が入っているが……これで食事しろと? 大事な細工が汚れちゃうんですけど……。

 でも太さや大きさはそんなに変わらなかったので、試しに持ってみる。うん、悪くない。

 そして目の前に置かれたハンバーグもどきを半分に、四つに割ってつまみ……ぱくり。

 ……んー、ハンバーグといえばハンバーグっぽいけど、やっぱり色々と足りない感じがする。

 というか猪肉! って感じ。肉アピールが強くて、もっとこうハンバーグのもつ柔らかさが欲しいなって。

「ほぉ……そうやって使うのですか。器用ですなぁ」

「箸は私達の世界というか文化で、小さい頃から親に教わりますからね。皆さんが小さい頃から礼儀作法を叩き込まれるのと同じです」

「なるほど」

「持ち方くらいならお教え出来ますが」

「ぜひ! 是非お願いしたいですぞ!」

「えっとー利き手でこうしてこうしてこうやってー」

「ふむふむ……うーん……こうですかな」

「そうですそうです。そしてーこちら側の箸は動かさずにーこちらのみを動かしてーこうカチカチと」

「なるほど……これは……ぐぐ……ふぅ……難しいですな」

「まあ何年もかけて体に叩き込むものですから。練習あるのみです」

「ありがとうございます。これが出来るようになれば、私もまた一歩、神の落し子へと近付きますな」

「あはは……」

 満面の笑みを浮かべて告げるムイ子爵様に、私は何と答えてよいか分からなかった。


 さてテーブルのものを幾つか摘まんでみたものの……これといってピンとくるものがなく……困っていたら、ふと遠くに白いものが見える。というか皿もテーブルクロスも白なのでよく見えない。

「あの……あれはなんでしょう」

「おお、あれこそは『涙の粒』ですな。これならきっとエリィ様にも満足いただけるでしょう!」

 そして遠くから持ってこられたのは……あっこれご飯だ。

 思わずぱくり。

 あぁ……ご飯だ……ご飯だよ……ここ数日食べてなかっただけでこんなに恋しい味になってるとは……ちょっと芯が残ってたりしたけど些細なことだよ……異世界に来てまで白いご飯が食べられるとは思ってなかったよ……

 ほろり。ほっとしたのか知らないが、思わず涙がこぼれた。

「おぉ……これが……これこそが『涙の粒』ですか……いやぁ素晴らしい……」

「あっすみません……泣いてしまって……」

「いえいえ。神の落し子は皆、これを食すと涙すると言われるが、我々が食べても大して味もしなくべたつくだけの、何が美味しいのかさっぱり分からないのですが、ただ神の落し子だけはこの味が分かるとされ、我々とは違う舌を持つのだろうとさえ言われている『涙の粒』。これを食べて泣く者こそが神の落し子だと裁判で使われることもあるほど、この食べ物には色々と逸話があるのですが……失礼を承知でお聞きしますが、こちらはそんなに美味しいものなのでしょうか?」

 あー……なんかただの白いご飯なのに大仰な逸話になってますわこりゃ。

 誤解を解かねば。

「いえそういう訳ではなく……味は恐らく、皆さんが感じているものと同じです。そこまで濃い味があるわけではないのです。皆さんで例えると、慣れ親しんだパンのようなものですね」

「パン……ですか」

「主食です。スープに浸したり、お肉と一緒に食べるパン。それと同じで、このご飯、皆さんで言うところの『涙の粒』は、何かと一緒に食べるので、そこまで味がする訳ではないのです。実際に私の世界でも、これを単品で食べるのはちょっと、という方もいます」

「では、涙の訳は」

「えっとですね、異世界に来て、言葉が通じなかったり常識がまるで違ったりして不安な時に、自分が慣れ親しんできた食べ物をやっと見つけた。ああ故郷と同じ味がする。ここにも自分と同じ繋がりがあるものを見つけた……そんな気持ちですかね。真っ暗闇の森をさまよい歩き、ふと見つけた民家の明かりのような……そういう、ほっとしたって気持ちが、この涙だと思います」

「なるほど……確かに、不安を慰めてくれる食べ物、という意味での涙なのですか。はぁ……いやはや、知れば知るほど面白いものですな」

「そう言っていただければ、私としても嬉しいですね」

 とりあえず白いご飯があればなんとか食は進む。しかし……

「ただエリィ様は余り食が進まれていないご様子」

「いやー……えっと……」

「やはり、アレがないとダメですかな?」

「アレ?」

「そう! 虫です!」

「えっ!?」

「やはり神の落し子の主食は虫だったのだ! さあ食卓に虫を!」

 やめてぇ!

「違います違います! 虫は結構です大丈夫です間に合ってますから!!」

「え? そうなのですか?」


 私は懇切丁寧に昆虫食の文化を伝えた。


「なるほど……あるにはあるが殆どの人は食べないと。いやぁ勉強になりましたな」

「分かっていただけて何よりです」

「では私も蟻食い子爵の名は返上せねばなりませんな……と言いたいところですが」

「え?」

「実は結構ハマってしまって。今後も時々摘まむくらいなら許されるでしょうか?」

「えっと……食事はあくまで個人の好みによりますから……私からはなんとも」

「では今後も続けさせていただきましょうかな!」

 うわぁ……凄いおひとや。

「しかし、ではどうして余り食が進まれていないのでしょうか」

「それは……」

 こういう時は黙っていた方がいいのかもしれない。

 でも、ギルマスに『正直でいろ』と言われたのだ。ええい正直に言ってしまえ。

「実は……ここに用意されている食事ですが、どれも微妙に私のいた世界の食べ物と違っておりまして。食べるとどうしても違和感を感じてしまうのです」

「なんと! それは申し訳ないことをしましたな」

「恐らくですが、今までこちらに来た神の落し子に、料理の知識をしっかり持つ者がいなかったか、あるいはこちらで代用出来る食べ物がなかったか、とかだと思いますが」

「それはあり得ますな」

「きっと調味料とか道具とか、あるいは油とかも違うのかもしれません」

「調味料や道具は分かりますが……油? 油を料理に?」

「ええ……使いませんか?」

「だって火を使うのですよ? 危ないでしょう?」

「大丈夫ですよ。でしたら……ちょっと、試してみましょうか」

「試す、とは?」

「調理場を案内して貰えますか? なにか一品、作ってみましょう」

「本当ですか!?」

「ええ……油と、あと卵が欲しいですね」

「なんなりと」


 私は調理場へと案内して貰った。

 なんだかんだで皆さんついてきてしまった。流石に調理を見られるのは恥ずかしいのだが……。

 おじさんも一人暮らしが長かったので、最低限の料理は出来なくもない。

 本当は子爵様の為にも色々な日本料理を教えて差し上げたいのだが、いかんせん知識と材料に不足がある。

 今の私に出来るのは……あれくらいだろう。

 料理長からもムイさんからも、この厨房の何をどう使ってもよいとお墨付きはいただいているので、自由にさせて貰うことにする。

 さてさてお目当てのものは……っと。あったあった。

 まずはフライパンに、用意して貰った油を。牛脂をいただいたのでこいつをフライパンに敷く。

 そして卵を数個割って溶いたものをフライパンにどーん。

 更に白いご飯をどーん。そしてまぜまぜ。シャッシャッと切るように。

 いい感じに混ざり合ったら……でっきあっがりー!


「はいできましたーシンプル一番玉子チャーハンです!」

「こ、これだけですか? 他に具材は?」

「勿論色々と入れても楽しめますが、まずはこちらをどうぞ。これだけでも美味しいんですよ?」

「ふむ、では……」

「あっ、出来立てで熱いので気を付けて下さいね」

 ムイ子爵はスプーンを持ってきて、ふーっふーっと冷まして、ぱくり。

「むっ、これは……美味い! 美味いじゃないか!」

 あぁ良かった。ちょっとほっとしてる私。

「あの味の無かった『涙の粒』が玉子と油と混ぜ合わせることでこんなにも美味しく変わるとは! 素晴らしい!」

「材料まだあるならもう少し作れますよ?」

「ぜひ! 是非お願いしたい!」

 という訳でもう少し作って皆さんにもおすそ分けしてみた。

 皆さん好評のようで。よかったよかった。

 何より興奮しているのは誰あろう子爵様である。これが本物の神の落し子の食事だあ! と騒ぎっぱなしである。なんか恥ずかしい。

「これは! これは何というのかね!!」

「え、えっと……チャ、チャーハンという食べものです」

「チャチャーハンか。よし私はこれから毎日このチャチャーハンを食べるぞ!」

 いやちょっと待ってチャーハンだから! チャが多いから! 私が圧に負けてどもっちゃっただけだから!

「美味いぞチャチャーハン! これなら私も涙が出てくるに違いない!」

 泣かないで! そんな大した仕事してないから!

 むしろ期待の重さに私が泣きそう! うわーん!



 とまあそんな感じでムイタメル子爵様のお屋敷訪問は終わった。

 また今度、気軽に遊びに来て欲しいとかなんとか。いや気軽に来れるお屋敷じゃないんですけど。

 でも彼のフレンドリーさを考えると、やっぱり気軽に来てもいいのかもしれない。

 他にも材料があれば教えたい食べ物とかあるしね。

 とりあえずハンバーグはなんとかしたい。あの完成品を是非味わっていただきたい。そしてなんなら私も食べたい。美味しいお肉が食べたい……。

 子爵様の凄い『泊まっていかないの?』オーラをビンビンに感じたけれど、今日は宿へ。

 急なお誘いじゃなければいいですよ、と言っておいたので、近日中にまたお呼びがかかるかもしれない。

 宿に戻るとハラールさん夫婦に心配されてしまった。

 なんだか急に領主様に呼ばれたらしいが大丈夫だったか、と。

 特に問題なかったですよーとへらへらと笑って返すと、じゃあ大丈夫かね? そうだねといった感じではい元通り。

 それでも心配してくれるというだけでちょっと嬉しい。

 そのまま宿で晩ご飯を食べる。今日はお昼もあんまりしっかり食べれなかったので余計に美味しい気がする。また決して豪華なものでも派手なものでもないけれど、なんだかほっとする味が余計に沁みる。

 私にとって既にこの宿『止まり木』は、自分の家みたいになってるのかもしれない。

 ハラールさん夫婦はいつも優しいしありがたいし。

 私はいつもの部屋のベッドに入る。今日もなんだかいい気分。

 ぐっすりしっかり眠れそうだ。

 すやすや。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る