第9話 ちやほ……や?

 それから私は宿に戻った。ガーリーさんからはまた後日、お休みの日にでも色々と話を聞くことにしよう。

 宿のご飯を食べて、部屋に戻って一息。

 今日のことを少し振り返ってみる。

「色々あったけど……とりあえずお金に関しては問題なしっと。あと魔法も割と色々出来るようになったし、これもOK。あとは領主様対策だけど……考えても仕方ないか」

 私はベッドに横になる。

「そーいや【光魔法】を覚えたってことはきっと【闇魔法】もあるんだろうなー。どんなこと出来るかなー【闇魔法】。ブラックホールとかでヤバそうな敵を一気に! とかやってみたいけど……これ私も危険そうだな。うーん」

 とりあえず自分の現在の魔法レベルを確認することにした。

 ステータスを開く。現状のスキルはこんな感じだ。


【ステータス】レベル5

【探知】レベル5

【鑑定】レベル5

【言語理解】レベル4


 この辺の普段からよく使う組はなんかもうモリモリ上がっていくのが楽しい。

 【ステータス】は新しいページが出ているみたいだがまだよく分からない。というか余りしっかりと調べていない。ある程度アタリをつけていかないと、迂闊な所を触ったりして色々と日常生活や私の行動、言動などに影響が出ても困るし。

 【探知】に関しては一度に探知出来る範囲が広がったり、その詳細が分かるようになってすこぶる便利である。

 【鑑定】も対象をある程度詳しく知ることが出来るようになった。

 まだ自分に対して【鑑定】が出来ていないので、どこかで鏡を見つけて自分を【鑑定】した後、初めて他人を対象に【鑑定】をしてみたいと思う。

 実は未だに誰かを対象にした【鑑定】は行っていないのである。

 もし迂闊に知らない人に【鑑定】とか使って因縁つけられたりしたら怖いしね。

 誰かを【鑑定】するときに問題のないようにしないと。話はそれからだ。

 また【言語理解】については、発動しているのは読み物や文字に対してだという気がしている。

 レベルが上がるのが決まって書物とかを読んでいるときなので。誰かと喋っていたり会話をしている時には反応がない。

 もしかしたら会話に関しては『神の落し子』による翻訳が適応され、目で見るものに対してはスキルの【言語理解】が適応されているのではないか、と。

 そーなると異世界転移があったとしても、とりあえずの会話は通じるが書物や看板は読めない、いわゆる文盲もんもう状態になってしまう、ということだろうか。

 あるいは言語、文字を勉強すればいいのかもしれないが、音声言語は自動翻訳されているのにその翻訳から文字を勉強することが出来るのかどうか。

 やはり【言語理解】は取っておいてよかったと思う。この世界の意味不明な魔法の理屈については、書物を読まなければ分からなかったし、魔法も使えるようにならなかったのだから。


 さて次は魔法に関して。


【風魔法】レベル7

【水魔法】レベル5

【土魔法】レベル3

【光魔法】レベル3

【空間魔法】レベル1


 【火魔法】【闇魔法】はまだ未習得である。そしてその他の魔法に関してはこんな感じ。

 この分だとすぐにレベル10に到達してしまうのではないか。いやでもこの速度で上がるということは、最大は30とか50とか、はたまた99とかなのかもしれない。出来ればレベル10が最大値であってほしい。そして上の魔法とかに進化しないでほしい。一応スキル選択の際に、これらの上位存在的なスキルは無かったので大丈夫だとは思うが。【光魔法】に関しては回復や【レーザー】以外の攻撃技など、日常や普段の行動に使えそうな魔法も色々と編み出していければと思っている。

 また【空間魔法】はそういえば一度も使っていない。必要だと思っていたアイテムボックスが『神の落し子』の称号で計らずも手に入ってしまったので、テレポートなどの移動手段に使えればと思っているが……なんだかんだでやってなかったな。今度ちょっと試してみよう。


 その他のスキルに関しては……【剣術】スキルはまるで使っていない。というか今まで遠距離での魔法をぶっ放すばかりで近接格闘などはしていないのだ。

 やはり現代日本でサラリーマン生活をしていたおじさんとしては、いきなり剣で敵を倒せ! と言われても無理からぬ話。

 自衛隊の人達だって基本は銃とか戦車とかだろう。もちろん格闘経験はあるだろうけれども、でも剣を振り回す訓練はしていないはずだ。

 剣道とかの有段者だって持つのは竹刀で真剣ではない。居合とか抜刀術とか、そういう道場に通っていた人なら他よりは多少は……可能かもしれないが、それでもやっぱり生身の肉を斬るのには相当なメンタルが必要になるだろう。筋力も大事だが。

 まあそんな訳でまるで成長していないので、今度素振りでもしてみようか。

 素振りで多少なりともレベルが上がれば儲けものだ。今度はその上がったレベルでゴリ押し可能になるかもしれないし。


 また【酒豪】や【肉体変化】などのまだ使ってないスキルはそのままである。いつか使ってみたいが……まだ日の目を見ることはないだろう。特に後者は。

 とまあとりあえずはこんなところか。他にもちょいちょいあるが、それはまたスキルを使う時にでも説明することにする。

 今日はいい労働をした。ぐっすり寝れそうだ。

 そろそろ体を綺麗にしたい。【水魔法】とか練習して簡易的にお風呂とかシャワーとかしたい。

 流石に宿では難しいか。ちょっと水辺とか池とか探して水浴びでもするか。

 ……森の中でエルフが全裸水浴びって……完全にどこぞの漫画かアニメかの冒頭じゃないか。

 しかもそのラッキースケベを主人公側でなくてヒロイン側で参加することになろうとは。

 思えば遠くへ来たもんだ。

 ……いや主人公いないから参加も不参加もないんだけど。

 寝よう。



 翌日、ちょっと早起きして素振りをしてたらあっさり【剣術】スキルがレベル2に上がった。

 いいのかこんなんで。

 軽く汗を拭いて朝食をいただき、今日は普段よりも早めに冒険者ギルドに入った。

 いつも私の来訪するタイミング的にそこまで人はいなかったのだが、今日は時間が早かったのかかなり人が多い。だがそれよりも……入った瞬間、空気が変わったのが分かった。

 皆が私を見ている。


「おいなんだあのひょろっちぃの」

「おーおー噂のエルフちゃんじゃねぇか」

「あいつか!? 例の超別嬪エルフってのは」

「俺もエルフなんて初めてみるぜ。ホントにいたんだなぁ」

「あいつがクレイジーボアを一人でやっつけたって? ホントかよ」

「どうもそうらしいぜ。とてもそうは見えねぇが」

「全くだぜ」

「ホントに一人でやったのか? 細っこい腕しやがって」

「馬鹿、エルフが馬鹿力で倒すかっての。どう考えても魔法だろ」

「それもえげつないの使ったらしいぜ。昨日の晴れの雷もコイツの仕業だって」

「おいおい可愛い顔しておっかねぇでやんの」

「しっかしまあ……いい体してるよなぁ」

「ごくり」

「あんな女、娼館にだっていねぇぜ」

「なんだよあのおっぱい。戦闘力幾つだよ」

「あの腰回り、最高じゃねぇか」

「ケツもいい塩梅だぜ。叩けばいい音しそうじゃねぇか」

「すげぇ女がいたもんだぜ」

「おい幾ら出せば抱かせて貰えんだぁ?」

「ぎゃははは、てめぇのさもしい懐じゃ一生かかったって無理だっつーの」

「んだとてめぇ! てめぇこそそのナマクラ刀売っても無理じゃねぇかぁ!」

「んだとこの! やるか!?」

「おうよ!」


 ……どこからともなく、冒険者達のそれはそれは自由な感想が聞こえる。

 ってかどこかでは喧嘩が起きているらしい。私関係ないよね!?

 そしてそういった声に混じって、時折絡みつくような痰かよだれか、喉をねばつくように飲み込むごくりという音。

 私は大勢の男共の視線に晒され、そして獲物にされ、犯されていた。

 た、確かにちやほやされたいと思ったよ! でも流石にこれはちょっと……違くない!?

 もっとこう……アイドル的な感じで皆に優しくちやほやされたかったよ!

 こんな皆の欲望のけ口にされるなんて想定外だよ!


 ……でも、元男のおじさんとしては、正直少し分かる。

 おじさんも男のままで、もし自分の目の前にこんな美少女が(って自分でしっかりと自分の顔見れてないけど)現れたら……そりゃー喉ごくりしちゃう。

 でもだからといってこんなに視線という矢印が自分に、あるいは相手にぐさりぐさり刺さってるとまでは知らなかった。

 女の人は男の人に『男の人がジロジロ見てるのってすぐ分かるんだよね』って言ってたりするらしいけど、こりゃ分かるわ。

 そう考えると私がそこまでではないにしろ、女性の皆様をそーゆー目つきで見てたりした時も、その相手の女の人はそういう風に感じてたのかもなぁ。

 こりゃ申し訳ないことしたなぁ。それじゃあおじさん呼ばわりされても仕方ないか。

 ただ過去の事を思い返していてもしょうがない。私のこのじろじろは現在進行形なのだから。

 私は物凄い数のじろじろを一身に浴びながら、受付へとたどり着いた。

「あの……」

「あーエリィちゃん今日は早いなーお疲れー」

「はい……もう既に……」

「あーこりゃ疲れるわなー、はいはーいあんたらはよ散りー! ここでぎゃあぎゃあしてても今晩の酒代手に入らんでー! さっさと依頼決めてどっか行きー!」

 なんという声の掛け方だろうか。ガーリーさんはパンパンと手を叩くとしっしっと犬や猫を店先から追い払うような態度でこのごつい冒険者達の圧をほぐしていった。

「ほんで今日はどないするん?」

「えっと……また同じ所で色々としてこようかと」

「そーか。あとこれ」

 カウンターにカチャンと置かれる革袋。

「昨日の件の報奨金や。金貨30枚入ってる。確認してみぃ」

 私は袋から一枚一枚取り出して、10枚ごとに積み重ねてゆく。

 周りはといえば。

「おいなんだよあの金貨の数。おかしいだろ」

「そりゃークレイジーボアの討伐金だろ」

「依頼じゃなかったって聞いたぜ」

「一人で倒したんだから結構な額行くだろ」

「それにしたって……金貨何枚なんだよ」

「あんな大金見たことねーぜ」

「あんだけありゃー娼館で遊び放題じゃねーか」

「酒だって飲み放題だ。なんなら貸し切りも夢じゃねーや」

「ごくり」

 もうやだおうちかえる。

 ちょっと巻きで30枚きっちり数え切って、懐にしまう。後でアイテムボックスにしまおう。手に持ってると危険だ。

「あとな、解体は終わったけど今日はこれから査定や。一枚皮が結構いい値がつきそうなんで商人さん呼んで話してみるみたいやて。今日の夕方にまた寄ってくれたらお金とモノと渡したるさかい」

「分かりました。ありがとうございます」

「アンタはもうさっさと行き。こんなとこおったら危ないわ」

「あはは……そうですね」

 私は席を立ち、扉へと向かう。

 そこに立ちふさがるは大男。なんだこの世界。ホントみんな大きいな。こいつは2メートル間違いなくあるぞ。無精ひげに髪もぼさぼさ。おまけに少しえた臭いがして……くさい。汚い。私が男の場合でもお断りだが、女である現在の場合は一層気持ち悪く見える。思わず顔がぐにゃりと歪んだのが分かった。

「よう姉ちゃん、ちょっと酒代切らしててな、貸してくんねぇか? なんなら一晩、俺と遊ばねぇかぁ?」

 ニヤニヤしながら言ってくる。それで頷く女がいるのだろうか。あるいは今までいたのだろうか。きっといないに違いない。キモい。汚い。

 ホントは『キモい』って言われてめっちゃ傷つくのでなるべく言わないし思わないようにしていたけれども、こういう時に女性は本能的に思ってしまうのかもしれない。ぞわわと鳥肌が立つように、心の鳥肌が立つことを言語化すると『キモい』になるのかもしれない。

 私は二の句も無く告げる。

「結構です」

「『結構です』だってよぉ! じゃあ行こうぜ」

「いいえ、お断りの結構ということです」

 無表情で返す。そして危険な兆候が見られるので、すかさず魔力を練って両手をだらりとしたまま、左手の手のひらを相手に向けておく。

「そう言わずによぉ、いいじゃねぇかよぉ」

 腹が立つ。このキモい大男に私の時間を一秒だってあげたくない。邪魔だ。

 折角なので私は、この美人らしい顔を使って最大級に煽ってやることにした。

 突然にっこりと表情を変えると、相手は了承と受け取ったのか、ニヤニヤを一層強めて口角が上がった。

 そんな大男に、いやこの臭い冒険者にはっきりと告げる私。

「あなた、クレイジーボアより強いんですか?」

「……は?」

「今日の酒代すら稼げないなんて……冒険者やめた方がいいんじゃないですか?」

「んだとこのアマ! なめやがって! しばき倒してやる!」

 男は私に向かってこようと腰を低くして動き出そうとしたその瞬間に、私は左手から魔力を【光魔法】にして放つ。

 流石に【レーザー】だと危険なので、電撃にしてみた。

 狙うは……男の急所である。元男性として、ここが一番きついはずだ。

 おまけに周囲への圧力も含めて。これを見たら二度と私にちょっかいをかけなくなるだろうと思って。

 私の狙いは見事命中し、バチィという音と共にギルド内を一筋の稲妻が走り抜けた。

 男はつんのめって私の目の前で、前のめりに倒れる。

「っっ……っっっ……」

 両手で股間を抑えてうずくまっている。声も出ないらしい。そりゃそうだ。

 あんなの受けたら私だったら二度と女性にお近付きになりたくないくらいにはトラウマになる。

 案の定、周りの先ほどからはやし立てていた冒険者達を見回すと、皆股間を抑えるようにして青ざめていた。

 そーだよねー自分も同じ目に遭いたくないよねー。

 私はゆっくりと回りを見回す。

 私が見回せば見回すほど、皆さっと目をそらしてくれた。

 よしよし。これで今後私に変なちょっかいをかけてくる阿呆はいなくなるだろう。

 一件落着だ!

 そう思ったその時、扉近くからパチパチパチと拍手が鳴り響いた。

「いやーお見事! 見事な魔法でしたねー! 貴女が噂のエルフさん……ですかな?」


 ……誰?


「出たぁ! 蟻食い子爵様だぁ!」


 …………いやだから誰?


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