第2話 ステータス

 私の「ステータス!」という言葉に反応してくれるだろうか。どきどき。

 そういえば先ほどの自分の声が、今まで聞いていたよりも高い、かわいらしい女の子の声だった。なんだこれ。いいのかこれ。これから私が発声する度にこんな人のこんな声が聞けるというのか。ああダメ脳みそとろけちゃう~!

 そんなおバカな一人コントをしていると、ヴォンとまるで音がしたかのように、私の目の前に青と白で構成された大きな画面らしきものが急に現れた。

「おー良かったー。これでとりあえずは一安心だ……ってなんじゃこりゃ!?」

 その画面に書かれていたのは、私の知らない文字だった。

「これが異世界の言語か……楔型文字に似てなくもない……か? まあ残念ながら全く読めんな」

 幾らステータスが確認出来てもこれじゃあ……折角【言語理解】なんてスキル取ったのにどういう……

「……っ!? そうか!【言語理解】!」

 私がスキル名を唱えると、ちょっとした頭痛と目眩のあとに、目の前のよく分からない言語が、文字はそのままの形なのに、何故か脳内で日本語翻訳された状態で認識出来るようになっていた。

「おぉ……読める! 読めるぞ! ……一度言ってみたかったこのセリフ!」

 それはさておき、表示されていたのは私が先ほど設定したはずのキャラクターのステータスがそのまま表示されていた。

 じっくり読んでいるとピローンと頭の中で音がした。


≪スキル【言語理解】のレベルが2になりました≫


 えっこんな簡単に上がっていいの? と思いつつも、まあ特に不都合もないのでそのまま読み進めていく。

 気になったのは名前の下にある『称号』欄である。

 そんなものは初期設定にはなかったはずだが。

 そしてその『称号』の横に設定されている『神のおとし子』の文字。これはもしかして何か関係しているのだろうか……。

 まあ確認してみないことには分からないので、きもちわくわくしながらとりあえずタッチ。良かったタッチで反応するらしい。

 今度はシュインとした起動音と共に、選択肢が下に広がる。広がった割に選べるものは『神のおとし子』一つだけだった。

 おまけに効果も特に書かれているわけではなかった。こんな時こそ……

「【鑑定】!」

 すると称号の横に説明文と、青文字で効果の書かれた文章が登場する。


≪神のおとし子……異世界からの転移・転生者に漏れなく与えられる称号。

効果……全ての取得経験値増加・スキル取得発生率増加・当惑星における対話可能種族に対する言語翻訳・アイテム収納可能な異次元空間をコントロールする能力の獲得≫


 ……なんだこれ。チートか。

 これが噂のチート能力か。

 てかこの能力があるならわざわざ【言語理解】なんて取らなかったよちくしょう!【空間魔法】だって……いやこっちはワープとかテレポートとか出来そうたからまだ生かせる可能性あるけど……

 あれ?でもそれならどうしてステータス表示が読めないままだったんだろう……なんかよく分からんな。

 まあいいや。分からないものは今は考えてもどうにもなるまい。それよりもまずは現状確認とこれからどうするか、だ。

 その為にもスキルの確認をしよう。まずは……

「【探知】!」

 言うが早いか、自分を中心として水面に波紋が広がるように、自身から発せられたエネルギーのようなものが広がっていくのが感じられた。ソナー……いや、水中ではないのでエコーとかレーダーと表現した方が正しいかもしれない。

 とりあえず、回りに小動物以上の大きさの生き物はいないようた。ではもう少し確認、検証を続けてみよう。

 その前に! この【ステータス】、誰かに見られると厄介かもしれない。

 この世界の人達が元からこの能力を使えるのか。あるいは使えないのか。そしてこの私のステータス画面は現時点で周りの人から見えるのだろうか。全く判断がつかない。

 こういう時は……【鑑定】!


≪ステータス……この画面は全ての人が見ることが出来ます≫

≪現在の画面表示設定……制限なし≫


ピローン!


≪スキル【鑑定】のレベルが2になりました≫


 鑑定もレベルが上がった。【言語理解】もそうだがこりゃ意識しなくても日常使っていくだけでスキルはどんどん上がりそうだな。

 ってかそんなことより! ステータス画面が誰でも見れるって!?そいつはまずいでしょどう考えても!!

 これはどうにかして隠す方向でいかなければ……いやさっきの鑑定で『画面表示設定』ってあったな……この設定を操作出来る画面を探さないと……。

 私は慌てて、懸命になってステータス画面の左右にある三角ボタンをポチポチとタッチしてゆく。最初に自ら設定した画面の他にも、色々な画面が表示されるようだが……どうやらまだ解禁されてないらしい。なるほどこれは【ステータス】スキルのレベルが上がれば見れるようになるのかもしれない。

 そして恐らくは一番最後のページなのだろう、オプション設定画面のようなものが出てきた。その中に『画面表示設定』を見つける。確かに現状の設定では『制限なし』になっているな。

 操作をして『設定……本人のみ』にしてみると、画面が一瞬ヴォンとなり、全体的に半透明になった。

これで大丈夫なのだろうか……確認する手段はないが、とりあえずこれでいくことにする。するとまた音がした。


≪スキル【ステータス】のレベルが2になりました≫


 うむ、やはりレベルがポンポンと上がっていくのはとても気持ちがいい。この調子でガンガン育成していきたいところだ。



 とりあえず一通り設定をいじってみたい誘惑に駆られるが、道の真ん中でするのは流石に危険だ。まずは町か村かに到着して、そこで当面の生活の仕方を考えた方がいいだろう。

 さてどうするか……うーん、町や村を探すなら、人の多い方に行くべきだな。道を真っ直ぐ進むべきか、それとも後ろの方がいいのか……

 そういえばさっきのステータスの画面に気になるページがあったな。ポチポチ。

 そのページは、画面中央に丸く絵図面が書いてあり、中央に黄色の星マークがあった。星マークの周りには幾つかの色の点がついている。

「これは……もしかしなくても地図だな」

 恐らく私が探知した範囲を自動でマッピングしてくれるのだろう。これだけでも便利すぎるな。

 地図をみると、北側、地図の上側に農地のようなものが見えるので北を目指して歩くことにした。距離が分からないが探知範囲もそこまで広くないので、まあ町に着かずにいきなり野宿、なんてことはないだろう。

 歩きながら手持ちの道具を色々と確認する。剣は……それなりのものが一本。【鑑定】したとろころ可もなく不可もなくといった感じ。あとは回復道具にそこそこの銀貨と銅貨が沢山。良かった一文無しだと最初の宿代が払えないとかあるからなー。

 太陽はまだ天高くある。急ぐ必要はないがこのままいけばなんとかなるだろう、と楽観的に構えておく。初日から神経をすり減らす必要はない。そういうのはモンスターみたいなのと対峙した時だけで充分だ。


 一時間も歩いただろうか。喉が渇いてきた。折角【水魔法】か使えるのに【水魔法】とかウォーター!とか叫んでみても魔法が発動しなかったのは残念だ。これは今後どうにかして魔法を覚える必要がありそうだ。ということなのでこの世界に転生してから一度も喉を潤していない。あー喉渇いた。

 あと歩きながら時々地図を見ながら【探知】のスキルで地図を広げていくのも楽しい作業だ。地図が少しずつ広がっていくのは、まさしく未知の世界にやってきた感じがありありと分かり、不思議な楽しさがある。既に【探知】のレベルが3に上がった。周りで色々と光るものがあるのだが、寄り道して町に到着しなかったら本末転倒なので、また次の機会でも調べてみることにする。

 そして更に歩くこと三十分ほど、道の周りに広がる農地と、ようやく町が見えてきた。もっとも建物が見えたわけではなく、城壁だ。城壁が町をそれとなく覆っているのが見えた。良かった。これで野宿をしなくて済むことが確定し、安堵する。

 そのままてくてくと歩くと、がやがやとした音が聞こえてきた。そして門には門番と、人の列が少し出来ていた。やはり並ばないと入れないのだろうか……。

 言葉が通じるかも分からないので、最後尾に並んでいる、薪をいっぱいに背負ったおじさんに声をかけてみることにした。

「あのー……」

「ん?町に入るにはここが最後尾だぜ、ってこらまた随分な別嬪さんだな」

「え、えっと……そうですかね?」

「なんだ自覚ないのか?ってあんたよくみたらエルフじゃねぇか……もしかして、町に入るの初めてか?」

「あ、はい。実はそうなんです」

「じゃあこういうのも持ってないか」

 おじさんは懐から、一枚のカードを取り出した。定期券くらいのサイズで、銅版のような輝きが見てとれる。角には穴が空いており、おじさんは紐を通して首からぶら下げていた。

「なんですかそれ?」

「自分が誰かを証明するもんだ。教会なりギルドなりで発行して貰える。こいつがないと下手すりゃ盗賊扱いさ」

「そ、それは困ります!」

「安心しなよ、見た目も言動も怪しいとそういうこともあるってだけで、普通は幾つか質問してお金を払えば大丈夫だ。別嬪さんは文無しか?」

「いえ、一応それなりには」

「だったら構わないさ。そうだ、町が初めてってことは今晩の宿も決まってないんじゃないか?良かったらウチに泊まりにこないかい?ウチは宿屋なんだよ」

「いいんですか?」

「おう!別嬪さんのエルフがウチに泊まってくれれば、町でもそれなりに話題になるからな!もし金が無くなったら店の手伝いでもしてくれればいいからよ」

「なんか何から何まですみません」

「いいってことよ!俺は『止まり木』のハラールってんだ。よろしくな」

「エリィといいます。よろしくお願いします」

 なんか人の良さそうなおじさんで良かったな。

 そして言葉が問題なく通じた点もグッドだ。

 これならば一先ずは問題ないだろう。

 折角なので、おじさんを【鑑定】してみた。声を出さずに心の中で【鑑定】と唱える。

 すると私の目の前、胸元あたりにおじさんの名前やらステータスやらが表示された。どうやらいちいち詠唱しなくても発動するようだ。

 そうこうしているうちに私達の番がやってきた。門番は二人。ひょろっとしたお爺ちゃんと若い男の組み合わせだ。

 若い男が先に喋りだした。

「次の者!おっハラールさんか。いつものか?」

「ああ。今日も大量さ」

「一応カードを」

「ほい」

「で、横の女は誰だ?」

 男はジロリと私をにらむ。ちょっとびくりとしたが、若者特有の他人を威嚇してコミュニケーションで優位に立とうとする仕草だと思われるので、にこりとする。スマイルはサラリーマン必須のスキル、攻防一体の武器だ。案の定、男は少し顔が赤くなり、戸惑った様子を見せたので、逆に私の方が優位に立てただろう。

「このエルフの別嬪さんはさっきそこで出会ったんだよ。なんでもこの町に初めて来たらしい」

「どうも、エリィといいます」

「んんっ!そ、そうか。エルフなんぞ初めて出会うぞ。こんな町に何しに来た?」

「えっと……生活をしに?」

「なんだ、森では生活出来なくなったのか?」

「そういう訳では……」

「んー、よく分からんな。何か身分を証明出来るものはないか?」

「ありません」

「人を殺したりはしていないか?」

「いいえ」

「エルフのお尋ね者とかも聞いたことはないな…どうします?」

 そこで若い男は初めて、隣のお爺ちゃんに声をかけた。私もそちらを向くと、お爺ちゃんはじっとただ静かに、私の目だけを見ていた。私は心の中を覗き込まれたような気がして、別に悪いことをしたわけでもないのに、母親ににらまれた子供のように、どきりとしてしまった。

 そのまま数秒。

「悪いことをしてきた目でもなし、何かを企んでることもなし。ま、ええじゃろ」

「タオ爺さんがそういうなら問題ないか、よしエルフさんよ、町に入るなら銅貨5枚だ」

「あっはい。えーと……」

 私は鞄から巾着を取り出し、そこから沢山あった銅貨を5枚手にとって、渡した。

「よし!確認した。通っていいぞ!ようこそピピーナへ!」

 門をくぐると、門の外とは大違いだった。

 文明的な建物が溢れていた。もっとも、それはあくまでもこの時代の、だが。

 感覚でいうと、ヨーロッパの田舎町に迷いこんだ、というのが正しいだろうか。そこそこの広さの通りと、木造石造入り交じった建物群。人通りも中々にある。

「先にウチの宿を案内するぞ、こっちだ」

 私はおじさんことハラールさんの後ろをてくてくと歩いた。

「着いたぞ。ここが我が宿屋『止まり木』だ」

 案内された建物は、木造の二階建て。そこそこの大きさで、部屋数は十も無いだろう。

 だがなんというか、多少のボロさはあっても小綺麗にされており、またハラールさんの人柄もあってか、心なしか温かみが感じられた。

「さあ入った入った!おーい、帰ったぞー」

「はいはーい」

 奥から出てきたのは女将さんだろうか。恰幅のよい……いや違う、恐らく妊娠しているのだろう。

 それと近くには女の子が一緒にいた。娘さんだろうか。小学生くらいにみえる。

「あらまあ。どちらさんかね?」

「門の前で出会ってな。泊まるところは決めてないっつってたから引っ張ってきたんだ。ウチの女房と娘だ」

「どうも。エリィといいます。よろしくお願いします」

「そんなかしこまらなくてもねぇ。こちらこそよろしく頼むよ。ウチは一泊で銀貨3枚。食事が欲しいなら朝夜二食で更に銀貨1枚だ。沢山泊まってくれるなら、その分安くしとくよ」

「えっと……ではとりあえず3泊ほど」

「じゃ銀貨12枚だね。初めて泊まるから銀貨11枚でいいよ」

「はい、こちらで」

 私は取り出した銀貨を渡した。

「なんだ、それっぽっちでいいのか? もっと泊まってってくれてもいいんだぜ?」

「手元にある程度お金を残しておきたいので……それと身分証を作りにいかないと」

「お、そうだったな。どこに行こうか。教会が一番無難だが……生活の為って言ってたしな。これから何をしていくんだ? 何か特技とかあるのか?」

「うーん……」

 特技か。スキルで言えば戦う技術を最低限確保している。たが実際に戦えるかといえば……微妙だ。

でも経験値を稼ぎ、レベルを上げるならばやはり戦闘をこなしていくのが色々と有利だろう。今後誰かに襲われた時に、自分で防衛することが可能になるのだから。

「それなりに戦う術はあるので、冒険者をやっていこうと思うのですが」

「なるほど。まあエルフなんて魔法使いの巣窟だって聞くからな。じゃあ冒険者ギルドまで案内するぜ」

「ちょいとあんた、仕込みは大丈夫なのかい?」

「すぐ帰ってくるからよぉ」

 そういって私とハラールさんは建物を出る。

「良かったんてすか?」

「まあなんとかなるだろ。冒険者ギルドとなると……道はこっちだ」

 先ほど入ってきた門とは反対側の、北側の門に程近いところまでくると、これまた中々に大きな建物が見えてきた。

「ここが冒険者ギルドさ。さあ入った入った!」

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