四等星のファンファーレ 7
「仲村なにしてんの? まだ課題終わんねーの?」
片山の授業が自習になり、暇になった俺はいつものように仲村にちょっかいをかけることにした。片山にとっても突然の自習だったらしく、渡された課題はプリントが一枚だけだった。仲村は机の上のプリントを睨みつけたまま、また眉間に檸檬の苦味を集めていた。やっぱいつみても仲村の黒髪はきれいだなぁ。最近またきれいになった気がする。
「あんなプリント五分で終わったわよ」
今日も仲村が冷たい。いい一日になりそうだ。
「じゃあ何してんの?」
「文化祭の実行委員なんだけど、クラスから二人出さなきゃいけないのよ。私先に先生に頼みこんで実行委員の仕事やってるんだけど、実際一人でもなんとかなっているから・・・。富岡先生に『一人でやらせてください』って言ったらだめだって言われて・・・。そうだ、あんたも実行委員やってよ」
「え、なんでよ」
「もうこのクラスで頼めるのあんたしかいないのよ」
「てことはあれだ。俺は最終兵器ってことだ」
「最終手段よ」
実行委員かー。正直に言うと文化祭は苦手なんだよなー。
文化祭が苦手というより、文化祭が始まる前のクラス間の空気が苦手だ。例年各学年で出し物が決まっていて、一年は教室でできる出し物を(と言っても、だいたい調べ物を模造紙に書いて掲示するだけだ。おれたちもお化け屋敷がやりたいと言ったら却下された。)、二年はダンスで三年は売店をすることになっている。それらを一般客のアンケートと先生たちの独断と偏見で点数をつけ、どのクラスの出来が良かったか、クラスに順位をつけていく(三年は売店の売り上げで順位が決まる、らしい)。別に一位になったからといって賞金百万円がもらえるというわけじゃないけど、皆他のクラスに負けるわけにはいかないといった感じで躍起になったり、他のクラスと出し物がかぶったり、練習に使う教室の取り合いになったりでクラス間の揉め事が絶えなくなる。だからこの時期になるとクラス単位でみんな仲が悪くなってしまう。他のクラスの人と話そうものなら、「なにしゃべってんだよ。そいつらは他のクラスの敵だろ?」という風な顔で見られる。だから最近は樹や隆也、七瀬さんと話す機会があまりない。同じクラスには仲村がいるし、たまに沢村と勉強とサッカーの話で盛り上がるから教室で孤立することはないけど、単純に話す人が減ってしまうことは学校生活が味気なくなってしまう。だから俺は文化祭に前のめりになれない。それでなくても髪で遊んでいるやつらが、同じ髪型をしているやつを見つけて「あいつ俺の髪型真似しやがって。」と言った陰口を叩いてるのに。
うちの文化祭は十二月に行われるというのに、文化祭実行委員が招集されるのは九月になってからだ。今回は創立百周年の文化祭だけあって、先生たちはもっと早くから動いていたようだけど、実行委員を集めるのはかなり遅い。自称「進学校」だから、そういうのに興味ないんだろうなぁ。しかも実行委員に三年生は参加できない。「参加してはいけない」というわけじゃないが、大学入試が近いから、先生たちが「おすすめはしない」という形で禁止している。少しでも勉強に時間を当てようってことなんだろうけど、三年生たちも夜遅くまで残って売店の看板を作ったりしてるから結局同じだ。先生たちもホームルームで言うだけで、遅くまで残っている三年生を見つけても注意はしない。
創立百周年を祝う文化祭は例年にはない盛り上がりを見せていた。百周年は歴史を感じる格式あるものにしようとする先生たちと、百周年に巡り合えた奇跡にお祭り騒ぎする生徒たちで学校は騒がしくなっていた。だから今回の実行委員は仕事が多いということはなんとなく聞いていた。十月には中間テストもあるのに、この学校は本当に文化祭をやる気があるのか?
中間テストという言葉が頭に思い浮かんだ瞬間、七瀬さんの笑顔を思い出した。夏のテストはだめだったからなぁ。そろそろ三位以内に入らないと口だけのおしゃべりくそ野郎だと思われてしまいそうだな。一年の初めからだから・・・次でちょうど十回目のテストか。やばいじゃん。
実行委員やると勉強する時間が無くなりそうだな。
そう思った瞬間、頭の中に疑問符が浮かび上がってきた。背中のあたりに痒みが走って気持ち悪くなる。そして、疑問符が浮き上がってきたことに疑問を感じ、少し苛ついた。その苛つきが、なんだか少しだけ懐かしく感じた。
「昼休みに文化祭のテーマを決める用紙を分ける仕事をするんだけど、詩音が瀬戸くんも連れてくるって。他に男子がいるならいいでしょ」
「一回だけならね。担当が富岡先生じゃなくて女の先生ならなぁ」
「最低。もういい」
仲村はそう言うと、実行委員会募集の紙を丁寧に折りたたんで机の中に入れた。そして現代文の教科書とノートを取り出し、梶井基次郎の「檸檬」を黙って読み、予習を始めた。授業の時間はまだまだ残っていたが、もう仲村と話すことはなく、俺もなぜか仲村と話す気分になれなかった。
黙って教室を見渡していると、話し声が全自動で耳に流れ込んできた。仕方なく聞いていると、文化祭の話ばかりだった。結局メニューはどうしようか。効率考えたらやっぱカレーだよね。それとなるのクラスもやるって言ってたよ。え、うちらのほうが先にやるって言ってなかった? うざくない? 聞いているうちに耳が腐りそうになったので、たまらずiPodを取り出してイヤホンを耳にねじ込んだ。日差しに照らされて少し暗くなった画面のなかにある「Ituki Recommend」と書かれたプレイリストをシャッフルして、無理やり音楽を流し込んだ。
みんななんでそんなに熱心になれるんだ。背中のあたりがまた痒くなる。気持ち悪くなっていらいらする。せっかく樹が入れてくれた音楽なのに全く耳に入ってこない。たまらずイヤホンを耳から引きちぎって空を見上げた。爆発したような入道雲が空を飲み込もうとしている。
チャイムが鳴って、解放されたように教室中が騒がしくなる。今まで話していたのに「やっと話せる」と言った風に声が大きくなる。背中の痒みをとるためにのびをしていると、教室の扉が勢いよく開いた。視界の端で金色の紙を捉えた瞬間、おみくじで大凶が出たような、これから起こることが不幸であることを暗示していた。
「日比野ー、ちょっと話あんだけどー。放課後顔かしてくれねー?」
テルシマが大声を出すと、教室が一気に静かになった。俺はもう一度ちぎれるぐらい伸びをしたが、痒みと気持ち悪さが消えることはなかった。仲村は変わらず「檸檬」を読み続けていて、沢村はいつも通りイヤホンを出して音楽を聴いている。それ以外のやつらはぎこちなく、それでもいつも通りに過ごそうと努めるようにまた各々で話し始めるのだった。
まぁ、助けてほしいほど困っているわけじゃないけど、そんなに知らんふりするかねー。ていうかテルシマは周りからどんな風に思われてんだよ。仲村と沢村はいつも通りだけどさ。あー、昼からの授業ってなんだっけ。今日の弁当なに入ってっかなー。ていうか今日何曜日だ?
あーもー、めんどくせぇ。
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