F

春嵐

FL.

「くそがっ」


 雨が凄い。タイヤのグリップの問題以前に、そもそも前が見えない。


「ターミナ。応答しろターミナ。おいっ」


 整備にも繋がらない。絶望的な状況だった。


 次はカーブ。


 ぎりぎりまで絞り、車体を曲げて慣性だけで曲がりきる。


 前が見えない。通信が繋がらない。それでも、走る。ドライバーとしての矜持だけが、今の自分を駆り立てている。


 整備ピットに入るべきなんだろう。もはや中止連絡旗レッドフラッグすら見えない。


 しかし。


 フラッグが見えないなら。


 走るべきだった。


 雨音よりも、エンジン音のほうが聴こえやすい。そういう生き方をしてきたし、これからもそうやって生きていく。


「ターミナ。応答しろ」


 通信は聞こえない。


 むしろ、それでいいのかもしれない。通信が聞こえて、ターミナルからの指令が来れば。確実に整備に戻されて、レースは中止になる。


 走りたい。


 雨だろうが、なんだろうが。


 どこまでも。


 通信は、やめた。


 カーブをふたつこなして。


 ストレート。


 ここからが一番いいところ。


「ファイナルラップだ」




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