#30 学校に行こう
ヴァンピィは俺の親友だ。
ネットを通じて知り合い、
ツイッターで彼と絡むのは楽しくて、リアルでも会ってみたいとずっと思っていた。
実際に会って、女の子だと知った時は驚いたが。
彼女と遊ぶ内に、ネットの世界だけではわからなかった一面を知ることになる。
コミュ障で初対面の相手と話すとメチャクチャ緊張して、でもそれを克服しようと頑張ってる姿がいじらしくて。
純粋で感情表現が豊かで、笑った顔は最高に可愛くて、いくらでも喜ばせてあげたくなる。
人の誘いを断るのが苦手で、見てると危なっかしくて、放っておけなくて、守りたくなる。
彼女の魅力を沢山知った。
彼女を思う俺の気持ちはどんどん大きくなり、気付けば友達の枠組みでは収まりきらなくなっていた。
それでも。彼女は、待ってくれと言った。
自分が『普通』に追いつくまで待って、と。
彼女はまだ恋を知らない子供だから、今は俺の気持ちを伝えてもきっと困らせてしまう。
だから俺は待たなければいけないんだ。
けど、ひとまず今は一歩前進したことを喜ぼう。
夜宵が学校に行きたいと言ってくれた。
それは大きな一歩だ。明日から俺達はもっと一緒にいられる。新しい世界が待っている。
だから俺は浮かれていたんだ。
夜宵が泣き止むと、俺は彼女の両腕を掴む。
「よし、行こうぜ夜宵」
「えっ、どこへ?」
呆けたようにそう吐き出す彼女に俺は答える。
「お前が行きたいって言ったんだぞ。学校だよ」
俺達の学校はこの公園から歩いてすぐのところにある。
俺は半ば強引に彼女の手を引っ張っていく。
「ちょっと、ヒナ! 今はもう放課後だし、ヒナは制服だからいいかもしれないけど、私は私服だし!」
「いいんだよ! 部活やってる奴はまだ学校にいる時間だし、服に関しては、まあ大目に見て貰えるだろ」
「適当過ぎるよヒナぁー!」
フラフラな足取りの夜宵を半ば強制的に連れていく。
やがて校門が見えてきた。
運動部が活動中の校庭を抜けて、校舎に向かう。
放課後のせいか、私服の夜宵もそれほど注目されなかった。
そして俺は夜宵をこの場所に連れてきた。
「お前、二年になってから学校来てないから知らないだろ。ここが俺達の教室だ」
「もー、本当に強引なんだから」
困り笑いを浮かべる夜宵と一緒に教室内に入る。
窓から差し込む夕日が無人の机や椅子を照らしている。
俺達以外に誰もいない教室は、どこか特別な感じがした。
「この窓際の席がお前の机だ」
荷物も何もない空っぽの机を差し、そう教えてやる。
「ここが……」
夜宵はその机に手をつく。
机を撫でながら感慨に耽っているようだった。
「それで、その隣が俺の席な」
隣の机をバンバンと叩きながら俺はそう主張する。
「えー」夜宵は一度苦笑いを浮かべた後「それは嘘でしょー」と言った。
「いや、マジマジ」
「嘘だー。ヒナと隣の席とか、流石に都合よすぎるよ」
流石の夜宵もこんな露骨な話には騙されないらしい。
「すいません嘘です! でもホントにして見せるから、夜宵が登校したら先生に頼んで席替えしてもらう! 夜宵の隣にしてもらう!」
「やーだー、恥ずかしいよ。他の子に変に思われるじゃーん」
そんな話をしながら、俺達は笑いあう。
「まあ俺と夜宵がリア充的な関係って誤解されちゃうかもなー。俺はそれでもいいけど」
「駄目だって。私達はリア充爆殺委員会なんだから、周りからリア充だと思われたら示しがつかないの」
一体誰に対する示しが必要なのかはわからないが。
そこで夜宵の視線が窓の外へ向く。
何かに気付いたように彼女は窓辺に駆け寄った。
「あー、あそこの下校中のカップルが手を繋いでるー! リア充だよヒナ! 許せないよね!」
「うーん、手を繋いでるだけでカップル認定するのは短絡的じゃないか? ほら、俺達だってさっき手を繋いでここまで来たし」
「えっ」
夜宵の表情が固まる。
そして次の瞬間、顔を真っ赤にして否定の言葉を吐き出した。
「ち、違うよ。あれは手を繋いでたんじゃなくて、ヒナが強引に引っ張ってったの。誘拐だよ。人攫いだよ。ヒナは悪い人なんだから」
「そっかー、俺悪い奴だったのか」
夜宵に犯罪者に仕立て上げられたので、他の罪人を糾弾して誤魔化すことしよう。
俺も窓辺へと駆け寄り、夜宵の隣に並ぶ。
そして外に向かって声を張り上げた。
「こらー、そこのカップルー! リア充爆発しろー!」
「そうだよ! 爆発しろ! リア充ども!」
夜宵もそれに続いて叫ぶ。
まあ窓は閉まってるので、外に声は聞こえてないと思うけど。
そうして俺達は、ひとしきり叫んだところで大笑いした。
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