#16 ヒナとヴァンピィの思い出
「ねえ、ヒナはもうジャック・ザ・ヴァンパイアを使わないの?」
ファーストフード店のテーブル席でハンバーガーを食べながら、向かいに座る夜宵がそう問いかけてきた。
ジャック・ザ・ヴァンパイア、夜宵が愛用する吸血鬼型のマドールであり、俺も一昔前まで使っていた機体だ。
かつて
大会シーンでは参加者の八割方がジャックを使い、勝ちたいならジャックを使え、とまで言われた時代があった。
当時のプレイヤーがマドールの機体性能をランク付けするなら、ジャックが単独でSランク。
その下のAランク以下に有象無象のマドールが並ぶというのが共通認識だろう。
だがバージョン2へのアップデート時に大量の新規マドールの追加、既存のマドール達の能力バランスの見直しが行われた。
その際、ジャック・ザ・ヴァンパイアはメイン武器の弱体化、ジャックの対策になりえる新規マドールや新規パーツの追加の影響を受け、ジャック一強時代は終わりを告げた。
とはいえ戦えなくなったわけではない。依然としてBランク程度の位置にはいた。
環境トップと呼べるほどの強さはないが、実力のある人間が使えば十分活躍できる中堅ポジション。それがバージョン2時代のジャックの評価だ。
俺がジャック・ザ・ヴァンパイアを使って上位帯で戦っていたのはそんな時代。中学生くらいになる。
「あの頃のヒナは私の憧れのプレイヤーだったなあ」
「そう言ってもらえるのは嬉しいね。夜宵と相互フォローになったのもあの頃だっけ」
俺がジャック・ザ・ヴァンパイアと共に世界ランキング二桁順位に滑り込み、喜びの順位報告ツイートをしたのが二年前。
『おめでとうございます。自分もジャック・ザ・ヴァンパイアを使ってるのですが、中々勝てなくて。だからジャックで勝てる人を尊敬します』
そんなリプライとともにフォローしてくれたのがヴァンピィだった。
俺もお礼の言葉とフォローを返し、彼女との交流が始まった。
あの頃の夜宵、ヴァンピィはまだ初心者だったのだろう。そんなに強くなかったと本人は言っていた。
「ヒナのセッティングの発想はホントに凄いよ。ジャックの主力武器は
興奮気味に思い出を語る夜宵の言葉を聞いて、俺も懐かしい気持ちになる。
「そういや、あの頃はDMでセッティングや立ち回りについて色々教えたよな」
「そうそう、ヒナは私の師匠と言っても過言じゃないから」
しかし俺がランキング百位以内という上位帯で戦えていたのはその頃までだ。
高校受験でゲームを封印していた時期に、
特に悪魔タイプのジャックにとって天敵となる天使タイプのマドールの大量追加はかなりの痛手だった。
現在のバージョン3環境におけるジャック・ザ・ヴァンパイアの評価は完全に逆風。使うプレイヤーも殆どいなくなってしまった。
そして俺自身も、受験が終わってゲームに復帰してみたものの、その頃はベテランプレイヤー達による
復帰勢の俺はトップレベルの戦いについていくことなどできず、現在は三桁順位の対戦ですらヒーヒー言ってる程度の実力だ。
対照的にヴァンピィはその頃からメキメキと力をつけていった。
彼女が初めての三桁順位達成で喜んでいた時も、二桁順位に入って
俺のことを師匠と呼んでくれたのは嬉しいが、今となってはとっくに師匠越えを果たしているだろう。
そしてその頃から俺はジャック・ザ・ヴァンパイアを使うのを止めた。
バージョン2まで使っていた機体として多少の愛着はあるものの、そいつが対戦環境において逆風なのでは仕方ない。
自分のスタンスはその時その時の環境において勝てる機体を使う。いわゆる性能厨と呼ばれるタイプの人間なのだ。
だから今の環境でもジャックを使って上位帯で戦っている夜宵は凄いと思う。
彼女はジャックが最強だったバージョン1時代を知らない。バージョン2からこのゲームを始めたらしい。
バージョン2環境のジャックは飛びぬけて強い機体でもなかったし、初心者にお勧めできるようなものでもなかった。
だがストーリーモードをジャック・ザ・ヴァンパイアでクリアして愛着が湧いたという理由で、当時からジャックを使い続けることに拘っていたのだ。
「正直夜宵は凄いよ。今の環境でもジャックで勝ててるんだから」
「え、えへへ、そうかな」
俺の称賛を受け、夜宵は照れ臭そうに笑う。
「今の環境、キューピーとかも流行ってるよな。どうやって倒してるんだ?」
悪魔タイプのジャックの天敵と言える天使タイプのマドールの代表格の名前を挙げながら俺はその対策を訊いてみる。
「うーん、それはほら。何となく気合で?」
気合って言われても困るが。
俺はもっと深堀りしてみる。
「キューピーは飛行能力もあるし、移動速度もジャックより速い。普通一瞬で背後に回り込まれるだろ」
「えー、でもキューピー使う人の動きってわかりやすいからさ。逆にみんな背後を狙ってくるってわかれば対処しやすいよ。タイミングを計って真後ろを狙って
「いや、死角から来る敵のタイミングとかわからんし。
駄目だ。この子のプレイスタイルは天才型過ぎて参考にならない。
俺は苦笑交じりに溜息を吐く。
「結局は経験則を積み重ねないと駄目ってことなのか」
「大丈夫だよ。ヒナならきっとできるって」
なんか励まされた。
そこまで俺にジャックを使って欲しいのか。
「そうだな。夜宵が教えてくれるなら、俺も久しぶりにジャックを使ってみるのもいいかもな」
そう吐き出すと、夜宵の表情が、ぱあっと明るくなる。
「うん、教える教える。何でも教えるから、今度は二人でジャック使いとしてチーム組も!」
「なるほど、それもロマンあるな」
目をキラッキラ輝かせてそう誘ってくる夜宵の笑顔が眩しい。
「えっへへー」
満足そうに微笑みながらジュースを飲む夜宵、本当に可愛いなもう。
そんな彼女を見て、ポツリと吐き出す。
「一年前くらいからだよな。ヴァンピィがどんどん強くなって、ランキング上位に食い込み始めたのは」
「そうだね。受験が終わった反動で
ゲームの腕にも成長期なんてものがあるのかは知らないが、その頃が彼女の伸び盛りだったらしい。
夜宵はばつが悪そうに顔を逸らしながら呟く。
「その内、学校に行く時間すら勿体ないって思うようになっちゃった」
夜宵はそこで知ったのだろう。
努力を重ねることで自分の上達を実感できる喜び。
頑張れば頑張った分だけ結果がついてくる達成感と充実感。
他の人間が勉強や部活を通して学ぶであろうそれらを夜宵はゲームを通して学んだのだ。
だからって学校をサボっていいわけじゃないけど。
もうすぐ一学期が終わる。
留年のデッドラインが近づいているだろう。
夜宵の両親がこれ以上は学費の無駄だと判断すれば自主退学になることだってありえる。
でも俺は彼女が
昔の俺は一瞬でもランキング上位に行ったことで浮かれていた。
一位をとるなんて大口を叩いたこともあったっけ。
でも現実は一位どころか一桁順位さえ入れたことがなくて。
なのに今の夜宵は俺がかつていた場所を飛び越し、俺が届かなかった領域に足を踏み入れてる。
この前は九位だった。あのあと順位を大分落としたらしいが、今は巻き返してると聞く。
彼女なら本当に一位を達成するかもしれない。
夜宵がどこまで行けるか見てみたい。
友として、師として、
夜宵がこんなに頑張ってること。大人達は知らないんだろうな。
きっと引きこもりの困った子としか見られていない。
俺はどうすべきなんだろう?
夜宵が学校に来て欲しい気持ちも、
とりあえず今は、その疑問に蓋をして今日を楽しもう。
今日は楽しいオフ会。
夜宵とチームを組んで夜宵と一日中ゲームをしていられる日。
こんな日に、
夜宵が食事を終えたのを確認して、俺は席から立ち上がりながら言う。
「よし、午後の試合も頑張ろうぜ。目指せ優勝だ!」
「うん、やろうねヒナ」
夜宵の楽しそうな顔を見てられる今が、俺にとって一番幸せなのだから。
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