#7 ドキドキデート開始
いや、早すぎだな。
約束した時間より一時間くらい早くついてしまった。
待ち合わせ場所は彼女と初めて出会った公園にしている。
夜宵の家の目と鼻の先で、正直彼女の家まで迎えに行くのと大差ないレベルである。
あまり遠出したことのない引きこもりの彼女を配慮して、この場所を選んだのだ。
しかしこんな早く来ているわけないよな、そう思って公園を見渡すと、ベンチに見慣れた黒髪の少女を見つけた。
「おはよう」
彼女に近づき、そう声をかける。
左側だけ黄色いシュシュで結わえた髪を揺らしながら彼女は顔を上げる。
俺に気付いた夜宵は、ガチガチに緊張した様子で言葉を吐き出す。
「お、おはよよよ。わ、私、い、いいいいいい今ままままままままま来たとこ」
「まだ何も聞いてないからな。落ち着こうか」
待った? 今来たとこー、みたいな定番のやり取りを想定していたのかもしれない。定番の質問をしなくて申し訳ない。
しかしツイッターでやり取りはしていたものの、リアルで会うのはあの日家にお邪魔して以来か。
夜宵のコミュ障は平常運転だった。
「ち、違うの! これは!」
なんか弁明を始めたぞ。
「違くて、夜更かしして、結局完徹のままここに来たとかじゃなくてね」
「いや、そんな誤解はしてないけど」
「わ、私、夜行性の吸血鬼だから。夜にお布団入っても寝れなくて」
「昼夜逆転生活ばっかりしてたからなあキミ」
「だから、あの、その、朝まで寝れなくて、そ、それで早く来ちゃっただけで」
完徹なのは本当なのか。
理由が夜更かしと言うだらしないものではなく、単に布団に入っても寝れなかったという趣旨の弁明らしい。
しかし徹夜明けの女の子を連れまわすのは若干申し訳なさがあるな。
いや、昼夜逆転の生活スタイルを直すいい機会なのか?
「大丈夫なのか? 眠いなら無理しない方がいいぞ」
「あ、朝日が眩しい。灰になりそう」
「吸血鬼としての設定を守ろうとする心がけは評価するぞ」
そこで夜宵はゆっくりと首を横に振った。
「あ、あのね、私、日中に外に出ることが殆ど無いから、こういう時にリハビリしないと、ね、いけないと思うの」
「そっか、そういうことなら」
彼女なりに引きこもり生活の改善を前向きに考えているのなら、背中を押してやるべきだろう。
それにしても、俺は改めて夜宵の頭のてっぺんから足のつま先までを確認する。
この前会った時は制服だったが、今日は私服。
白いフリルブラウスに水色のネクタイを締め、ネクタイと同じ色の膝丈のフレアスカートを身に纏っている。
その姿はまるで、良家のお嬢様のようだった。
「今日はすげえ可愛い格好してるな」
「か、可愛い、あ、あの、あの」
俺の呟きに、夜宵は顔を真っ赤にして慌てふためく。
「ふ、服、水零に貸して、もらって」
「あー、そっか。見覚えあると思ったら、昔水零が着てた服か」
色々発育のいい水零と違い、夜宵は小柄で細身だ。
数年前の水零のお下がりが丁度いいサイズになるのだろう。
「ふーん、み、水零とも、一緒に出掛けてたりしたんだ」
じとーっとした目で見つめられる。
あ、あれ? 不機嫌になった?
「まあ、昔からの付き合いだからな。それよりそろそろ行こうぜ」
話を変えるように彼女に出発を促す。
まずは駅まで行き電車に乗る。
今日の目的地は電車で十数分の場所にあるショッピングモールだ。
「あそこのショッピングモールなら服屋も沢山あるからさ、夜宵が気に入る服も見つかると思う」
空いていた席に隣り合って座りながら、俺は夜宵に話しかける。
「そ、そう、楽しみ」
電車が発車し、心地よい揺れが体に伝わる。
「そう言えば夜宵はどんな服が好きなんだ?」
「ん、んと、ん」
だんだん彼女の口数が少なくなる。いつものコミュ障で言葉が出ないのとは違う。
彼女はとろんとした顔で頭を揺らしながら、やがて電池が切れたように俺の肩に頭を預けた。
目蓋を閉じたその顔からは微かに寝息が聞こえる。
電車の揺れに眠気を誘われたのだろう。
昨夜は眠れなかったらしいし、寝かせておいてあげよう。
それに左肩に感じる夜宵の体温が暖かくて、こうしてくっついてるだけで凄く幸せを感じる。
彼女の顔を間近で見ると、やはり顔立ちが整っているのがよくわかる。
まつ毛長いなー。ほっぺた柔らかそう。
あまりじろじろ見るのは良くないとわかってはいるが、穏やかな寝顔を観察しているだけで退屈しない。
これは役得って奴だな。
うんうん、暫くはこのままでいいな。
そうして十分少々の旅路を経て、電車は目的の駅へつく。
おい、電車くん。どうしてキミはダイヤ通りなんだ?
今日くらいは遅れたっていいぞ、運転間隔の調整を一時間くらいしててもいい。
徹夜明けの夜宵に休息の時間を与えて、俺の幸せタイムを長引かせるという気遣いができないのかね?
電車くん、キミに人の心は無いのか? 無いな。うん。お前は所詮、血も涙もないただの電車だったんだな。失望したよ。
「夜宵、ついたぞ」
彼女の肩を優しく揺すって起こすことにする。
「うん、ん?」
はっ、と目を見開き、夜宵は辺りをきょろきょろする。
「降りようぜ」
そんな彼女の手を引き、俺達は降車した。
駅のホームに立ったところで夜宵は恐る恐ると言った様子で口を開く。
「あ、あの、わたわた、私、寝てた?」
「ああ、お疲れだったみたいだな」
優しく笑いかけてみるも、彼女は暗い表情で俯いた。
「ごめ、ごめんなさい。せ、折角誘ってくれたのに、私、ヒナに退屈な思いさせて」
うう、と自己嫌悪のあまり涙目になってる。
ああああ、どうしよう。なんとかフォローしないと。
「いやいや、そんなことないよ。全然退屈とかしてないし! ほら、夜宵の顔を見てるだけで俺は幸せだから」
「顔?」
キョトンとした表情を見せた後、夜宵の頬が徐々に赤く染まる。
「ヒナ、そんなに私の寝顔、じっくりと見てたの? だ、駄目だよ。え、エッチ!」
「うわああ、ごめんなさいごめんなさい」
失言だったあー! でも恥じらってる夜宵可愛いなちくしょー!
どうしよう、どうやったら機嫌を直してもらえるだろう?
「そうだ、駅を出たところに喫茶店があるんだよ。甘いものでも奢るから許してくれ。なっ?」
「えっ、でも今日は服を見るって」
「ちょっとくらい寄り道したっていいじゃん。行こうぜ、ほら」
俺は彼女を促して改札口へ進もうとする。
しかし都心の駅ともなると人で込み合っていた。
「ま、待ってヒナ」
すぐ後をついてこようとする夜宵が人の壁に阻まれて進めなくなる。
彼女のところへ戻り、その腕を掴んだ。
「大丈夫か、夜宵」
「え、う、うん、だい、じょぶ」
頬を赤らめながら彼女は手に視線を落とす。
さっき電車から降りる時も、勢いで彼女の腕を掴んでしまった。
今も同じ状態だ。
しかし今こそ一歩を踏み出すべきではないだろうか?
腕を掴んで引っ張るなんて猿でもできる。
猿から人間へ、今こそ進化の時である!
俺は左手で彼女の右手の拳に触れ、手をしっかりと握る。
「えっと、はぐれないように、なっ?」
あああああ、俺のアホ、口下手、なんか照れて言い訳臭くなってしまったああああああ。
「そ、そだね。これならはぐれないね」
夜宵も顔を真っ赤にしながら手を握ることを認めてくれた。
うああああ、可愛い可愛い。めっちゃ照れてるよこの子。何この可愛い生き物!
そんな感じでドキドキしながら移動を開始するのだった。
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