事情聴取記録
幸田文子(74) 母親
「はい、そうですね。大まかな成り行きは記事でご確認になった通りです」
「すみません、
「ええ、ですが、智之さんは誰かを傷つけただとか、そんなことをしてしまったわけではありませんから、どうかお気を確かにお持ちください」
「はい……お気遣いありがとうございます」
「その智之さんなんですがね、事件を起こした理由を聞いても『自らの思想に基づいた行為』の一点張りで……、なかなか細かい事情を話してくれないんですよ。ですから、あなたなら何か知っているんじゃないかと思いまして」
「思想……ですか。すみません。わざわざお声かけ頂いたのに力になれそうにもなくて。これといって思い当たることはありません」
「例えば、銀行を恨むようなことがあっただとか。それから……、これは聞きづらいことなのですが、特定の思想を持っていたりだとか」
「すみませんが、分かりませんね。もう何年も顔を見ていないものですから、智之の近況などは全く知りません。ですから、大変な量の借金をしていたりだとか、熱心に宗教をしていたりすることもあるかもしれません」
「こちらが調べた限りでは、少なくとも借金はなかったようなんですよね。宗教などは分かりませんが」
「そうですか」
「でしたら……、智之さんの生い立ちなどをお話しいただけたらと思います」
「ええ、分かりました。知っていることなら何でも」
もう半世紀近く前の話ですね。智之が生まれたばかりのころは大変でした。情けない話なのですが、私の夫は赤ん坊ができたというのにろくに仕事もせずに毎日パチンコ屋さんに通うような人でした。それをどう言ってもしょうがないですから、私がほとんど一人で智之の面倒を見ました。ええ、まあ母親ですから、頑張ればなんとかなるものです。智之が高校生になるころには、パチンコでできた借金が原因で夫と離婚しました。そこからはずっと二人でしたね。でも、お金のない厳しい暮らしは変わりませんでした。智之は口にこそしませんでしたが、本当は大学に行きたかったようです。しかし残念なことに、うちには高額な大学の授業料を払う余裕はありませんでした。そんなこんなで、気が付けば智之は高校卒業と同時に就職しましたね。
「私が知っていることはこのくらいです。就職した後は数年に一度、顔を見せに来るぐらいでゆっくり話す機会もありませんでした。そういえば……最後に会ったときはお付き合いしている方を紹介してくれましたね。もう二十年も前のことですが。それからはこれっきり会ってなくて……あの方とはどうなったのかも分かりません」
「そんなことが。どんな方か覚えてますか?」
「ええと……、ああ、ここに。私は人様の名前を覚えるのは苦手でしてね、できるだけ書き留めておくようにしているんですよ」
「
「ええ、そのようです。私はもう覚えておりませんが」
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