第4話 理不尽な出来事
「俺たちも戦います」
「何を愚かな事を。あなたたちでは足手まといです。戦いの中、庇えるはずもありません。攻めてきているのはスズタカ領援軍のエトウなのですから」
エトウと言えば、鍛え抜いた兵を派遣し争いを起こす悪名高い領地で有名だ。
この領地を狙って悪さを続けるスズタカ。
それを悪名高いエトウの兵が加勢する。
スズタカはそのエトウの軍門に降ったのだろう。
逃げるように説得されたうえ、母から路銀と武具を受け取り子ども3人で王都を目指す。
王都までは、かなり遠い。
子どもの足ではかなりの時間がかかるだろう。
街道は封鎖されているだろうからと、母から山越えを指示されている。
山越えをするこの道では移動に馬は使えない。
コオタとヒスイと一緒に森や林を抜けて、やがて夜になった。
見つからないよう、木の上に登り就寝する。
夜中、何やら騒がしくなってきた。
騒々しさに眠りから覚めた時に、ヒスイから口の中に何かを入れられ気が遠くなる。
僕が、気がついた時には、日が高く上っており、周りには誰もいなかった。
驚いたことに、僕の服が脱がされ、ぼぼ裸状態で木にくくりつけられていたのだ。
ヒスイから薬を盛られた後、僕が木から落ちないように縛ったのだと思う。
縛ってある紐を緩め、そうっと木をおりて、周りを探すが誰もいない。
僕が縛られていた木の下や、周辺の草は薙ぎ払われており、何らかの争いがあったようだ。
「オーイ。誰かー」
危険を覚悟して小声で呼んでみるが反応がない。
一緒に木にくくられていた着物に着替え、様子を探りに近くの村へと向かう。
「おやっ。坊っちゃん?」
領民に見つかる。
「どうぞ。急いでこちらへ。まだその辺にエトウの兵がいるかもしれません」
と小声で囁かれ村へと案内される。
着いた村の農機具小屋に匿われると、やがて見知った村長がやってきた。
「坊っちゃん。無事でしたか。もう。あなただけが希望です。どうか生き延びてください」
そう言うと、村長は言葉を詰まらせた。
シオンは、助けてくれた村人たちに状況を訪ねる。
「僕が薬を飲まされ気を失っていた間に、何がどうなったのですか?教えてください」
「大変申し上げにくいのですが・・・」
「この領地は、スズタカの兵に占領されています。そして今、この辺りで落武者狩りが行われているのです。山狩りを重点的に行なっているので森の中は特に危険です。どうぞこの服に着替えて村に紛れてください」
と渡されたのは、普段領民が着ている子供服だ。
「これを着てこの村の者として暮らし、ほとぼりが冷めるまで隠れていてください。身の回りはこの者が行います」
紹介されたのは、まだ若い女性だった。
「この者は、離縁されて村に戻ってきた独り身です。とりあえず、この者の連れ子という事で生活していただきます」
「父は?母は?ここまで一緒にいたコオタとヒスイは?」
「坊ちゃん。気を落とさず聞いてください。領主さま家族は皆殺しに会いました。コオタさまは、あなたの服を着ていたので坊っちゃん、いや、シオンさまとして殺されています。コオタさまは剣術の達人でしたので、かなり善戦したのですが、数多い敵に子どもの体力では無理だったのです。それでも敵を20名ほど倒しました。ヒスイさまは・・・」
「どうしたのだ?教えてくれ」
「魔法で戦われたのですが、魔力が尽きて捕まりました。そして村人の目の前で見せつけるように裸にされ、兵士たちに代わる代わる凌辱されました。抵抗した罰として兵士何十人も並んで相手をされたのです。逆らった者としての見せしめでしょう。泣き叫ぶまだ幼い体に数多くの大人が・・・そして亡くなりました」
「村はずれ、領主の館からの間に皆さまの死体が磔になっていま・・・す」
最後の方は、村長が泣き崩れよく聞き取れなかった。
これを聞いた僕は、心が張り裂けそうだった。
気が狂いそうだった。
それでも僕を護ってくれている領民たちがここにいる。
心の底から溢れる悲しみと悔しさ。
それに歯を食いしばって耐える。
「坊っちゃん・・・。」
世話をすることになった女性が顔を拭いてくれる。
布が真っ赤に染まっている。
あまりの悔しさに血の涙が流れていたらしい。
「もっともっと僕に力があれば」
スズタカやエトウへの憎さもあるが、それ以上に自分の無力さが悔しかった。
今の自分では愛する人たちを守れないどころか、領民に守ってもらうしかない。
何よりもそんな自分が許せなかった。
後から聞いたのだが、領民を含め戦える男たちは、全力でエトウ軍に立ち向かったそうだ。
我が領地の騎士団も魔術師も結果的に殺されてしまったが、あの無敗を誇るエトウ軍に自爆攻撃で多大な被害を与えたらしい。
今、エトウ軍は三分の一しか残らず、この領地を攻めた事を後悔しているらしい。
その腹いせにスズタカは、新たな領主としてかなりの税をこの地の領民にかけている。
最愛の家族と家臣たちを殺され、しばらくは何もする気にならなかった。
でも、このままにしておくわけにもいかない。
重税をかけられた領民を助けなければ。
そのためには僕が力をつけなければならない。
領主として生きてきた歴代の血が、燃え上がる。
このままこの理不尽な出来事を許すわけにいかないのだ。
あれから数日後、僕は心の傷に耐えながら、磔になった家族も見に行った。
そこには、歴史上スズタカの地であったこの地を乗っ取って歴代治めたと嘘の罪が書かれており、僕は、その死体を心に焼き付け復讐を誓ったのである。
僕の身代わりとなって殺されたコオタ、それに父と母、給仕長、僕の見知った人たちがまるで物のように木杭に吊るされている。
出来る事なら、丁寧に埋葬してあげたいのだが、今それすらできないでいる自分がもどかしい。
ここを次々と訪れ、祈りを捧げてくれる領民たち。
生き残りの僕に気がついても、知らないフリをしてくれている。
みんな、何もできないが、せめてもの祈りを捧げてくれているのだ。
それがわかるだけに辛い・・・。
村に匿ってもらっている間に村人たちが調べてくれた情報では、王都にエトウやスズタカのスパイや協力者がいるらしい。
だから今回の無謀な領地乗っ取りも王都では騒ぎにならなかったらしいのだ。
単なる領主間の争いとして処理されたとの事だった。
それから数ヶ月、僕はこの村の世話になった。
領民は口が硬く、僕の事をどこにも漏らさない。
質素な食事だが、偽装した母として僕の身の回りの世話をしてくれるこの女性の味付けは抜群だ。
味の濃さが絶妙なのだ。
こんなに料理が上手いのに、なんで離婚したのかは聞けなかった。
いや、聞いちゃいけないと思ったのだ。
僕も大人になったものである。
毎日の共同作業でこの村の人々とは打ち解けたし、それなりに楽しい事もあったのだが、村での生活が落ち着いてきたある日、僕は少ない荷物をまとめた。
服を密着させるための腰紐にナタを1本背中側に刺す。
これが山越えのための武器であり、道具なのだ。
今はもう落武者狩りもなくなり、村や街の物資交流も元に戻り始めている。
だが、僕はこのまま村の世話になっているわけにいかない。
いつまでもここに隠れているばかりではいけないし、この村でアレコレと世話をしてくれる女性も、これ以上僕がいたら再婚すら難しくなる。
匿われた家に誰もいないのを確認し、世話になった村長たちへ置き手紙をして旅だった。
もちろん置き手紙には僕の素性を隠している。
これが証拠となって村人に危機を与えてはならないからだ。
森へと入り身を隠すようにしながら遠く見えていた山脈を目指す。
そして何日もかかったが、苦労して山頂を超える事ができた。
ここは、もう隣の領地である。
スズタカ領とは、我が領地を挟んで反対側だ。
ここに来るまでは、落武者狩りに見つからないように火を焚くこともできなかったのだが、この高い山脈から先ならば大丈夫だと思う。
辺りが暗くなれば獣を避けて高い木の上に登り就寝し、野の野草を食べ、肉が食べたくなれば罠を作り、獣を狩る。
まるで原始の暮らしである。
こうして、山の中でなんとか生き残っているのも、小さい時からいろんな面を鍛えてくれたみんなのおかげだ。
今は、野戦を行う兵士のサバイバル知識が役に立っている。
魔術や剣術のような派手さがないので、教わっている時は、内心バカにしていたことだが、実は非常に有益だった。
それすらわからなかった自分が恥ずかしい。
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