其の弐拾

「随分とゆっくり来たものだな?」

「臆病者が奥に引っ込んでしまってな……余裕があるなら案内ぐらい出せば良いものを」

「そうか。失念した」

「次があれば気をつけてくれ。まあ今日で終わりだがな」


 軽口を言いながらも、ミキは前を見据えて支度をする。

 ニヤニヤと黙り笑う男たちの数は約百人くらいか……誰もが手に武器を持っている。


 握った刀を手放さないよう、妻の服の端切れを巻き付けて口で縛る。左右の手を握り固めたミキは、両の刀の先を地面へと向け、『ハ』の字に構えた。

 準備を終えたミキに笑いかけ、椅子に腰かけたアマクサは口を開いた。


「かの偉大なる剣豪宮本武蔵は、吉岡の門下生と一人で戦ったとか?」

「そんな話を聞いた気もするな」

「うむ。実に眉唾物の話であろう? 人一人がそのようなことが出来るのか?」


 ワインを満たしたグラスを掲げ、アマクサは宣言した。


「武蔵の子であるなら父親の偉業をこの場で見せてみるが良い」

「実父では無いよ。だが俺は宮本の名を継ぐ者だ」


 軽く笑いミキは一歩踏み出した。


「宮本三木之助玄刻。押して参る」


 血風が舞った。




 舞いながらレシアは頭上の物を見つめた。

 ウネウネと動くそれは見てて気持ちが悪い。生理的に無理な類のものだ。

 それでも相手が形を作ろうとしているから……黙って待って居たが限界に達した。


「もう! さっさと終わって下さい! 見てて気持ち悪くなります!」


『我に対してそのような口を利く者が居るとは……尊大だな? 人間よ』


「知りません! とにかく見てて気持ち悪いです!」


『そうか』


 相手が不意に小さく丸くなると……丸い光球となった。

 太陽がその場に生じたような圧倒的な存在感を感じつつ、レシアは何故か少し胸を張った。


「やれば出来るんなら最初からやるべきです! ミキが相手だったら頭をグリグリされてます」


『……本当に尊大であるな』


「そうです」


 踊りながらも胸を張る……器用な動きみせるレシアは、不意に不安になった。


「ところで、そんだいって何ですか?」


『不遜だと言うことだ』


「ふそんって?」


『……偉そうだと言っている』


「ふふふ。分かりました! そうです! 私は偉いんです!」


 クルクルと舞いながらレシアは胸を張る。


「だって今日の為にご飯をいっぱい我慢して痩せたんですから! 凄いでしょう!」


『……そうか』


「はい。頑張りました。これが終わったらお腹が破れるほどご飯を食べます!」


 絶好調な動きを見せつつレシアは笑う。

 そんな人の娘を見つめ……その存在は気付いた。


 たぶんこれは厄介な相手であると。




「……」

「どうしたんですか? 将軍」


 奇声を発して走り回っていた彼が突然停止した。

 腹でも空かして止まったのかと思ったワハラは、膝に手をついて呼吸を整える。


 何だかんだで先頭を走るイマームが一番敵を斬り殺しているのは事実だ。

 その体力は化け物染みている。


「拙いな」

「拾い食いでも?」

「冗談言ってる場合じゃないぞ」

「……」


 誰が何を言うかと文句を言いたくなるのを飲み込んで我慢する。


「それで何がヤバいんですか?」

「分からんか? 敵の動きに迷いが無くなってきている」


 言われてワハラは辺りを見渡す。

 今も一時停止している自分たちに武器を向けて来る者たちは居るが、決して襲いかかって来ない。

 先頭を行く化け物と戦いたくなかったのかとも思ったが……敵は確実に距離を取ってこちらを警戒している。


「指揮系統が復活した?」

「その通りだ」


 剣を振って血糊を飛ばし、服の裾で刃を拭ってイマームは刃の具合を見る。

 無理が祟りだいぶ鋭さは無くなってきているがそれでもまだ斬れると判断した。


「ワハラ」

「はい」

「ここからは一度外に向かって走る。付いて来い」

「だいぶへばっている奴らが居るんですがね?」


 一瞥した将軍に迷いは無かった。


「付いて来れぬのならば斬り捨てろ」

「……」


 相手の様子から副官は改めて察した。

 本気で自分たちの身に危機が迫っている事実を。


「将軍。先頭を任せます」

「ああ」


 ワハラは部下たちに振り返った。


「ここからは冗談抜きで必死について来い。もし無理ならば足を止めてその場で跪け。俺がその首を刎ねてやる」


 言ってワハラは最後尾へと回る。

 数人が苦笑しその場で膝を着いた。深い傷を負った者たちだ。


「先に逝っていろ。いずれ俺たちも逝く」


 剣を振るい部下の介錯を果たしてワハラは敵を見る。

 確かに統率を取り戻し組織だって行動を始めていた。


「生きて帰るのは骨が折れそうだ」


 苦笑し、彼は部下の尻を蹴って脱出の為に駆け出した。




 ファーズン王国に元々仕えていた者たちは長年不満を抱いていた。

 ヨシオカやその弟子たちを名乗る者たちが顔を利かせ、そしてアマクサなる者が支配するようになった。だがこの戦場に来て彼らは次から次へと斬り殺されている。指揮系統はズタズタで、総司令の地位に居るはずのアマクサなどは連絡すら届かない。


 これは好機だと彼らは判断した。


 ヨシオカの弟子たちを複数で襲い打ち殺し……そして自分たちの実権を取り戻す。

 その野望にも似た衝動に駆られ行動を起こした結果、兵の大半の指揮を担うことが出来た。


「一度後退し陣形を整える。ここまで来たのだから聖地とやらは討ち滅ぼそう。だが我々の敵は聖地にあらず! アマクサの首も取って王権の復興を果たすぞ!」

「「おおっ!」」


 ファーズン王家の復興を、王が主体の政治を望む彼らは知らない。

 その王がもうセイジュに殺され……王家が潰えていることを、だ。




(C) 甲斐八雲

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