其の拾肆
「これほどの食糧……よくも」
「あはは。自分も同じですよ」
東部の戦士団を率いて西へと向かうラインフィーラは、毎日のように食糧不足に悩まされていた。
急の動員で十分な準備が出来ていないことと、何より人の数が増える一方なのだ。
それ程に彼の声は東に響いたのだろう。
何故か誇らしく思いながらも、彼女は日々減っていく食糧問題を抱え続けた。
そこに現れたのがクックマンと名乗る奴隷商人だ。
行軍の息抜きで女遊びを求める戦士たちを狙ってかと思っていたが、彼は娼婦以上に食糧を山と抱えて現れたのだった。
喉から手が出るほどの交渉材料に、ラインフィーラは迷うことなく彼と会うことを選んだ。
奴隷商人にしては感じは悪くない。何より一番驚いたのが、
「自分はミキのお陰でここまでの商人になれた。戦う力を持っていない自分でもこうして少しは手を貸すことが出来る。それが嬉しいんですよ。あっでもあくまで商売だ。お代は頂きますがね」
隠すこともせずに本音を打ち明けた彼に、ラインフィーラは信頼を寄せた。
「私も恥ずかしながら彼に命を救われた。その恩に報いる為にもどうしても戦士たちを西へ送り届けたいと願っている。今回の申し出は有り難く受け入れましょう。もちろんお代は払いますとも」
互いに笑い打ち解け彼をつまみに話しをする。
東部の戦士団はゆっくりとだが力を蓄え西へと向かっていた。
「困りましたね」
ラーニャは我が子をあやしながら軽く頭を抱えていた。
知らない間に引き連れている仲間たちの数が増えているのだ。
どれもこれも『彼女』に恩があるらしく、勝手に加わり列を作る。
その数はラーニャですら把握できていない。
何よりこれほどの大軍を一人で操ることなどまず無理なのだ。
だが幼い我が子の力か、それとも彼女の威光なのか……仲間たちは素直に言うことを聞いて従ってくれる。
「まあ……最後はレシアさんに丸投げしましょう。きっとあの人ならこの数ぐらいどうにかするはずですから」
「あ~」
「リシャーラもそう思いますよね?」
自身の中で責任転嫁を決め、ラーニャは仲間たちに西へ向かうよう命じる。
なにぶん移動しているモノが移動しているモノだ。大きな騒ぎにならないように気を使っているが……東部の各所では『化け物の大軍が西に向かって移動して居る』という噂が広まっていた。
それでも彼らは西へと足を進めるのだ。
「速いな」
「知らないの? 狼は穴掘りが得意なのよ」
「知らないな」
「ええ。私もよ」
つまり嘘だと理解して、ミキは相手の言葉を忘れることにした。
今日も今日とてレシアがカロンを抱きしめて狼たちに指示を出している。
彼女の周りには七色の球体が数多く跳ね、頭上にはたぶんナナイロと呼んでいた個体が鎮座している。
「あれだけ見ると巫女っぽいな。ぽいか?」
「私に聞かないでよ。多分伝承の巫女様とはかけ離れすぎてる気がするわ」
「だろうな」
苦笑しミキは頭を掻いた。
とりあえず舞台を護る仕込みの方は間に合いそうだ。
問題は油と火薬。それといの一番に来ると思っていた彼が来ていないことぐらいか。
ただ来たら来たらで面倒臭いことになりそうだから……ミキは『もう少しゆっくりでも良いぞ』と心の中で思った。
「そうだ。ご主人様」
「何だそれは?」
「私の名づけ人でしょ? だからご主人様なの」
「……好きに呼べ」
クスクスと笑うマガミが甘えるように体を寄せて来る。
「うちの若い子にちょっかい掛けてる男の子が居るんだけど?」
「タインか?」
そう言えば最近は周りに居なくて助かっていたが……ちょっかいをかけている?
「何をしてるんだ?」
「ええ。まず『裸はダメだろう』って」
「それは間違って無いな」
「で、次に『名前は?』ってしつこく聞いて来るそうよ」
知らない間に色気づいたのか……まあ人を好きになるのに歳など関係無いのかもしれないが。
「名前ぐらい教えてやってもいいだろう?」
「無理ね。私たちには名前が無いから」
「……そうなのか?」
「ええ。だから名前を得た個体は、違った意味で特別なのよ」
甘い声音で擦り寄って来るマガミの顔を掴んでミキは引き剥がす。
妻の視線の前でじゃれるような愚を彼は犯したくないのだ。
「痛いわね! 少しは可愛がりなさいよ」
「俺は犬より猫の方が好きだ」
「その考えを根底から正してあげるから今夜一晩付き合いなさい」
「全力で断る」
別にそこまで猫が好きな訳でもないが、それを言い出すと目の前の狼が何をしでかすか分からないからミキは受け流した。
「で、一番の問題が」
「まだあるのか?」
「ええ。どうも名前が無いってことに気づいたらしくて、名前を付けようとしているのよ」
「そうか」
思案しミキは根本的なことに気づいた。
「それで、どの子だ?」
「……私の後ろにいたでしょう? 私に似てとっても可愛い女の子が」
「お前に似ていたのかは知らんが、小さいのは居たな」
確か何かあればレシアの後ろをついて回っていた狼だ。
マガミから巫女の傍に居ることを許されていたのだから、それなりに地位が高いのだろうか?
「妹か?」
「違う。でもそんな感じよ」
「そうか」
「私が貴方のモノになったから婆が自分の地位をあの子に継がせようと考えているのよね」
「それこそ知らんよ」
他人の相続など口も出したくないのがミキの本音だ。
「縁があれば恋愛など成就するものだ。タインがどれ程の根性を見せるか見守れば良い」
「寛容ね」
「ああ。他人事だしな」
それに何かで聞いたことがある。
『人の恋路を邪魔する者は……』と、続きが思い出せずミキは苦笑した。
ただ自分の恋路を邪魔した者は、舞台の上で斬られて死んだのだ。
多分よく無いことが起こるのだろうと。
(C) 甲斐八雲
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