其の参拾

「ミキ」

「どうした?」

「この王様からの手紙って……結局何の意味があるんですか?」


 ピラピラと紙を振って来るレシアに、ミキはぼんやりとした視線を向けた。


「意味は無いな」

「はい?」

「俺がやることを理解している彼は、ただその行為を『黙認』するだけだ」


 手紙にもそう書かれていた。


「新しく兵を差し向けて露骨な邪魔などはしない。まあこうして通常に配置されている兵は仕方ない」

「そうなんですか」


 屋敷を囲う兵の正体は、屋敷に住む者の監視であるが……その事実を知らないミキたちには、目的地を襲撃する障害でしかない。


「それでミキ? どうするんですか?」

「決まっている。俺にはお前のような歩法は使えないからな」


 軽く肩を回して彼は両手に十手を持った。


「さあ行くか」

「は~い」




「あ~!」


 屋敷の主である彼は、全く上手く行かないことに腹を立てていた。


 母親が仕掛けたはずの作戦もどうなったのか報告が来ない。故に焦り暴れる。

 手当たり次第に近くの物を蹴って、半裸姿の女性たちが恐怖に声を上げた。


 それがこの部屋では普通のことだった。ここ最近は。


「どうして兄さんはこうも愚かなことをっ!」


 暴れて八つ当たりをして……気晴らしとする。


 激しく肩を震わせてエスラーは足を止めた。

 理解が出来ない。兄であるウルラーがどうしてこうも母親に逆らい続けるのかが。

 母親と言う名の化け物であるのは彼とて理解しているはずなのに、だ。


「どうして……どうしてっ!」


 声を荒げて彼は床を踏みつけた。

 ドンドンと何度も行い……また気晴らしとした。


「そんな子供だから理解出来ないんだろう?」

「んっ?」


 聞き慣れない不躾な声にエスラーは顔を動かした。

 軽く首を鳴らすように歩いて来る青年と、その後ろをクルクルと回りながら付いて来る少女。

 不思議な組み合わせだが、やはり知らない顔だった。


「何者だ?」

「俺か? 俺の名前はミキ」

「ミキ? 知らない名前だ」

「ああ。覚えなくても良い。どうせお前はここで死ぬ」


 冷たく言い放って彼は手にする十手を構えた。


 武器らしき物を構えた相手を見てエスラーはようやく彼が襲撃者だと認識した。

 慌てて後方へと下がり辺りを見渡し声を上げる。


「だっ誰か! 賊だ!」

「ああ。とりあえず俺の行く手を遮る者は全員殴り倒して来た。まあ何人か来ても殴り倒すけどな」

「な、に?」


 信じられない相手の言葉にエスラーは心底縮み上がった。

 だがその言葉が正しいのか、どんなに声を上げても誰一人として来ない。


「信じる気になったか?」


 面倒ではあったがミキはレシアの力を使って屋敷中の者たちを殴って来た。

 逆らえばであるが……大半の者は気絶する振りを選んだ。人望の無さも極まれりといった様子だ。


 完全に怯えて逃げることを選んだエスラーは、近くに居る女たちに手を伸ばし捕まえ盾としようとする。だが伸ばした手は虚しく宙を掴む。

 先回りしたレシアが女性の手を引いて掴まれないようにしているのだ。


「情けない男だな。女を壁にして醜く逃げるか?」


 ゆっくりと追いかけるミキにただただ恐怖する王弟。

 苦もなく追いついてミキは彼の足を蹴った。


「痛いっ!」


 大きく声を上げて蹴られた足を抱えて彼は床を転がる。

 余りにも醜い姿に……ミキは嘆息し、詰めてまた蹴った。


「やめっ……やめてください!」

「王弟ともあろう者が情けなく許しを乞うか」


 見下し次いで彼の背を踏みミキは息を吐いた。


「殺すのも嫌になるほど醜いな」

「いや……殺さないで……」


 怯え切り情けない声を上げる彼の股間が濡れて行く。

 恐怖の余りに失禁し、震えながら泣きだす。


「……」


 情けない汚物を見下しミキのやる気は全くない。

 だが一度決めたことだから実行する。


「ここからは血生臭い惨劇だ。見たくない者はこの場から出て行け」


 視線を振るえ固まっている女たちに向けてミキは言葉を続ける。


「逃げ出すことでの制裁を恐れているなら問題無い。なあ王弟?」

「ひぐぅ……」

「この場に居る女たちを開放するよな?」


 背中を踏みつけてミキは彼を脅す。


「……はいっ」


 あっさりと屈してエスラーは承諾した。


「許可は出た。帰る場所がある者は帰ると良い。もし帰ることで問題が生じると言うなら……」


 と、そこでミキは一瞬言葉に困った。その場合はどうするか想定していなかった。


「将軍のイマームを尋ねろ。『ミキに言われた』と告げろ。悪いようにはしないはずだ」


 一度しか会っていないが信用に耐える人物だ。

 訪ねて来た女たちを見捨てるようなことはしないだろう。そうミキは判断した。


「だから迷わず逃げろ。どうせコイツは今から人生を終える」


 冷徹な声と構えた十手を見て……恐怖に震える女たちは頷き合うと、手を取り合って逃げ出す。

 何人かまだ捕らわれている女たちの元へと向かうが、先んじて動いていたレシアが開放しており、合流して逃げ出して行く。


 その背中を見送り……ミキは改めて王弟に目を向けた。


「これがお前の全てだ。本当に薄っぺらでつまらないな」

「いや……死にたくない」

「ダメだ」


 十手を振り上げてミキは構えた。


「恨むなら母親を恨め。"王"の子を産んだ母親をな」




(C) 甲斐八雲

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