其の拾漆

「にゃは~」

「お姉ちゃん。後ろ後ろ」

「なっほ~!」


 レシアがしゃがむと同時に、ブンと彼女の頭のあった位置に木の棒が振り下ろされる。

 間一髪で回避しながらもレシアと少女の逃亡は継続中だ。


 子供を抱えるハンデを背負いながらもレシアが逃げ続けられるのは、彼女を取り巻く"自然"が無条件で協力してくれるからだ。

 突然の突風で砂が巻き上がったり、突然ラクダが顔を出したり、突然水を貯めてある瓶が割れて道がぬかるんだりと……行く先々で何かしらの妨害を受ける男たちは、獲物である少女を抱く彼女を捕まえられずに居る。


 と、今度は迷いラクダがレシアが通り過ぎた道を塞ぐように寝転がる。


「何なんだ一体!」


 悪態を吐いてはラクダを避けてまた走り出す。

 追いついたと思えば交わされて邪魔を受ける。その繰り返しで未だ捕まえられない。


 何より男たちには焦りがあった。

 今居る場所は王城に近く治安の良い場所の部類だ。巡回する衛兵の数も多い。

 それらの者と遭遇し、仮に捕らわれるような事態にでもなれば大事だ。


 先頭を行く男がレシアに向かい手を伸ばす。と、少女の声だけで反応してクルッと回転した女性の肩を掴めず虚しく空を切る。

 これの繰り返しだ。本当にこのままでは捕まえることが出来ない。


 衛兵と出くわす恐怖と同時に任務に失敗した末路を思うと……男たちに後は無い。

 先頭を行く男は仲間たちに目配せし、最終手段を使うことにする。


 懐からナイフを取り出し……走りながらそれを構える。万が一少女に当たれば厄介だが、このまま逃げられてしまう方がもっと面倒だ。

 覚悟を決めてナイフを放とうとした時、走っていた女性がその足を緩めた。


「もう無理です。何か出そうです……」

「お姉ちゃん。後ろ後ろ!」

「無理ですって……」


 絶好の機会だ。

 少女を抱え今まで走っていた女性の体力にも驚きだが、それでもやはり女性だ。

 肩で息をして全身を汗で濡らす彼女は、護るように少女を抱いて男たちを見た。


「後は頼みます……よ」

「くぅけ~!」


 女性の声をかき消すかのような鳴き声。

 不意に飛んで来た球体に男たちは散開して回避する。


 ぺちょっと……地面と激突したそれは、七色の何かを地面に広げて止まった。


「勝手に出歩くな馬鹿が」

「ひど……い」


 腕を組み、やる気の無さそうな自然体で歩いて来る青年に対し男たちは自然と身構えた。

 誰もがそれなりに腕に自信のある者たちだ。だから余計に相手の力量を察してしまった。

 ただ『強い』と。


 軽く首を鳴らし青年……ミキはレシアたちの元まで来る。


「で、何がどうした?」

「知りません。この子が……追われてたから……」

「それだけの理由で人助けをするな」

「……ミキ?」


 自分の行いを否定されてレシアが頬を膨らませる。

 ため息一つ吐いて……ミキはレシアの頭を撫でた。


「俺の目に入る範囲でやれ。心配で気が狂いそうだ」

「……ごめんなさい」


 素直に謝ったから彼は今回のことを許した。

 何より彼女の性格は理解している。優しくて子供などには基本甘い。

 だからこそ反射的に助けてしまったのだろう。


「さて……お前らにはお引き取り願おうか? 出来たら穏便に済ませたい」

「断る。穏便に済ませたいのはこちらも同じだが、我々はその少女に用がある」


 問答無用で襲いかかって来ずに話し合いに応じた相手に……ミキはクスリと笑った。


「諦めろ。俺の連れが護る少女だ。俺はコイツの全てを護ると決めている」

「なら仕方ない」


 男たちがナイフを取り出し構えるのを見て、ミキは沸き上がる感情を押さえるので苦労した。


「衛兵が来る前に逃げさせて貰う」

「奇遇だな。俺も同じことを考えていた」


 敵の数は十人程度。だが君はレシアと少女を護る為に不利が生じる。

 足でレシアを物陰に追いやりつつも、巧みな連携で相手が殺到して来る。防戦一方だがミキは両手に十手を持って相手の攻撃をさばき続ける。


「攻め手に欠けるな」


 獲物が十手だけと言うこともあり、相手の攻撃をさばけても一撃に掛ける現状にミキは舌打ちをする。

 チラリと視線を向けると……復活した球体がコソコソと逃げ出すようにミキに背を向け歩いていた。

 イラッとした感情を抱いたミキは、足元の石を蹴って球体に一撃を加えておいた。


「ミキミキミキ」

「どうした?」

「鳥さんがまた良からぬことを考えてます」


 レシアの指摘にビクッとした球体が、小さく羽を振って『違いますよ』と言いたそうな目を向けて来た。


「後で新しくキツイ香草を探すか」

「けぇっこぉ~!」


 球体の絶叫が響きながらもミキの体捌きは止まらない。

 相手を圧倒し、前に出過ぎることに気を付けながらも十手を振るう。

 だが現状は千日手だ。相手も攻めきれずに別の方法を考え出している様子が伺える。


「仕方あるまい。各々……当てるなよ!」


 数歩下がってナイフを構えた男たちの様子にミキはニヤリと笑う。

 一本二本は回避できても十本も飛んで来るナイフを叩き落すことは難しい。


 だが別の方法があれば話は変わる。

 両手を軽く開くように構えたミキは、待った。


「うぎゃー!」

「何だ!」


 後方に居た男が声を上げて地面に伏す。反応した男たちは振り返り絶望を見た。


 千人斬りが……アフリズム最強の男がそこに居たのだ。




(C) 甲斐八雲

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