其の参拾伍
「あとはいつも通り言い争いになって……何故かレジックに懐かれたアイツが群れを引き連れてお前たちを探しに行ったんだよ」
「そうか」
「あれです。ミキはもっとこう……感情を表に出すべきです。折角治して貰ったのに『こんな物か』とか失礼です」
「お前みたいに傷口一つ治されて泣いて喜ぶほど頭の中身が軽く無いんでな」
「……あれ? 今絶対悪いことを言われましたよね? ミキ~」
怒って追い駆けて来た彼女をひらりと交わしてミキはやり過ごす。
木の幹に手を掛けてクルッと回って戻って来る彼女を見て、無駄に身体能力の高い相手と鬼ごっこはするものでは無いなと理解した。
「あまり騒ぐな。カロンが起きたらどうする?」
「……もう!」
ディッグの背中でぐっすりと寝ている少女が起きる様子など微塵も無い。
それでも寝ていて欲しいと思うレシアは渋々彼の言葉に従った。
「これだけ騒いでいても起きんのだから平気だろうがな」
「だろうな。でも折角寝ているんだ……起こすのは気が引ける」
ディッグは肩越しに列の一番後ろを歩く彼を見た。
厳しい現実を口にする割にはこう言った優しさを見せる不思議な青年だ。
今だって生き残ったグリラが襲ってくるかもしれないと一番後ろで警戒している。
彼がそこを護っているから……ディッグたちは前だけ見て歩いていられるのだ。
「レジックとは不思議な鳥だったのだな」
「そうだな。たぶんコイツ等は神格を帯びるまで成長する化け物なのだろう。普通の生き物とは気配も違うしな」
「なら化け物と呼ぶのは失礼じゃ無いのか?」
「……人間って言うのは、自分の物差しで測れないモノは"化け物"と呼ぶんだ。そう人から呼ばれる"人間"を俺は知っているよ」
「そうだな」
言葉が重かった。
まるで自分と歳が近い熟練した狩人にでも諭された様な……。
「元気でね~」
先頭を行くレシアが足を止めて手を振っている。
またレジックが転がる様にして何処かへ行ったのだろう。
彼らもまた自分たちの住処へと戻って行く。
今日この近辺に暮らすグリラの数が激減したから、近いうちに新しい餌場を求めて移動するのかもしれない。それはあの鳥が決めることだ。
「レジックの居る所にグリラが居るのでは無くて、グリラの居る所にレジックが来るんだな」
「そうなるな。だがレジックはどうして今日、あれを襲ったんだ?」
その問いにミキは苦笑するしかない。
「どっかの誰かが全て殺そうとしたからだろう。自分たちの餌が無くなる前に食べてしまおうと行動したんだ」
「儂が仕留めたのは数匹だぞ」
「そうか」
「……」
ミキはそれ以上何も言わなかったが、ディッグはそれを悟った。
群れのグリラが全く自分たちの方に向かい来なかった理由。つまりそれは、彼が一人で足止めしていたからに過ぎない。五、六十以上は居たと思われるグリラの群れをたった一人で……だ。
「どうやら儂らはお前に命を拾われたようだな」
「拾ったつもりは無いよ」
「そういう所が好きになれん。こんな時は恩の一つでも売っておけ。そうしないと……恩を受けた者は何をどう返せば良いのか分からずに困る」
「そうか」
言われて少し悩んだミキは、前を行く彼女を見て笑った。
「なら今夜はとりあえず肉料理だな」
「ミキ~。大好きです~」
輝かんばかりの笑みを見せて喜ぶ彼女にミキとディッグは苦笑する。
先に気持ちを入れ替えたのは老人の方だった。
「……飯なら腹いっぱい食えば良い。きっと今夜はグリラが居なくなったと云う事で村をあげての祭りだろうからな」
「そうか」
「だから儂らの恩返しは……そうだな」
立ち止まった老人はゆっくりとその顔を向けて来た。
「何か困ったことがあったら必ず呼べ。この年寄りの命をくれてやるわ」
真剣な眼差しで告げる相手の意思は固そうだ。
本当に年寄りは頑固で困るとミキは内心笑いながら、その顔には苦笑を浮かべた。
「……それまでカロンの良いお爺ちゃんをしていろ」
「分かっておるわ」
「困ったら呼ぶさ。だからせいぜい長生きしててくれよな」
「分かっている」
一度少女を背負い直した老人は、その視線を自身の背後に向けた。
薄っすらと目を開いて狸寝入りをしている少女に気づいていたが、今はまだ眠ったままということで扱うと決めていた。
「儂は娘より先に死ぬ気はない。だから長生きして……娘から『早く死んで』って言われるまで生きてやるさ」
「困った爺だな。そんなことを言っていると娘に愛想を尽かされるぞ?」
止めていた足を動かしミキは、そっと少女の頭を撫でて先に進む。
『今夜はお肉~』と騒いで足元のレジックを手当たり次第投げている馬鹿を止めるためだ。
ディッグもまた足を動かし村へと向かう。
「お爺ちゃん」
「……何だ?」
「わたしより先に死んだら嫌だからね」
「分かっておる」
それは彼が一番恐れていた未来を受け入れる覚悟の言葉。
彼は決めたのだ。出来ることなら共に逝きたいと。
ギュッと背後からその首に抱き付いたカロンは……口を開く前から恥ずかしさの余り顔を紅くしていた。
「何だ?」
「うん。お爺ちゃん……大好き」
「……恥ずかしいこと言うな」
その顔を嬉しさの余りクシャクシャにして……彼は娘を背負い歩き続けた。
(C) 甲斐八雲
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