其の捌
「楽は楽だが」
「何か問題でもあるんですか?」
「……知らない人に見られたら、俺たちはコイツに攫われている様に見えるんじゃないのか?」
「大丈夫です。こんなに良い子なんですから」
顔に抱き付き、レシアは巨人が良い子だとアピールして来る。
それを肩の上で起用に座って居るミキは、呆れながら見つめる。
人を二人肩に乗せ、荷物を背負い道なき道を行く巨人。
その足元にはたまに大型の肉食獣が姿を見せるが、どれも襲って来ることも無い。様子を窺うだけで巨人を恐れて逃げていく。
彼女が言った通り、無事に森の中を移動することが出来ている。
「それよりミキ」
「ん」
「あの商人さんたちにお別れをしなくても良かったのですか?」
「それか」
何となく空を見上げ、彼は言葉を繋いだ。
「別れの挨拶って好きじゃ無いんだよ。丁寧な別れの挨拶とかすると、それ以降会えないんじゃ無いのかって思ってしまうんだ」
「そうなんですか?」
「ああ。"今生の別れ"ってのがあってな……今生きている間には会えない覚悟でする別れのことなんだけど。どうもそれを連想して嫌になるんだ」
「だから別れの挨拶をしないんですか?」
「皆に対してってことでも無いさ。しないと後で会ったら煩そうな人には挨拶をする」
「あの闘技場の老人さんたちみたいにですか?」
「事実だが年寄り扱いするな。そっちの方がもっと煩そうだ」
器用に巨人の頭から離れてレシアは彼の背後から抱き付いて来た。
一瞬バランスを崩し掛けたが、サッと動いた巨人の肩のおかげで転落は免れる。
本当に器用な物だな……と、こちらに視線も向けずにやってのける巨人にミキは恐れを抱いた。
正直正面から戦っても勝てないだろう。義父殿なら互角ぐらいか?
ただ負けず嫌いな義父のことだから、自分では思いつかないような戦い方で勝つかもしれないが。
「ミキ」
「ん」
「このまま行けばこの子の仲間たちに出会えるのですか?」
「たぶんな」
「でも……」
「ああ。全てが無事という約束は出来ない。何せあの峠はもう何度も戦いの場となっているからな」
「そうですよね」
ギュッと強く抱き付き……レシアはフルフルと震えていた。
自由奔放だが、レシアは根本的に優しくて良い子なのだ。
それだけに悲しんでいることぐらい理解出来る。
そっと手を伸ばし彼女の頬を優しく撫でる。
甘えるようにレシアはその手に頬を擦り付けて来た。
「日が沈む前に休める場所を探して食事を済ませて寝る支度をしよう」
「もうですか?」
「日は沈み出せばあっと言う間だ。それにずっと荷物を抱えて歩いているコイツも大変だろう?」
「分かりました。そう伝えます」
フワッと離れてレシアは巨人の顔を覗き込む。
歩いている相手の目の前に顔を突き出す行為はどうかとも思うが……まあ転ぶこと無く歩いているから平気なのだろう。
ただしミキが苦労するのはこれからであった。
「忘れてたな」
「ですね」
焚火に薪をくべながら、レシアは気楽に答えた。
そんな相手の様子にうんざりした様子でミキは抜き身の刀を払う。
もう何頭斬り捨てたかは数えていない。ただようやく巨人が戻って来たから肉食獣たちは一斉に逃げ出した。
今日の宿泊地としてちょっとした開けた場所で降りた二人だが、それからが大変だった。
巨人とて生きている以上、食事もするし排泄もする。
二人の元から離れてそれを済ませに行っている間に、巨人を恐れていた肉食獣たちが一斉に襲いかかって来たのだ。
レシアの力で説得をと思ったが、動きが早いのと明確な"ボス"が発見できないので、一匹ずつ説得しなければいけないのだ。正直無理だと判断してミキは刀を抜いた。
便利な力ではあるが、やはり使う上で制限があることが理解出来て……ミキは良しとした。
知らない方がいざと云う時に窮地に陥るかもしれないからだ。
ミキが一人で相手をしている中、レシアは簡易用の天幕を作り火を起こす。
食事の支度まで進めるものだから、その匂いに獣たちがこれでもかと集まって来るのだ。
それでも襲いかかって来るのだけを斬り捨てていたら……どうにか終わりが見えたと言う訳だ。
ただ自分が捕まえたのであろう獣と、ミキが斬り捨てた獣を見た巨人は……ジッとレシアの方を見つめている。
「ミキ」
「ん」
「そこのお肉は食べて良いのかと」
「構わんがお前の踊りが終わってからにして貰え。あと食べるならこっちに背を向けて食べる様にと」
「は~い。分かりました」
巨人を見つめてしばらく動きを止めた彼女は、ぴょんと動き出して軽やかに踊りを奉げた。
肉食獣などは肉が硬く臭みがあるからそれ程食されはしないが、旅の途中で食す者も居る。
それを知るミキだから少しぐらい食べてみるかとも思ったが……まあ鎮魂の踊りを奉げた相手を食べるのは気が引けるから我慢することとする。
「ミキミキ」
「ん」
「これって食べられるんですか?」
「……食えなくは無いけど」
「なら少し食べてみたいです」
彼の我慢を知らずに、彼女は純粋な気持ちでそう言って来た。
「今、鎮魂の踊りを奉げた相手を食うのか?」
「はい。魂が抜ければそれはもうただのお肉です。なら食べてあげるのも自然の行為です。それにミキは料理されたお肉にまで魂が宿っているとか考えますか?」
「いやそこまで考えたら何も食べられないな」
「そうです。だったら自然に還してあげる行為が正しいんです」
「腹が減ってるからそんなこと言ってるんじゃないよな?」
「ミキ。少しは私だって物を考えて話します」
その言葉が疑わしいから質問したのだと……出かけた言葉を飲み込むのが彼の優しさだった。
(C) 甲斐八雲
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます