其の参

「ミキ!」

「来いよ」

「ふっふっふっ」

「表情が怖いぞ?」

「覚悟~!」


 真っ直ぐ跳びかかって来た相手を体捌きだけで回避する。

 だが慌てることなくレシアの足は地面を踏んで立ち止まった。

 天賦の才能と言う物だろう。信じられないほどのバランス感覚だ。


 適当に腕を振り回して攻撃して来る彼女の腕を優しく払い除ける。

 どんなに才能に溢れていても……実戦の経験が無いレシアの動きは無茶苦茶だ。


「どうした?」

「まだまだです!」


 二人はまた抱き付かんばかりの距離で争い出す。

 その様子をジッと一つ目の巨人が二人を見下ろしている。

 いつも通り地面に座ってどこを見ているのか分からない視線だが。




 ミキはいつも訪れる度に疑問に思っていた。

 巨人は……食事も排泄も無いのだろうか?

 その疑問をレシアに問い合わせると、彼女はキョトンとした様子で答えた。


『おかしなことを言わないでください。彼は私たちが居ない時に食事とかしているんです。地面を見てください。座り直した跡があります』


 言われて確認すると確かにそうだった。

 自分もまだまだ現状の把握が甘いことを知った。




 単調な攻撃となっていたので、ついミキは余計なことを考えていた。

 何故か泣きそうな顔で突撃を繰り返すレシアが段々と可哀想になって来る。

 良く良く思い出せば……彼女は別に武術を学ぼうとした訳では無い。


 彼は巨人が隠れている場所が人の来ない森の奥深い所だから、そこで刀を振って鍛練をしていただけだ。それを見ていたレシアが『私も一緒に!』と騒ぎ出したのだ。

 鍛練を踊りの練習の様に思い込んでいる彼女らしい申し出だった。


 だからつい興味を覚えたのだ。

『天才的な踊りの素質を持つ彼女と戦ってみたら何か得られるのでは?』と。


 得た物はあった。経験の大切さをだ。

 どんなに動けても経験が無ければ相手に攻撃が当たりもしない。

 これからの日々の鍛錬はその部分も含めてより実戦的にした方が良い。

 つまり常に相手を斬ることを念頭に……


「ますます舞台に上がれないな」

「むにゃ~っ!」


 涙を溢して腕を振って来るその様子は完全に自棄だ。折角の動きが本当に台無しだ。

 ミキは口元に笑みを浮かべると、相手の手を取って抱きしめる。

 突然のことで驚いたレシアは、彼の腕の中で緊張からビクッと体を震わせた。


「あわわ……どうしたんですかミキ?」

「お前。頭に血が上っているぞ」

「ふにゃ?」

「いつもの踊りの時の様な足捌きを見せろよ」

「……は~い」


 そっと背伸びをして唇にキスをして、彼女はミキの元から離れる。

 数歩下がって軽くスカートの裾を掴んで一礼し、レシアは軽くその場で一度跳ねた。


 空気が変わった。


 そうミキが感じた瞬間……相手が自分の懐に入り込んでいた。

 見えなかった。感じられなかった。

 シャーマン独特の歩行で意識の外から距離を詰めたのだろう。

 目で見ていても相手が見れないなら回避のしようが無い。


 ポンポンと彼の胸を叩いてレシアはまた離れる。

 叩かれたのは左胸だ。仮にナイフでも持っていたら今ので終わっていた。


「ミキ? 今度はミキの動きが硬いですよ?」

「そうだな。少し面食らっただけだ」


 離れたレシアに向かい、彼は歩を進め距離を詰める。

 クスクスと笑った少女は、宙を舞う木の葉や蝶の様にひらひらと動いてかわす。暖簾に手押しと言う物だ。

 体術の類は全くと言って良いほど鍛錬していないミキだが、体捌きを覚える都合……今度からは少し学ぶことも大切だと思い知らされた。


「ん~。楽しいですね」

「そうだな」


 相手を捕まえようとミキは手を伸ばす。

 レシアは軽い足取りでその全てから逃れて行く。


 最初の時とは動きが違う。

 本当に踊りの様な動き……いや実際に踊っているのだ。

 楽しく踊っているからこそ彼女の動きがどんどん良くなって行く。

 それに合わせて動くミキの体も普段以上の速度を見せる。


「うふふ。こっちですよミキ~」

「……少しイラッとするな」

「ほらほら~」


 幾度手を伸ばしても逃れる。

 足を引っかけ転ばせようとしても軽い足取りでその攻撃を避ける。

 近づいた瞬間を狙い抱き付こうとしてもクルッと回って回避する。

 絶好調なレシアはかなり厄介な様だ。


 捕まえようとするミキと、逃れようとするレシアの攻防はしばらく続いた。

 それは傍から見て……二人で踊っている様にしか見えなかった。

 だがその踊りを見ているのは一つ目の巨人だけだった。




「ミキ~」

「ん」

「今日は凄く楽しかったです。もし良ければまた一緒に踊ってください」


 腕に抱き付き、スリスリと頬を擦り付けて来る彼女は本当に満足そうだ。

 かく言うミキもこの世界に来て、初めて体験する充実な時だった。

 本気で踊るレシアは捕まえることが出来なかった。

 最初のぎこちない動きは、攻撃することを考えるあまり動きが硬くなっていたのだろう。


 そっと隣で甘えている彼女の頭に顔を寄せる。

 触れる柔らかな髪からは花の匂いがする。


「何ですか?」

「……少し汗臭いな」

「もう! 天幕に戻って湯浴びをします!」

「そうだな」


 怒った様子でプリプリと頬を膨らませる相手が可愛い。


「なら一緒に浴びるか?」

「ふへっ?」


 ピタッと動きが止まる。


「にゃにゃにゃ~!」


 一気に顔を真っ赤にさせて彼女は吠えた。




(C) 甲斐八雲

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