其の拾漆

『本当にこれ以上、問題を起こしてくれるなよ』


 寝て起きて食堂に朝食へ向かうと、街の顔役から何かしらの話が回って来たのか……青筋を立てたクックマンにそう言われミキは自重することにした。

 明日にはググランゼラに向かい旅立つのだ。これ以上街中で騒ぐ必要も無いと、ミキは朝から宿屋の食堂でのんびりすることに決める。


 ただ黙って座って居ると言う言葉を知らないレシアは、食堂の中でクルクルと踊っていた。

 テーブルに頬杖を突いてそれを眺めているだけでも時間は過ぎて行くものだ。ある意味贅沢な時間を過ごし……ぼんやり微睡んでいると、不意に踊りを止めたレシアが駆け寄りその身を寄せて来た。


 手を伸ばし頭を撫でてやるが、彼女は緊張した面持ちで食堂の入り口を見ている。


「来たか」


 ポツリと呟いてミキは出迎える様に椅子に座り直した。

 開いた扉……入って来たのは、あの時会った男だ。


「懲りないね」

「……」


 軽口一つ飛ばしてみるが、相手はその言葉を無視してミキと反対側の椅子に座る。

 背後から抱き付き低く唸っている彼女は……何を考えての行動か考えるだけ疲れそうだからミキは考えなかった。


「どうしても譲って欲しい」

「断るよ」

「どうしてもか?」

「他所をあたってくれ」

「交渉の余地は?」

「今の所……無いな」


 素っ気なく返事をして相手の出方を窺う。

『問題を起こそうとしているのは相手なのだから、商人の言葉に従わなかった訳では無い』などと心の中で適当な言い訳を考えつつ、ミキは何かあったら刀を抜く気でいた。


 正直追いかけて来られるのも厄介だ。何よりクックマンの我慢を越えたら旅の足が無くなる。

 他の商隊の護衛をしながらでも良いが、一つ目の巨人という心残りが生じてしまう。


 殺さない程度に斬る。


 出来なくは無いが……言葉を介されると厄介なので口を塞がなければならない。


 男は深くため息を吐き出すと、腰かけていた椅子から立ち上がった。


「邪魔をしたな」

「……諦めてくれるのか?」

「どうしても得たいが、得るために失う損失の方が大きそうだからな」


 刀を見、そして彼はミキを見た。

 若い青年にしか見えないが、前日のあの立ち回りからして相当の使い手だと分かっている。

 何より本当に"近衛兵"にでも動かれたら面倒なことになってしまう。


「売る気になったら声を掛けて欲しい」

「……どこの誰に言えば良い?」

「イットーンで、『ハインハル王国近衛騎士クーゼラ』と言えば会えるよう手配しておこう」


 その言葉を残して男……クーゼラは出て行った。

 しばらく外の様子を窺っていたレシアは、解放された様子で大きく背伸びをしてから、改めて彼の首に抱き付いた。


「嫌な空気を纏った人でした」

「そうか」

「みんなミキみたいな空気を纏って居れば良いのに」


 頬にキスをして怒った様子で厨房の方へと歩いて行く。

 怒りを鎮めるために食事でも貰いに行ったのだろう。


 それよりもだ。


 彼は腕を組んで目を閉じた。

 情報が足らなかったとはいえとんだ計算違いをしていた。

 いや途中までは合っていたはずだ。間違っていた部分、それは……


「第三勢力か。どっちが仕掛けたかは知らないが、アーチッンとイットーンを中心に独立だと?」


 自虐的に笑う。正直『無理な話だ』と。


 独立を求める者たちがどれほどの兵を集められるのか?

 それ以上に……一般人の気持ちをどう懐柔し支配して行くのか?

 余程の旗印でもあれば可能だろうが、流石にそんな噂話も聞いたことが無い。


『ならどうしてシャーマンを求める?』


 それが思考に一部分に棘となって刺さっていた。

 シャーマンを旗印に独立したところで……両手に果物を抱えナイフを咥えて歩いて来る彼女ばかを見て、夢も希望も抱くことが出来ない。


『ならばどうして?』


 ミキは急ぎ立ち上がり、まず彼女の口からナイフを奪うと……拳骨を一発、相手の頭に落とした。




 アーチッンを北に出て内陸部へと進んで行く。


 先日の立ち回りが噂となってしまっているせいで、その話を聞きたくてしょうがなさそうな新人護衛から逃れる様に、ミキとレシアはいつも通りクックマンの荷馬車に乗り静かにしていた。

 追っ手は……見える範囲で見つからない。

 そう思っていたら翌日、数人の男が追い駆けて来た。クックマンがイットーンに走らせた護衛だ。


『イットーン陥落』


 興奮気味に語る護衛の話に、周りで聞いていたクックマンの部下たちが騒ぎ出す。

 街に入ったブライドンの兵たちによって、イットーンの兵たちは瞬く間に無力化されたらしい。呆気無いほど簡単に街はその掲げる旗が入れ替わったそうだ。


 あのまま自分たちもあの街に居たらどうなっていたのか……それに気づいて、いち早く移動を命じた主の判断に感謝している様子だ。

 特にミキはその様子を見てて何とも思わない。


 彼は自分の行為を、『ただ考えて教えただけ』と言う認識でしか捉えていないだ。その気になれば仕官口などいくらでもありそうなほどの知略があってもだ。

 ただミキは話を聞きながら、何とも言えないざわめきを感じていた。


『本当にこのまま独立までするのか?』


 小国の部類に入るハインハルとブライドンだが、でもそれぞれの王都では兵を抱えている。

 それらが動けば……流石に勝つことも難しいはずなのだ。




(C) 甲斐八雲

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