其の拾伍
ミキの正直な気持ちとしては『遅かったな』と言う物だった。
もう少し早くに仕掛けて来るかとも思ったが、こちらも旧王城を見に行ったりしていたから、相手も探して回っていたのかもしれない。
少しだけ罪悪感を感じたが、上機嫌なレシアの機嫌を損ねるのはいただけない。
だから最初から考えていた対処法で対応したのだが……どうやら自分は少し気が立っていたらしい。投げつけるとは。
やってしまったことは仕方ない。
彼は自己判断を終えた。
顔面に小袋を喰らった男は蹲っている。
その様子に部下らしい男たちが、呆気に取られてから思い出したかのように慌てふためいた。
「何しやがる!」
「済まん。手が滑った」
「手が滑って顔面に投げるのか!」
「余りにも汚い顔だったんでな。……済まん。今のは口が滑った」
交渉の余地なしと男たちは腰に下げている武器を抜く。
「素直にその女を渡せ!」
「……本当につまらん。それでお前たちはいくらで雇われた?」
「うるせえよ!」
「どうせ小銭だろ? 俺に喧嘩を売って女を奪えれば良し。失敗したら武器を持って暴れる俺を、巡回している兵が捕らえるから心配するなとか言われたんだろ?」
「……」
ギョッとした表情で自分を見た男たちの態度で、ミキは考えが正しかったと理解出来る。
「ならその金を持って逃げておけ。どうせ俺のことなど説明を受けて無いんだろ?」
「うるせえよ! 黙ってその女を渡せ!」
図星を突かれて慌てた様子の代表格の男は、剣先をミキに向けて吠える。
その構えからして素人っぽさしか感じない。若いのに遊ぶ金欲しさにこんな仕事を受けた馬鹿共なんだろうと良く解った。
「俺は舞台上がりの解放奴隷だ。この意味は分かるよな?」
「舞台……」
代表格の男は一歩後ずさり二歩目を耐えた。だが残りの三人は、怯えた様子で数歩後ずさる。
『舞台上がりの解放奴隷』
闘技場の舞台で生き残り、自分自身を買い取った者のみが名乗ることが出来る。
厳密に言えばミキは奴隷では無かったからそれに該当しない。ただの張ったりだ。
「戦うと言うなら手加減はしない。どうする?」
「……」
レシアの肩を抱いてミキは一歩前に出た。男たちは恐怖し……数歩後退した。
と、ミキは少女の手を握り一気に走り出した。
引き摺られるように動き出したレシアも必死に足を動かしついて来る。
「失礼」
「……待てよ!」
突然のことで身動きが出来なかった男たちは、そこでようやく気付いた。
相手が戦う気が無くて最初から逃げることを考えていた事実を。
だが追おうとした代表格の男は直ぐに動けなかった。
足元に転がる小袋の存在を無視出来なかったのだ。
急いで堅結びで縛られている口を開いて中身を取り出す。本当に小銭が詰まっていた。
ただし……現在使われていない滅びた王国の銅貨が。
「待てよ! ぶっ殺してやる!」
男たちは目の色を変えて逃げる二人の後を追った。
雑用係で体力に自信のあるミキは、走り続けることなど苦でも無い。
ただ踊ったばかりのレシアは違った。
少し走ったところで、息を切らして苦しそうにしている。
「悪いレシア。もう少しだけ頑張れ」
「ダメです。もう無理です……」
「後でいっぱい頭を撫でてやるから」
「……ミキの胸に……頬をスリスリしても……良いですか?」
「部屋でやるなら」
少女は残った力を絞り出して震える足を動かした。
底力を見せる相手に小さく笑い……ミキは街の大通りへと進行方向を向ける。
後ろからは抜き身の剣を振り回し各々叫んでいる男たちが迫る。
頑張ってはいるがレシアはもう限界だ。
ミキは足を止めて少女を抱きしめて、そして叫んだ。
「喧嘩だ! 喧嘩だ!」
この世界の人間は、基本娯楽に飢えている。だからこそ血生臭い闘技場での興行が成立するのだ。
アーチッンの街の近くにも闘技場が存在している。つまりその場所に近い所に住む人々は、喧嘩や血生臭い物に関しては抗体がある。むしろ好んで見たがるほどにだ。
ミキの上げた声に街の人たちの反応は簡単だった。
『喧嘩=娯楽』
だけに足を止めたミキたちを見ようと、街の人々が集まる。
追って来た男たちの退路を断つかのように集まった人たちが壁を作る。
一般人で包囲される空間が簡単に出来上がった。
思いもしていなかった展開に男たちは慌てた様子で辺りを見渡す。
自分たちに銭を掴ませた相手を探しているのだろうと、あたりを付けてミキはレシアを離した。
腰の刀を二度三度叩く。
「これは使わないでやる。さっさと掛かって来いよ」
「……何だと?」
声量を上げて、この場に居る者たちに聞こえるようにミキは説明する。
「俺が刃物を使うと喜んで出て来る巡回の兵が居るんだろ? だったら使わないでやる。まあこれだけの騒ぎになってまだ巡回の兵が来ないこと自体おかしいけどな!」
その言葉に周りで見ている街の者たちがざわざわと騒ぎ出す。
わなわなと震えた代表格の男は……覚悟を決めて剣を振りかぶった。
「女を渡せ! さもないと殺すぞ!」
「悪いな。惚れた女を手放すほど、俺は落ちぶれていない」
キャーっと周りの女たちが騒いだ。ケッと男たちが悪態をついた。
だが街の人たちは完全に見入って居る。それだけに外部の者が悪さ出来ない環境は整った。
ミキはそっと後ろ腰に手を回してそれを掴む。
と、男が振り上げていた剣を……ミキの脳天目掛けて振り下ろした。
(C) 甲斐八雲
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