3.3.42 西方軍ノ決戦(4)

――同日 西方軍 シュナイト・第一王女連合軍 vs ミハエラ中将

――右翼 エキドナ大佐本陣(騎馬隊)


ロイ少将の策略によりエキドナ大佐の騎馬隊は敵槍歩兵に囲まれていた。


副官は悲痛な声でエキドナ大佐に状況を伝える。

「敵の槍歩兵が一気に包囲網を狭めています。我が騎兵隊は旋回しながら槍を防いでいますが、足を止めた騎馬から倒されています」


エキドナ大佐は敵の槍を巧みに避けながら副官に叫ぶ。

「ちっ、敵の罠にまんまとはまるとは情けない。どこか抜け道はないか?」


副官は馬上に立ちあがり周囲を見渡すと、

「敵の槍が柵のように我が軍を囲んでおります。綻びはございません……あっ、北側の包囲網の外側から土埃が見えてます。おそらく少数の部隊が包囲網に近づいているようです。味方だと良いのですが」

と言いながら、北側の包囲網を指さす。副官が見つけた部隊は後背から槍歩兵をなぎ倒し、包囲網にわずかな綻びが広がり始めた。


「……オルガの部隊だ。オルガと副官は見当たらないが、角の生えた魔人の胸に刻まれた紋様に見覚えがある。よし、我々も内側から突撃して道を開くぞ」

エキドナ大佐の騎馬隊がわずかな綻びに突撃し、内側からこじ開け、包囲網を抜ける道を作る。そこから次々を味方の騎馬隊が外へと脱出を始めた。


キリルとイゴールおよび巨碧人オルムスたちは道が塞がらないように、両脇から迫る槍歩兵を押し留める。キリルとイゴールは六本の腕に斧や棍棒を握りしめ、まるで草を刈るように敵兵を薙ぎ払う。その様子は敵、味方双方を驚愕させた。


――右翼 オルガ大尉 vs ロイ少将


オルガとロイ少将は決闘の最中だ。ロイ少将は両手に幻影魔法で投影した小刀、オルガは剣で馬を交差させながら戦う。


「少将殿、本気を見せてくれないか?それだけしか幻影魔法が使えないのか」

小刀を構えて距離を取りながら戦うロイ少将にオルガは呆れたように問いかける。


「俺は家柄だけで剣術は目の前の中尉殿と同程度だ。大口叩くところも似ているな。似た者同士とということで、この辺で終わりにしないか?」

ロイ少将は嫌味を言いながら、休戦をオルガに提案した。


「ほざけ、その余裕に満ちた顔をこわばらせてやる」

オルガは馬上から飛び上がり、ロイ少将に斬りかかる。


「戦闘狂は煽りに乗りやすくて楽だな。‟風竜の絶対領域サンクチュアリ・オブ・ウィンドドラゴン”」

ロイ少将の周囲に無数の藍色の鱗が刃のように空中に現れる。そして、彼を包み込むように風が吹き荒れ、鱗刃が高速に舞う。オルガは剣を構えたままその中へと吸い込まれていく。


いつもなら敵は鱗刃に体を切り刻まれて血にまみれて地面へと転がる。しかし、今回は、「ゴツン」と鈍い音と共にロイ少将が馬上から転げ落ちる。風が止むとそこには神威‟狂戦士”に変身したオルガが現れた。


「なんだ、その恰好は……お前は同族か?神威への覚醒は宗家か分家の血筋の者に限られるはずだ。敵国で使えるものがいるとは信じがたいな」

オルガは狼狽するロイ少将へと手刀で斬りかかる。彼は素早く後ろに退くと幻影魔法で装備を展開した。生体防具のように鱗を全身に纏い、竜の牙のような短剣を両手に握りしめる。


「……羽は生えていないが、彼女ベロニカに似てるな」

ジレンがつぶやくよりも早く、ロイ少将はオルガに攻撃を仕掛ける。彼の動きは素早すぎてジレンには目で追うことができないが、彼女は‟浮遊盾”と手刀で攻撃を防ぎながら反撃を行う。ジレンは二人の剣戟にしばし見惚れていた。


《ジレンさん、オルガ姉さん、敵の西方軍は全面降伏しました。僕らの勝利です》

カロルから念話が入る。おそらく飛竜に乗り連絡してくれたのだろう。


「おい、オルガ、決闘は中止だ。敵の西方軍は全面降伏らしいぜ」

ジレンは大声でオルガに叫ぶ。


「なんだ、いいところなのに……」

オルガは距離を取ると不満そうに神威を解除した。


「それは本当なのか?」

ロイ少将は茫然としたまま言葉の真偽を判断できずにいた。


「ミハエラ中将のご判断です。間もなくそちらにも伝わるはずです」

ロイ少将の前方に黒い飛竜が着陸し、カロルが降りてきて説明する。ベロニカは手綱を握りしめたまま、興味深そうにロイ少将を見つめていた。


そして、ロイ少将の伝令兵が遠くから駆けて来るのが見えた。


◇ ◇ ◇ ◇


こうして東方軍、西方軍の決戦は終結した。ミハエラの西方軍は全員捕虜となり、事実上壊滅した。また、アリエル中将の東方軍は、この決戦以降、戦場に出陣することなく、後方で守りを固める日々が続く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る