3.3.37 東方軍ノ決戦(2)
――同日 東方軍 レナータ陣営 vs アリエル中将
――レナータ陣営本陣
ラクシャとヴェルナは、敵の瘴気について説明した。そして、エイムス少将とレナータ公女に呪耐性の魔法を唱え、レナータ公女に
「化け物が味方前衛部隊を抜けたところで俺たち鬼人部隊で迎え撃つ」
とラクシャは強く主張する。
「私を置いて戦場に行くのは思い直してちょうだい?貴方がいないと私怖くて」
レナータ公女は涙を流しながらラクシャを引き留める。
「だめだ。お前の敵を排除するのが守護騎士の役目だ」
「嫌よ、絶対に嫌よ。守護騎士であれば私の命令に従いなさい」
侍女が暴れ出そうとするレナータ公女を必死になだめる。
ラクシャはレナータ公女から教えを受けた騎士の振る舞いで跪く。
「必ず敵を倒し、貴方の元に戻ります」
その青い瞳はレナータ公女を見つめて離さない。
「ごめんなさい、取り乱したわ。責務を果たし、無事帰還することを命じます」
レナータ公女は涙を拭きながら出陣を命じた。
ラクシャは立ち上がり、後ろを振り返ることなく退席した。そして、シルバ、ヴェルナ率いる鬼人部隊二百を率いて迎撃地点へと向かう。
「なんだか、ラクシャがこの隊の指揮官みたいだな。俺が隊長なのに……」
シルバがぼやくと、隣で並走していたヴェルナがクスリと笑う。
――レナータ陣営 前衛部隊の後背
「化物が前衛部隊を抜けてきたぞ。俺とラクシャとヴェルナで迎え撃つ。他の隊員は左右に分かれて距離を取りながら前方に回り込み後続の敵兵を排除しろ」
ここぞとばかり、シルバが鬼人部隊へ指示を出す。
クロビスがうなり声を上げながら三人に突進してくる。後続の敵兵は前衛部隊がせき止めて排除しているが、それでも三百は彼の後ろから遅れて追従する。
鬼人部隊は左右から後続の敵兵を挟み撃ちにし、頭を棍棒で叩き割る。頭を潰せば動かなくなることをエイムス少将から事前に聞いていた。
シルバは目前に迫るクロビスの巨漢を見ながらヴェルナに叫ぶ。
「くそっ、想像したよりも図体が大きいな。ヴェルナ、奴の突進を止めれるか?」
ヴェルナは頷くとゴンズへと変化し、クロビスを受け止める。
腐食の瘴気を浄化するため、全身に施した呪耐性の魔方陣が白光し、
「このまま頭を砕いて止めだ」
シルバは鉄の武器の形状を棍棒に変形させ、飛び上がる。そして、クロビスの脳天へと棍棒を振り下ろした。
「ガコン」、鈍い音を立てて棍棒が弾かれる。破れた頭部を覆う麻袋が破れると分厚い兜に覆われた頭部が現れた。クロビスは鳴き声にも似た叫び声を上げ、彼の全身からさらに濃い鉄錆色の瘴気が溢れだした。
◇ ◇ ◇ ◇
ゴンズの両腕に刻まれた呪耐性の魔方陣の発光は止まり、黒い斑点が浮かび上がる。体全体から脂汗が流れ落ち、眉間に皺を寄せ、歯を食いしばる。しかし、地面にめり込んだ足は少しずつ後方と押し流されていく。
「このままだと、もたんかもしれへん。早く仕留めてや」
ヴェルナが必死の叫ぶ。シルバ、ラクシャは全力で全身に攻撃を加える。しかし、兜で守られた頭部と首には攻撃が当たらず、致命傷を与えることができない。
そして、相手を傷つけるごとに瘴気が放出が強まり、シルバの鉄製の武器とラクシャの水竜刀は、クロビスの体に届く前に消滅してしまう。
「くそ、魔力制御が乱れて武器が使えないし、身体も動かない」
二人はその化物を睨みつけながら息苦しそうに立ちすくむ。
◇ ◇ ◇ ◇
遂にクロビスが大声を上げてゴンズを振り払い立ち上がる。そして、シルバとラクシャを両腕で殴り飛ばした。ゴンズは地面に倒れると変身が解けヴェルナに戻る。
「身体の傷が再生してやがる。超回復のスキル持ちか……厄介だな」
と言いながら、シルバが再び前進を始めるクロビスを鉄製の大盾を精錬して押さえ付ける。クロビスは呻き声を上げながらシルバに噛みつく。
殴り飛ばされたラクシャは地面に仰向けになる。彼の脳裏にはレナータとの魔法訓練の様子が浮かんでいた。
――レナータ公女との魔法訓練の回想(始)
「私とスキルを共有しているとはいえ、水と風の並列詠唱を習得してしまうなんて……ラクシャ、貴方は魔法の才能に恵まれているわ。少し妬くわね」
レナータ公女の誉め言葉を聞き流しながら、ラクシャは不思議そうに呟く。
「並列詠唱は便利だが、多重詠唱と変わらない気がするな。お前が将爵家に担がれる
「今からその
そう言うとレナータ公女は十数メルク先にある木片目掛けて並列詠唱を始めた。
「ドカン」、木片は粉々に砕け、衝撃波が二人を襲い、髪の毛が逆立つ。近くで地面をついばんでいた鳥たちが一斉に飛び上がる。
「並列詠唱で同じ地点に同時に水と火の魔法を発動させると、水が急激な速度で水蒸気に変わり、爆発が起こるの。先ほどはかなり手加減したけど、血族魔法を使えば……どうなるか分かるわよね」
と言いながら、レナータ公女は表情を曇らせた。
「俺にもできるかな?」
「火属性の魔法を習得できれば可能性はあるわ、私が教えてあげるわ。あら、でも、その前にぼさぼさの髪を直してからね」
「お前もだ」
二人は向き合い、互いに乱れた髪を整えた。
――レナータ公女との魔法訓練の回想(終)
「シルバ、化物の口を開け」
ラクシャは起き上がるとシルバに叫ぶ。クロビスがまさに口を開けてシルバに再び噛みつこうとしていた。
「俺が隊長だ、指図するな」
シルバは鉄の棒を精錬してクロビスの口にねじ込む。クロビスは鉄の棒を引き抜こうと口を大きく開けて鉄の棒へ手を掛けた。
「ボフン」、その瞬間、クロビスの口の中から爆発が起こり、頭部が吹き飛ぶ。ラクシャが並列詠唱‟水蒸気爆発”を発動させたのだ。練習では何度も失敗した魔法が成功した。ラクシャは安堵の表情を浮かべ、膝を付く。
しかし、すぐさま気合を入れなおし立ち上がると、シルバとヴェルナの元へと急ぐ。二人とも身体の魔方陣は消え、黒い斑点が全身に浮かぶ。
突然、背後から首のないクロビスが立ち上がり、ラクシャに向かい拳を振り下ろす。彼は反射的に水竜刀に手を掛ける。
「
後方から魔法詠唱が聞こえると、クロビスの身体全体が青炎に包まれて燃え上がる。彼は炎を払うかのように両手で体を叩きながら跪く。そして、最後は灰となり風に流されて姿を消した。
ラクシャが振り返ると、体全体が漆黒の鎧兜で覆われていた騎士が一人佇む。まるで巨大な甲殻類の殻に漆を塗り込んだ異様な形の鎧兜だ。
「私はオズワルト第一王子陣営のヴェチュアだ。この化物を私以外に倒せる者がいるとは……貴公の名前は?」
漆黒の鎧兜で覆われた異形の騎士、ヴェチュア少将がラクシャへ声をかける。
「俺はラクシャ。倒れているのはシルバとヴェルナだ」
ヴェチュア少将はしばらく三人を見つめた後、‟
「しばらくすれば意識が戻るだろう。では、さらばだ」
「敵右翼はどうした?戦場を放棄して駆け付けたのか?」
ラクシャはヴェチュア少将の去り際に声を掛けた。エイムス少将の副官の報告を思い出したのだ。
「敵右翼は敵将と兵の三割を失い戦場から既に撤退した」
まるで他人事にようにヴェチュア少将は話す。しかし、白い布で包まれた袋が彼の騎馬に括り付けられている。先端からは血が滴り落ちる。おそらく、敵将の首だろう。
「そうだ、エイムス少将に伝えてくれ。彼が前衛で倒している敵兵は民間人で操られているだけだ。私が解呪するので無駄に殺すなとな」
ヴェチュア少将はそう言い残すといずこかへ走り出した。
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