3.3.26 余波
――西方軍 ガルミット王国 ミハエラ中将
「セリシア少将の右軍が壊滅したとの報告が入りました」
ミハエラは突然の報告に言葉を失う。
セリシア少将はハフトブルク家の家臣の中で最も豪胆かつ緻密な戦術を使うことで知られている女傑だ。壊滅など信じられない。
「セリシア少将はいかがした?」
「敵本陣まで迫りましたが、あと一息のところで討ち死にされました」
顔を伏せて
「……そうか、あの女傑が殺されるとはな。最後を知る者がいるか?」
「全身に‟鉄の杭”が撃ち込まれた状態で絶命し、首を
「‟鉄の杭”……なんだそれは?」
始めて聞く言葉にミハエラは怪訝そうに質問する。
「生存者の報告では、敵支援部隊として現れた兵士が‟鉄の杭”を生成する魔法を使用したとあります。巨大蜘蛛に騎乗したアルケノイドの兵士とのことです」
「アルケノイドだと?……その中に赤髪、赤眼の男性はいたか?」
「はい、まさに少将の首を落した兵士が赤髪、赤眼の男性とのことです」
伝令兵の話を聞くと、ミハエラは愕然とした表情で天を仰ぐ。
(
「敗残兵は私が引き受ける。敵は王位戦功の最中だ。第一王女陣営の勝利に触発されて、シュナイト陣営の攻撃が激しくなるだろう。今すぐ中尉以上の隊長を招集だ、緊急の軍議を開く」
ミハエラはすぐに表情を引き締めると緊急の軍議開催を伝えるよう伝令兵に命じた。
――西方軍 イストマル王国 シュナイト陣営
軍事会議において、第一王女の勝利について粛々と報告が行われた。シュナイト公を始め、副大将であるアルティナ少将および各騎士団の少将および大佐階級の士官が驚きの表情と共に報告書に目を通す。
「くそ、白エルフに先を越されたか。我々、左翼部隊は積極的に攻撃を行い、相手を追い詰めていたのに非常に残念だ。我々の隣に右翼部隊がいれば、シュナイト様に先に戦功を献上できたでしょうに」
横目にアルティナ少将を見ながら、左翼部隊を指揮するドウェイン少将が悔しがる。
「これは異なことを聞く。私達、右翼部隊の隣には貴公の部隊がいつもいるではないか。貴公が後ろを見ずに敵に突進するので、後方部隊は諦めたように待機しているのを知らないのか?貴公は右ではなく後ろを見るべきだな」
アルティナ少将は落ち着いた口調で目を合わさずに反論する。
「ちっ」、ドウェイン少将はいまいましそうに睨みつける。
「左翼と右翼の連携不足という問題なら既に把握している。繰り返すのはやめてくれ。我々は今後どのように動くべきだ?軍人なら戦略で議論を交わせ」
いつもの言い合いにうんざりしたようにシュナイト公が間に入る。
「セリシア少将は、養子で頼りないミハエラ中将を影で支えていた実力者です。敵の戦意の低下は免れますまい。我が軍はこれを機に前線を押し上げ、敵本陣に攻め上げることを提言いたします」
ドウェイン少将は自信に満ちた表情で発言する。
「私も方針に反論はないが、敗残兵が加わり敵本陣の戦力は増えるはずだ。右翼の予備兵をそちらに割り当てることは可能だがどうする?」
「亜人や魔人などの力は不要だ。私とガイウス大佐、炎と光の血族魔法の使い手がいれば十分だ」
ドウェイン少将はアルティナ少将の提案を聞くなり却下する。
「さて、明日の方針はこれできまりだな。ところで第一王女の副大将にザエラ中佐が任命されているそうだ。私は彼に一目置いているのだが、今後、我々と第一王女で共闘するというはどうだろうか?」
シュナイト公は副大将であるアルティナ少将に意見を求める。
「それは考えられませんね。戦功を奪い合うことになるので協力体制が築くけません。また、仮に共闘して敵の西方軍に勝利してもアデル軍の戦功を超えることはできないでしょう。唯一の可能性は……まあ、ありえない話をしても無駄でしょう」
アルティナ少将の言葉にシュナイト公は残念そうな表情を見せた。
――西方軍 イストマル王国 アデル陣営
朝の
「第一王女の陣営の戦況報告?あの弱小陣営が敵に潰されたのか。想定より時間が掛かったな。シュバイツ伯爵め、これを機に私の軍閥に下れば良いものを」
紅茶を飲みながら
近くに控えていた男性の秘書官が近寄るのを制し、呼び鈴を鳴らす。すぐに扉が開き、キュトラ中尉が入室すると、ハンカチでアデル王子の口を拭き、背中を撫でる。
「ありがとう。もう、大丈夫だ」
アデル王子の背中を撫でていたキュトラ中尉に優しく声を賭ける。
『§ΓΣΘΨΓΓЖД』
キュトラ中尉は唇を微かに動かすと笑顔で部屋を後にした。
「いつみても愛嬌があり可愛しい方です。閣下にも慣れたようですね」
秘書官の言葉に思わず口元が緩む。サーシャ大尉は相変わらず表情は硬いが、キュトラ中尉は次第に慣れてきた。そろそろ頃合いだとアデル王子は考えていた。
「それよりもこの報告書だ。第一王女の陣営が敵部隊を倒したというのは誠か?」
「最西端の戦場ですので、詳細は不明ですが事実のようです」
信じ難い話だが我々の優位ば揺らがないとアデル王子は気持ちを落ち着ける。そして、浮かない顔で秘書官に問いかけた。
「さきほど、彼女が去るときに呪文のような言葉が聞こえなかったか?最近、良く聞こえるのだが」
「いえ、私には何も聞こえませんでした」
「そうか、おそらく気のせいだな」
アデル王子は気を取り直すとすっかり冷めたスープを飲み始めた。
――西方軍 イストマル王国 オズワルト陣営
「なあ、ヴェチュアよ。我が妹が敵を打ち破ったそうだ」
暗い本陣の天幕の中でオズワルトはヴェチュア少将に声を賭ける。ヴェチュア少将は返事をすることなく跪いたままだ。兜を脱ぐことさえしない。
「久しぶりに誰かと飲みたくて君を呼んだが。相変わらず無口だね」
オズワルトはときどきヴェチュア少将に話しかけながら手酌で葡萄酒を飲む。ヴェチュア少将は、一言も喋らず、まるで人形のように静止していた。
「彼にはまだ働いてもらわなければ」
オズワルトはそう呟くとグラスの葡萄酒を飲み干した。
――西方軍 イストマル王国 第一王女の私室
「お前のいうとおり、
「兄上様は残念でしたが、本当の意味で我々の陣営に彼を取り込めました」
「ヨセフをそそのかしたのはお前でしょう、何を企んでいるの?……まあいいわ。でも、勝つための強い動機付けが彼にもっと必要だわ。このままアデルを勝たせる訳にはいかないのよ。そろそろ、次の手を打ちましょう」
「はい、シャーロット様。準備はできておりますのでいつでも実行に移せます」
二人はひそひそと話を続けた。
――最西端の戦場
第一王女の部隊は、戦死した敵の死体を丁寧に並べた。装備は戦利品として剥ぎ取られ、広い平原に数千の死体が並ぶ。しばらくすれば、敵軍が回収に来るだろう。
敵の装備はすべてアルビオン騎士団がもらい受ける。第一王女からの褒章の代わりとして許可された。騎士団の資金を補充するためだ。見栄を張る余裕などない。
死者の魂が死体の周りを漂う。肉体が死に耐え、器を失い、途方に暮れているように見える。権力者により粗末に扱われた魂だ。せめて安らかに眠りについて欲しい。
誰もいないことを確かめて魔力を込めて‟
ザエラは混魂魔法で魂を喰らうことはできるが、他人の心を覗くようで後味が悪い。そのため極力、魂を喰らうことは避けている。混魂魔法は‟鎮魂歌”のような魂に安らぎを与えるために存在するのかもしれない、とザエラは考えていた。
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