3.3.24 最西端の決着(1)
――王国歴 301年 初春 西方軍 第一王女 vs セリシア少将
――セリシア少将の陣営
「物見の者が
クレマン大佐は戦場に向かう道中、セリシア少将へと報告する。
「そうか、想定どおりだな。本日、予定通り第一王女の首を獲り、この戦場を速やかに終結させ、西方軍中央のミハエラ中将の援護へと向かう」
敵の援軍が現れてから、遊撃部隊の動きに翻弄され、主力の幻影重騎兵が敵陣深く斬り込めない状況が続いていた。本日こそ
「ところで赤眼の男についてはミハエラ中将にご報告されましたか?ジャック大佐によると、彼はザエラ中佐と呼ばれ、聖魔法の多重詠唱で多数の味方の兵を回復させたそうです。剣術は恐れるに足らないが、魔導士として警戒すべき相手と注意を促していました」
「敵の援軍についてはご報告したが、彼には言及していない。私は未だにジャック中佐の報告を信じることができないのだ。そんな芸当は、高位聖職者の部隊でなければ不可能だ。おそらく、白エルフによる生命魔法を見間違えたのだろう」
「そうでございますか。彼が再び現れることもなく、確かめようがありませんね。大事な一戦を前にして余計なことを申しました」
クレマン大佐は緊張した面持ちでセリシア少将へ謝罪する。ちなみに、第一王女の初陣以降、ザエラ中佐と呼ばれた男と交戦した者はいない。
「警戒するのは大切だが、不安に飲み込まれるなよ。今日の戦いを勝つことに集中しろ。輸送車の準備は大丈夫か?」
セリシア少将は強い口調でクレマン大佐に語り掛ける。
「大丈夫でございます。冬の間に準備しておりましたので十分な台数がございます」
クレマン大佐は自信に満ちた顔で答えた。
――第一王女の陣営
第一王女は
「明日は安息日か。何とかここまで持ちこたえたな。褒めてつかわすぞ」
前に控える中尉以上の部隊長たちは一様に平伏する。その後、ザエラが副大将として、本日の陣形と部隊の配置を通達する。第一王女の初陣以降は、遊撃に出ることなく指揮に集中していた。おかげで指揮官としての振る舞いが板に付いて来た。
ザエラの説明が終わると、部隊長は出陣に向けて慌ただしく動き出す。ただ、ヨセフ少将はやることもなく、一人佇んでいる。ぶつぶつと独り言を発しているが意味は不明だ。
「本陣前の部隊編成がいつもと異なるがどうしたのだ?」
第一王女は本日の陣形を確認しながら不思議そうにザエラに質問する。
本陣の前には、ザエラが率いる白エルフ魔導部隊千名が配置され、その前方にはヒュードル大尉率いる重装歩兵五百が縦横陣で構える。白エルフ魔導部隊は、魔力制御に優れた白エルフを選抜して編成した新部隊だ。また、ザエラは
「本日は敵の陣形が普段と異なります。王女様に万が一のことがないよう本陣前に重点的に部隊を配置しました。ララファ、フィーナ隊とレーヴェ遊撃隊も本陣の両脇に配置しました」
「それは何より安心であるな。ところで、髪の毛は染めるのをやめたのか?金髪のお主もわらわは気にいっていたがな」
「染料が切れてしまいました。本日からいつもの赤髪に戻ります」
ザエラは赤い髪をを掻きながら照れ臭そうに返事をした。
しかし、穏やかな会話が流れる中、ザエラは内心では緊張していた。敵兵に紛れ込ませている
今日何かを仕掛けて来るのは明らかだ。
――セリシア少将の陣営
「出撃の狼煙を挙げろ」
セリシア少将が出撃を合図する。
狼煙に合わせて全騎兵隊が鬨の声を上げて突撃を開始する。そして、巨大な木製の輸送車に重装歩兵が次々と乗り込む。
幻影重騎兵を先頭にした騎兵隊は三部隊に分かれ密集陣形を組み、敵陣の中央へと疾走する。また、重装歩兵を満載した木製の輸送車が、
「間もなく敵前線ですが、‟鉄の杭”による攻撃はありません。このまま突入します」
クレマン大佐は大声でセリシア少将に報告する。
「よし、騎兵隊の三部隊は並走して前線に突入。重装歩兵部隊は、輸送車に乗り込んだまま、騎兵隊の斬り込んだ後を追従し、敵軍中央で降車。その後、防御陣形を作り、後背から迫る遊撃部隊を足止めしろ」
セリシア少将の指示を伝えるべく、伝令兵が各部隊へと走り去る。
――第一王女の陣営
「敵の騎兵隊は三部隊に分かれ並走しています。中央二千、左右に千五百。速度は落ちず、既に自軍の中央を突破しました。また、中央付近で、追走していた輸送車から重装歩兵二千が現れ、輸送車を背に半月陣で騎馬隊の後背を援護しています」
伝令兵の報告を受けて、本陣は緊張に包まれた。全戦力投入による中央突破、敵将は第一王女の首を取るため本気で仕掛けてきたのだ。
「左右の騎兵隊は途中から周り込んで本陣を目指すはずだ。レーヴェ遊撃隊、フィーナ、ララファ隊は本陣の側面に待機し、敵騎兵隊に備えろ。中央は私が対処する。魔導部隊は
土埃に立てながら突撃する敵騎兵隊が前方に現れる。味方の兵士をなぎ倒しながら、瞬く間に距離を詰めて来る。
――セリシア少将の中央騎馬隊
「間もなく敵軍を抜けて、本陣の正面、二千メルクに出ます」
「よし、本陣の正面に出たら、我々の中央部隊は真直ぐ突撃だ。左右の部隊には側面に回り込んで本陣を叩くよう指示しろ。逃げ道を与えるな」
クレマン大佐の報告を受けて、セリシア少将は本陣に突撃を命じる。
騎兵隊はさらに速度を上げて敵兵を蹴散らしながら突撃を続ける。敵軍を抜けると視界は開け、本陣が見えた。本陣までの地面には防馬柵が敷き詰められているが、敵兵は詰めていない。
「防馬柵など我々、幻影重装騎兵には通用しない。一気に本陣まで攻め込むぞ」
両脇の部隊が左右に展開する中、中央の部隊は防馬柵を砕きながら進軍を再開した。
◇ ◇ ◇ ◇
防馬柵を砕きながら進軍を続け、本陣から千メルクまで進んだ。そのとき、敵本陣前方から黒い何かが放たれ、空を真黒に覆いつくす。
クレマン大佐は目を凝らして空を見つめると突然叫ぶ。
「敵前方より、‟鉄の杭”です」
「慌てるな、いつものように速度が遅く、精度は悪いはずだ。この距離まで飛ばせることは驚くべきことだが恐れるには足らない」
余裕の表情を浮かべて喋るセリシア少将の顔を見てクレマン大佐は驚愕する。
「セ、セリシア少将、顔に
騎兵の体に浮かび上がる赤い印を目掛けて、‟鉄の杭”は速度を上げて突き刺さる。体を躱しても追尾してくる様はまるで白エルフの精密斉射のようだ。
セリシア少将は‟幻影盾”を幾重にも重ねて防いだが、周囲の騎兵は次々と‟鉄の杭”に貫かれる。絶叫が響き渡り、騎兵隊の隊列が乱れていく。
「速度を落とすな。全員密集隊形だ。‟幻影盾”を多重展開して一気に突破するぞ」
セリシア少将の号令が響き渡ると残存する騎兵が集結し再び突撃を開始した。
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