3.3.4 出立

――王国歴 301年 晩冬 アニュゴンの街


ザエラはシュバイツ伯爵の主都から戻ると、騎士団の部隊編成、兵糧や装備品の手配、部下の戸籍登録と戦功登録、黒猫ガリウスに調査を命じていた王位候補者に関する情報の分析、自治領に向けた課題解決、魔道具の作成など、急いで作業を始めた。


◇騎士団の部隊編成


主な変更点は、ヒュードル大尉率いる五百名の人族(仮入団)とジレンとシルバ率いる鬼人二百名が配下に加わることだ。また、ベロニカが呼び寄せた飛竜と翼鱗魔獣ガルーダによる飛行部隊が組織された。ザエラとカロルが飛竜への騎乗訓練を始めているが、意思疎通の段階だ。そのため、当面はベロニカが操縦することになりそうだ。


[騎士団編成 総勢約九百名]

団長  :ザエラ

副団長 :サーシャ

軽装騎兵:ララファ、フィーナ、アルケノイド 百名

突撃騎兵:オルガ、ジレン、イゴール 、キリル、巨碧人オルムス 百名

重装騎兵:シルバ、ラクシャ、ヴェルナ(ゴンズ)、鬼人 二百名

重装歩兵:ヒュードル、人族 五百名(仮入団)

飛行部隊:カロル、ベロニカ 二名、飛竜 十体、翼鱗魔獣ガルーダ 二百匹

医療  :ティアラ、アイラ

事務  :エミリア、テレサ


ソフィアの後任軍医は、ティアラが引き受けた。代わりにソフィアが街の診療所を引き継ぐ。ソフィアから軍医の話を聞いた後、ティアラは自ら立候補した。理由は詳しく話してくれない。母さんは泣きながら猛反対したが、ティアラの意志は強く、次の戦場が終わるまでという条件で折り合いをつけた。悩みの種は解決されたが、実妹を戦場に連れていくことになり、ザエラは複雑な思いをしていた。


また、カロルの説得を押し切り、エミリアとテレサは部隊に残る選択をした。二人は成人したら軍人になるとまで宣言した。そのため、事務作業をしながら訓練を続けることに決めた。翼鱗魔獣ガルーダはベロニカの命令に従い近くの森で生活している。そのため飼育員は不要だが、書類仕事が多いのでザエラとしては大変助かる。


◇兵糧と装備品手配


通常は軍が兵糧を手配するが、次の戦場は騎士団毎の参加で数量の見積もりが困難なため、各騎士団で調達し、立替清算を行うよう指示が出ている。そのため、商会からの購入で賄う。当初は街の備蓄をあてにしていたが、街の急激な人口増加と戦争による食糧事情悪化のため急遽切り替えた。また、増員に割り当てる装備は備蓄品では賄いきれず、鬼人にはかき集めた中古品を装備させた。服役軍人の最低装備に比べてましな程度だ。しかし、鬼人は生命力と回復力に優れたスキルを身に付けているのでおそらく大丈夫だろう。なお、存在進化した隊員の装備は大きさを調整して継続利用する。


◇隊長の戸籍登録と戦功登録


隣領主の男爵に依頼して部下の戸籍を作成し、正規軍人の入隊手続きを行う。今後の騎士団の発展のためには上級士官の育成が急務なので、アニュゴン自治区の自治領への昇格を待たずに戸籍の取得に踏み切る。時間と費用の都合で、各部隊の指揮官級のみを対象とした。ジレン、シルバ、ララファ、フィーナの四名が該当する。入隊手続は一週間程度で完了し、これまでの戦功から士官の階級を得ることができた。


[階級一覧]

中佐:ザエラ・アルビオン

少佐:サーシャ・ブルーバーグ

大尉:ライオット・ヒュードル

大尉:オルガ・アルビオン

大尉:カロル・アルビオン

中尉:ジレン、シルバ

中尉:ララファ、フィーナ


新規に階級が与えられた者は、軍から給与が出ることを非常に喜んでいた。「戸籍取得の経費は徴収するからね」、というザエラの声に耳を貸すものはいない。残りの隊員は、自治領への昇格後を予定している。ただし、鬼人は服役を終えるか恩赦を受けなければならない。また、ベロニカは保護観察期間の終了を待つ必要がある。さらに、神巨人タイタン巨碧人オルムスは中性もしくは友好魔人として王国に認められるところからだ。敵性魔人と判断されると人権すら与えられない。


◇王位候補者に関する情報


黒猫ガリウスから王位候補者五名の情報が集まりつつある。国王直系のリューネブルク王家から三名、ハイドレンジ公爵家とローズ公爵家から各一名が候補者として名乗りを上げている。有力な将爵家が組織する名立たる騎士団が参加しており、規模の面ではザエラの騎士団に付け入る隙はない。しかし、元老院の要職に就いているハイドレンジ公爵家(内務大臣)とローズ公爵家(法務大臣)にはなんとしてでも取り入りたい。公爵家の候補者について重点的に調査を行い、ローズ家については事前に交渉を始めている。なお、各候補者への部隊配分の腹積もりはあるが、到着後に各勢力の要望を聞いて決めるつもりだ。


◇自治領に向けた課題解決


自治領の主な条件として、人口、納税額、兵役規模、人口規模に見合う診療所の数や行政機関(学校、役所、自衛団)の規模が挙げられる。特に重要視されているのが兵役規模で人口の約一割が目安となる。今の自治区の人口は約一万なので、兵役規模は約千名となる。この兵役規模を満たせる根拠の提示が課題として残る。


騎士団員の戸籍を自治領へ移し、兵役規模とすれば約九百名となるが、人族が戸籍を移してくれる可能性は低い。ちなみにシュバイツ騎士団の兵士の融通については王国軍の編成に関するものだ。王国軍の編成において、中佐であるザエラの配下にシュバイツ騎士団から兵士を提供するという話で、ザエラの騎士団に移籍はしない。そのため、根拠として出せるのは約四百名であと約六百名が不足している。


ザエラはこの街の顧問であり、軍事関係を主担当とする。そのため、この課題に取り組んでいるが、住民を無理やり徴兵すれば自治区の評判が落ちるし、軍役奴隷を用意するだけの資金はなく、解決策を模索している状態だ。


◇魔道具の作成


念話用ピアスは外れやすいという指摘があり、魔道具ブレスレッドにアルケノイドの額の触眼を埋め込み一体化する。通信を傍受されないように特殊な暗号化を加えてるため、ザエラとカロルで作業する。増員の分も追加で作成したが、人族についてはヒュードル大尉のみに渡す予定だ。また、アルケノイドからの要望で、額の触眼を保護するためのヘアバンドをミスリル合金で作成した。


◇ ◇ ◇ ◇


慌ただしく二カ月の休暇が終わり、新しい戦場へに向けた出立の日が訪れた。隊員達は、街の家族や恋人、友人に別れを告げ広場へと整列する。鬼人たちは肌の色艶が良く生気に満ちている。服役軍人に配属されてから初めてまともな休養が出来たようだ。


街長、師匠と出立の挨拶をする。


「王位選定は今年の春から秋へと半年延期されたな。選挙期間を考慮すると戦争を夏が始まるまでに終わらせるつもりのようじゃ。これから三ヶ月は激戦となるじゃろう。死ぬでないぞ」

と師匠がザエラに檄を飛ばす。


眼鏡を掛けた師匠は背中が曲がり、以前よりも小さく見えた。「抱きしめておくれ」という師匠をギューと抱きしめる。「もうよい、恥ずかしい」と師匠は叫ぶ。「女を知った男は怖いのお」、師匠はぼそりと呟く。


族長はザエラを見つめながら、

「自治領への格上げの件、よろしく頼む。あと、行商人に鬼人の仲間を探す依頼をした。しばらくしたら、この街に集まるだろう」

と言いながら手を差し出す。


黒猫ガリウスの手が空かないため、服役を免れたジレンの仲間の捜索は街長から行商人に依頼する形とした。ザエラは族長に礼を言い、握手を交わした。


出発の合図と共に広場を出て城門に向かう。


「みんな頑張れ、死ぬなよ」、「エミリア、テレサ、体に気を付けて」

一際大きな声で声援を送る一団がいる。


ディアナ達、黒エルフとラルゴとソフィアだ。ディアナ達は紹介された森の廃村に住む準備をしている。ラルゴとソフィアは新居を見つけ、既に同棲を始めた。春が来たらソフィアの両親へ挨拶に行くそうだ。普通に考えると、魔人との結婚は猛反対されそうだが、案外、ラルゴなら気に入られるかもしれない。なにせ、人族の嘆願書で恩赦を得た奴だからな。


(母さんは見送りに来なかったな……体を壊さなければいいが)

玄関で別れるとき、気丈に振舞う母親の様子を思い出し、ザエラは胸が痛んだ。


――アルビオン騎士団一行は、城門を出ると雪が残る街道を北に進み始めた。

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